◆第一話『賑やかな大通り、なのっ』
「あんまりはしゃぐなよ~。明後日また試合なんだからな」
「なの~っ」
初戦の翌日。
俺はナノと一緒にレイムダムの通りをぶらついていた。
日課の訓練だけでなく準決勝に向けての調整もこなしたため、思いのほか時間が経っていた。すでに陽も中天に差し掛かり、燦々と辺りを照らしている。
ここは都市内でも賑やかな通りの1つらしい。ただ、学園大会の期間中とあって来訪者が多いようで、より盛り上がっているようだった。来訪者を1人でも多くかき集めんとする商人の声がいまもたくさん聞こえてきている。
「おっ、そこの兄ちゃん、本戦に出てただろ!」
ふいにそばの露店商から声をかけられた。
店主は40代ぐらいの体格のいいおじさんだ。小さな穴が幾つもあいた分厚い鉄板で、なにやら丸い食べ物を焼いている。わずかな甘さと香ばしさの混じった匂いが漂う中、俺はおじさんの露店前へと向かう。
「はい、ルヴィナスの選手として出場させてもらってます」
「観てたぜ。あのちっちゃい召喚獣、見た目に反してすげぇ強いんだな」
興奮したようにそう話すおじさんに、ナノが両手をあげて「なのっ」と叫んで自己主張をする。だが、ちょうど鉄板を載せた机下とあっておじさんからは死角になっていた。
おじさんが「ん?」と首を傾げながら、ぐいっと身を乗り出す。
「っと、そこにいたのか! はは、本当に小せぇや。そんなナリでよく勝てたもんだ」
「なのなの、な~の」
「あ~……なんて言ってんだ?」
「たぶん、小さいのは関係ないって言ってると思います」
俺はナノを抱き上げながら答えた。
どうやら正解だったらしく、ナノが頷いている。
「ははっ、そうだな! すまねえすまねえ。あんだけ強ぇんだから、その通りだ」
おじさんは会話中も休まずに手を動かしていた。同じような鉄板を上から重ね、ひっくり返し。最後にぱかっと開けると、丸いソレがこんがりと焼けていた。
あまり見ない調理法だなと思いながら、俺は食い入るように見つめていた。ナノに至ってはいまにも涎を垂らしそうなほど凝視している。
「ルポアってんだ。ここの名物なんだが、食べたことあるか?」
「いえ、実はレイムダムに来たのは今回が初めてで」
「じゃあ、せっかくだし食べていかないとな。ほら、出来立てだ」
おじさんがルポアの入った囲いの浅い木箱を差し出してきた。1個の大きさはちょうど眼球に近いぐらいか。間近で見ると、かなりの大きさだ。
「あ、待ってください。いまお金を──」
「いらねぇいらねぇ。あんな面白い試合を観させてもらったんだ。これぐらい安いもんだ」
おじさんから向けられた快活な笑みはとても心地いいものだった。申し訳なさが先立ったが、ここまであけすけのない善意を前にして断るのは逆に失礼だ。
「じゃあお言葉に甘えていただきます」
「おう、準決勝も期待してるぜ!」
俺はナノと揃ってもう1度礼を言ったのち、おじさんの店をあとにした。
通りの脇には花壇だけでなく、石造の長椅子が置かれている。俺たちはそのうちの1つに腰掛け、落ちついてルポアを食べることした。
俺の隣に座ったナノが、いまかいまかと木箱を覗き込んでいる。すぐにでも渡さないと顔ごとルポアに突っ込みそうだ。
「ほら、とっていいぞ」
俺が膝上に乗せていた木箱をナノ側へと寄せる。と、ナノが目を輝かせながらルポアを1つとって口へと放り込んだ。ただ、ルポアは1つ1つがそれなりに大きい。当然、ナノは上手く咀嚼できず、頬を思い切り膨らませた状態で呻いていた。
「なもももも~~~っ」
「一気に入れたらそりゃそうなるだろっ。ほら、1回だしてもいいから」
いやだとばかりに口を振るナノ。
どうやら絶対に出したくないらしい。相変わらず変なところで強情だ。
とはいえ、喉に詰まらせたら大変なので俺は少しの間見守ることにした。やがて咀嚼できるようになったらしく、ナノの口がわずかに動きはじめる。ひとまず安心といったところか。
俺は苦笑しつつ、ルポアを1つ手に取った。さっきの露店商との会話中、ルポアの香ばしい匂いをかいでいたからだろうか。実は俺も少しお腹が空いていた。放り込むようにしてルポアを口の中へと入れる。
「……美味いな」
見た目からわかっていたが、外はカリっとした触感だ。ただ、中は相反したようにもっちりとした触感で面白い。それに生地からはミルクの独特な甘味が感じられる。
「も、ももぉ……っ」
ナノが口を膨らませたまま、幸せそうに顔を綻ばせていた。
ミルクの味がした時点で確信していたが、ナノにとって最高の食べ物だったようだ。すでに次のルポアにも目をつけているらしい。咀嚼しながら物欲しげな目で俺を見ている。
「ちゃんと食べ終わってからな」
「もも~っ!」
よっぽど気に入ったらしい。次のルポアを求めて、ナノはなかなか小さくならない口を懸命に動かしていた。相変わらず食に貪欲なナノを横目に苦笑しながら、俺はふと通りの喧噪に耳を傾ける。
あまりに声が多くて、どれ1つとして上手く聞き取れない。ただ、それでよかった。ほかに考えたいことがあったからだ。
「次はいよいよシャディア先輩とか」
今回の組み合わせになったときから、勝ち進めば準決勝で当たることはわかっていた。だからずっと対戦を想定し、策を考えてきたのだが……。
いまだ明確な攻略法は見つかっていない。
どうすればシャディア先輩の召喚獣ベヒモスを倒せるのか、と。明確な答えが見つからないまま、焦りを募らせる時間ばかりが続いている。
ただ、いまの俺にはそれだけを考えることが難しかった。
リナさんの父を名乗る人が突如として現れた昨日の一件。あの出来事が忘れられず、ずっと頭の片隅に居座っているのだ。
俺は、いまもルポアを頬張るナノから目線をあげた。その先に広がる空を見つめながら、昨日の出来事を思い出す──。




