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俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!  作者: 夜々里 春
【小人の王様】第一章
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◆第ニ話『小人さんの実力、なのっ』

 周囲に建物はなかった。

 多少暴れても問題ないとばかりに見渡す限り芝生しかない。


 召喚の儀式後、演習場にて。


 新入生は教室ごとに分かれて集合していた。ちなみに新入生は100人で教室は3つ。生徒の数も均等に分けられ偏りはなさそうだった。


「初めまして。皆さんの担任教師となりました、シリル・コレクティーヌです」


 おっとりとした大人のお姉さんだった。


 眼鏡をかけて、なにやらとんがり帽子を被っている。ちなみにほかの教師は誰一人として帽子を被っていない。おかげで入学式を行った大講堂や先の召喚場でも目立ちに目立っていた。……まさか担任教師だったとは。


 ただ、その不思議な帽子と同じぐらい目立つものがあった。それは胸だ。服の上からでもくっきりとわかるほど盛り上がっている。おかげで大半の男子の目が釘付け状態だった。


「趣味は珍しいものを集めることです。いつ作られたものなのかなーとか、そもそもどうしてこんなものを作ったのかなーとか考えるのが楽しくなっちゃって、つい集めちゃうんです。あ、それから独身です。よろしくお願いしますね」


 人差し指をピンと立てて最後にそう付け足すシリル先生。果たして最後の情報は必要だったのか。ひとまず〝独身〟という理由が見事に納得できる自己紹介だったことは間違いない。


 とにもかくにも少し変わってはいるものの、優しそうな先生だ。抱いた安心感から俺はほっと息をつこうとしたが、直前で思い留まった。というのも――。


「それでは、これから学園についてのお話をしようと思いますが……え~と、その前に……召喚獣を一旦戻してもらえるかな?」


 困ったように笑うコレクティーヌ先生。その視線は俺に向いていた。無理もない。なぜならほかの生徒が誰も召喚獣を出していない中、たった1人だけ召喚獣を出しっぱなしだからだ。


 先ほど召喚した小人が、いまもそばで元気にはしゃいでいた。「なの、なのっ」と可愛い声をあげて懸命に俺の脚をよじ登ったかと思うや、今度は手にぶら下がったりと自由奔放に動いている。


 そんな姿を見た一部の女子が「可愛い」なんて声をあげているが、くすくすとひそめた笑い声が大半だ。唯一、表情を崩していないのは偶然にも同じ教室となったキスフィぐらいだ。


「本当に史上最高の魔力値だったのか?」

「なんかの間違いだったんだろ。だってアレだぜ」

「絶対にオルグラントのドラゴンのが強いよな」


 みんな勝手なことを言ってくれていた。ただ、小人の見た目が最高に弱そうなことに関しては完全に同意だ。この小ささと愛らしさを目の当たりにすると、ただの人間相手でも勝てる気がしない。


 俺は周囲の嘲笑を一身に浴びつつ、シリル先生に答える。


「その、なぜか戻ってくれなくて」

「あ、あらそうだったの……それはごめんなさい」

「……いえ、俺のほうこそすみません」

「ま、まあ元気だけど良い子みたいだし、ひとまずそのままでも問題ない、かな。……では気を取り直して話を続けますね」


 これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。


 小人に「少しの間、じっとできるか?」と声をかけると、「なのっ」と首肯が返ってきた。本当にわかっているのかなと不安に思ったが、足もとでぴたりと止まった。……どうやら聞き分けはいいようだ。


「みなさんも知ってのとおり、このルヴィナス召喚士学園は立派な召喚士を育成するための機関です。では、その立派な召喚士とはどのような人を指すのか。わかる人はいますか?」

「はいはーい! 三大大会の制覇です!」


 他生徒が挙手をしてすかさず答えた。


 三大大会は召喚士学園に併設された闘技場で行われる大会だ。ここルヴィナス召喚士学園以外では、トルルコーズとレイムダム召喚士学園の2つが存在する。


 学生だけでなく一線級で活躍する召喚士も参加するため、凄まじい規模を誇る。グランドマスターになるためにも避けては通れない大会だ。


 三大大会のどれかひとつでも優勝すれば立派であることは間違いない。ただ、それはシリル先生が求める答えではなかったようだ。


「たしかに三大大会で優勝することはとても栄誉なことです。ですが、ほかに召喚士本来の役割がありますよね」

塵獣(じんじゅう)の討伐です!」

「はい、正解ですっ」


 真面目そうな女生徒が述べた答えに、シリル先生が満足気に頷いた。


「塵獣とは、その名の通り塵獣界からやってきた存在です。名前の由来は塵をまぶしたような表皮を持っていることからですね。とても恐ろしくて人を襲う習性を持っています」


 俺たちがいる人間界のほかには2つの世界がある。ひとつは召喚獣たちが暮らす魔謳界。そしてもう1つが塵獣が跋扈する塵獣界だ。


「召喚獣はそんな塵獣を倒すため、魔謳界から人間界に出向いて協力してくれています。ですから皆さん、召喚獣には最大限の敬意と感謝を忘れないように」


 皆の視線が小人に集まった。現在、あらわになった召喚獣としてやむなく代表として選ばれた形だ。ただ、その愛らしい姿を前にしてか、塵獣はおろかなにかと戦っている場面を想像できなかったらしい。全員が複雑な顔をしていた。


「前置きが長くなってしまいましたが……ルヴィナス召喚士学園では塵獣との戦闘を想定した訓練をしていくことになります。そこで今回、皆さんには自己紹介とともに召喚獣のお披露目も兼ねた訓練用魔導駒との戦闘をして頂きます」

「い、いきなりかよっ」


 1人の生徒があげた声を皮切りに、多くの生徒が動揺をあらわにする。召喚してから間もないうえ、トリンケットに隔離したまま触れ合えてすらいない状態だ。無理もない反応だった。


 そんな生徒たちの動揺もお構いなしとばかりにシリル先生が満面の笑みを浮かべる。


「これは学園の風習みたいなものです。戦って頂く魔導駒も学園が用意したもので強くはありませんので安心してください」


 言い終えるやいなや、シリル先生が左手を前に出した。直後、その人差し指につけられた指輪が光り、人型のなにかが出てきた。全長は人間の大人と同じぐらい。無骨な手足と見るからに硬そうな質感が特徴的だ。


 魔導駒は魔謳界からもたらされた技術をもとに造られた魔導具の一種だ。ちなみにトリンケットも一応は魔導具に分類されている。


「では順番に行きましょうか。え~と、まずはドン・シュタールくん」


 呼ばれて出てきたのは巨体の男だ。身長も高ければお腹も大きい。彼そのものが召喚獣と言われても信じられるぐらいの存在感だ。


「趣味は食べること。得意なことは食べること。苦手なことは……食べることを我慢することかな」


 ゆったりとした喋りで自己紹介をする巨体の男──ドン。1人目からなかなかに濃い。さすがのシリル先生も困惑気味だ。


「……シュ、シュタールくんは食べるのが大好きなんですね。では、召喚獣の紹介もお願いできますか?」

「召喚獣は……ストーンゴーレムです」


 呼び出された召喚獣は巨岩で人型に組み上げられたものだった。全高は人の3倍程度とかなりの大きさだ。魔導駒以上に荒い造りだが、威圧感では完全に上だ。


「では、お披露目の戦闘を始めましょうか。行きますよ」


 シリル先生の声に応じて魔導駒が前進を始めた。そのままストーンゴーレムの左足首に丸い拳を繰り出す。だが、ごんっと音が鳴るだけでなにも起こらなかった。どうやらストーンゴーレムにはいっさい通じなかったらしい。


 今度はストーンゴーレムが「オォオオ」と低い唸り声をあげながら右腕を振り上げた。そのまま槌のごとく振り落とし、魔導駒をあっさりと押し潰してしまった。ぺしゃんこになった魔導駒を見て、他生徒たちが唖然とする。


 ドンにいたっては壊してしまって焦り気味だ。ただ、シリル先生はまったく気にした様子もなく満足そうに笑っている。


「とても力強くていい召喚獣ですね」


 砕け散った魔導駒はシリル先生の指輪の光を受けることで瞬く間に戻った。どうやら壊しても問題ないようだ。ドンもほっとしている。


「伝え忘れていましたが、この魔導駒は破損しても問題ないように造られているので皆さん遠慮せずに召喚獣をぶつけてきてくださいね。では、どんどん行きましょうっ」


 シリル先生の溌剌とした声によって以降も自己紹介と称した魔導駒戦が行われていく。まったく同じ召喚獣がいないこともあってか、誰1人として同じ展開にはならない。それが面白くて俺は夢中になって目で追い続ける。


「よぉ~、期待の新星」


 ふいに1人の男子生徒から声をかけられた。ひょろっとした体格に、かきあげた髪が特徴的だ。ほかに気になるところは目つきの悪さぐらいか。というかこの目は明らかに俺のことを見下している。


「えーと、誰だあんた?」

「俺はザグリオ・ジョストン。ジョストンって言ったら、わかるだろ」

「悪いけど、知らないな」


 ぐっ、と呻くザグリオと名乗った男。どうやら家の知名度に絶対の自信があったようだ。俺に向けてくる敵意がさらに強まった。


「ふんっ、学園至上最高の魔力値だかなんだか知らないが、どうやら世間というものを知らずに育ったらしいな」

「いや、ただ田舎暮らしだったからそういうことに疎いだけだ。ってか、たとえそうじゃなくてもお前にそんなことを言われる筋合いはない」


 最初からいけ好かない男だとは思っていたが、どうやら他人をバカにすることしか考えていないようだ。話せば話すほど苛立ちが募っていく。


「まあいい。どうせそんな召喚獣じゃ俺の障害にはならないだろうしな」


 ザグリオが小人を横目に見ながら嘲るように言った。たしかに小人からは強さを感じられない。実際に俺もそう思ってしまっている。だが、それでも〝俺が召喚した召喚獣〟だ。バカにされるのは我慢ならなかった。


「まだこいつの力を見てもないのに適当なこと言うなよ」

「なのっ!」


 自分がバカにされたからか、あるいは俺の敵意を感じとったか。小人が俺の前に躍り出てくると、決意に満ちた顔をザグリオに向けた。ただ、そんな行動すらもザグリオにとっては面白く映ったようだ。


「こんなちんちくりんの召喚獣だぞ? 見なくてもわかるだろ。……ま、せいぜいあの弱い魔導駒相手に無様な姿を見せないようにするんだな」


 最後にまた嘲笑を残して離れていった。


「おい、あんなことを言われて黙ってられないよな。絶対に見返してやるぞ」


 俺の言葉に「なのっ!」と返事をする小人。力がこもっているように聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。


 そうして2人で意気込んでいると、いきなり歓声が沸いた。どうやら主役はキスフィの自己紹介のようだ。


「さすがオルグラント家の三女!」

「可愛いし強いし、敵なしじゃねえか!」


 すでに魔導駒との戦闘は終わってしまったらしい。キスフィのドラゴンに吹き飛ばされたのか、魔導駒が遠くで全壊している。


 一番見たかったのに最悪だ。

 これもすべて話しかけてきたザグリオのせいだ。


 そんな盛り上がりの中、次に指名されたザグリオだった。ただ、ひとつも見所なくザグリオの勝利で終わった。というより召喚場でオークを出した生徒がいたが、どうやらあれがザグリオだったらしい。


 以降も自己紹介は順調に進んでいき──俺の番が回ってきたのは召喚のときと同様に最後だった。


「では最後に……アル・クレインくん。どうぞ」


 はい、と応じて小人とともに歩み出ると、皆がざわつきだした。良くも悪くも注目を集めているのは間違いないようだ。


「えっと、クドリ村から来ました。王国でもかなりの田舎で知らないこととかたくさんあると思うけど、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします……!」

「クレインくんが、すでにエンチャントも会得してること先生は知っていますよー。努力家なんですね」

「グランドマスターになるには必要かなって思って」


 グランドマスターという言葉に反応してか、周囲が一気に静まり返った。驚いていないのはすでに知っていたキスフィぐらいだ。


 あちこちから「あの小人じゃ無理だろ」といった声が聞こえてくる。思わず反骨心が湧いて突っかかってしまいそうになったが、ぐっと堪えた。


「うん、男の子ですね。先生は応援していますよっ」


 両手に拳を作って笑顔を向けてくれる。

 初めての担任教師がシリル先生で本当によかった。


「では、クレインくんにも魔導駒との戦闘を体験して頂きましょうか」


 魔導駒が前に出てくると、他生徒たちが再び観戦態勢に入った。これまでの戦闘よりも興味が強いように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。


「どんな風に戦うのか想像できないな」

「そもそもわたしはあれが召喚獣だってことも受け入れられてないわ……」

「見た目こそあれだが、意外と強いかもしれないぞ」


 期待する声もあるにはあるが、本当にわずかだ。多くが小人の負けを予想していた。小人も異様な空気を感じ取ったのか、他生徒の声を聞きながら俺のことを見上げてきた。どうやら指示を待っているようだ。


「とにかく勝てればいい。お前の全力を見せてくれ!」

「なのっ!」


 任せろとばかりに右手をあげる小人。力こぶも見せようとしてくれるが、まるで膨らみがない。対戦前からすでに不安になってきたけど頭を振って払い落とした。


 学園至上最高と言われた魔力値をもって召喚されたのだ。見た目こそ愛らしさで一杯だが、きっとこの小人もキスフィのドラゴン並みに強い力を持っているに違いない。


 そう信じて小人を送り出したのだが――。


「な、なの~……」


 目を回して倒れる小人。

 開始早々に魔導駒のパンチを受けて倒れてしまったのだ。


 どの召喚獣もいっさい痛がっていなかった魔導駒のパンチ。かなりの弱さだと思っていたが、どうやら小人には強力な効果を持っていたようだ。……いや、この場合、小人が打たれ弱いだけなのかもしれないが。


「さすがにこの結果は予想できなかったぞ。さすがだな、期待の新星っ」


 ザグリオが腹を抱えて笑っていた。さすがに彼ほど大げさな者はいなかったが、ほかにも少なくない笑い声が聞こえてくる。


 ライバルとして見ていたキスフィのドラゴンが圧勝した中、俺の小人はなにもできずに完敗。ライバルなんておこがましいと言われてもおかしくはなかった。


 シリル先生が指輪に魔導駒を戻すと、困ったような顔を向けてきた。


「この魔導駒、ね。一応、現状で確認できている中で最弱と言われる召喚獣――ゴブリンでも倒せる強さに設定してあるの」

「じゃ、じゃあそれでも倒せなかったってことは……」


 ばつが悪そうな顔で、こくりと頷くシリル先生。

 どうやら俺の小人は召喚獣の最弱を更新してしまったらしい。


「最初に話したと思うけど、召喚士として生きていくってことは塵獣とも戦うってことなの。最低限の強さがないと危険で……だから、あの、ね。すごく言いにくいんだけど……」


 シリル先生から口に出される言葉はなんとなく予想していた。なんらかの理由で〝そういった〟事例が過去にあったという話を聞いていたからだ。ただ、〝召喚獣が弱い〟という理由で、その言葉を受けることになるとは思いもしなかった。


「アル・クレインくん。きみに再契約をオススメします」



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― 新着の感想 ―
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