◆第七話『明かされる四神、なのっ』
「どうしてここにユレグ先生が……」
「それは僕のセリフだよ。なぜきみが特務隊の駐屯所にいるんだい?」
互いにきょとんとしながら疑問を投げかける俺とユレグ先生。そんな俺たちを見てか、グノンさんが間に入ってきた。俺のほうを親指でさしながら言う。
「こいつはあたしの個人的な知り合いってだけだ。特務隊とは関係ないよ」
「はぁ、個人的な関係……ですか」
ユレグ先生としては釈然としない説明だったようだ。もしかすると、どんな関係かを詳しく知りたかったのかもしれない。と、特務隊の男性隊員がユレグ先生に歩み寄って耳打ちをしはじめる。
「ドネリーの坊ちゃん。実はな……」
「隊長殿の隠し子!?」
驚いたように声をあげたのち、ユレグ先生が俺とグノンさんを交互に見てきた。その傍らでは、耳打ちをした男性隊員がしたり顔で笑っている。
「なに嘘を教えてんだ」
「あいでっ」
グノンさんが男性隊員の尻に蹴りをかまし、どすっと響く鈍い音。お約束の流れとあってか、ほかの隊員の人たちは笑っていた。そんな中、混乱していたユレグ先生だが、からかわれたとようやく気付いたらしい。
「な、なんだ……嘘ですか」
「お前もお前で信じるんじゃないよ」
「いやですが、年齢的にも合致しすぎていて」
「誰がババアだって? あ?」
「た、隊長殿はいまでも若々しく美しい女性ですっ」
「いまでもってのが引っかかるけど……まあ許す」
グノンさんの許しを得て、思い切り安堵するユレグ先生。女性には誰にでも鼻の下を伸ばしているユレグ先生だが、どうやらグノンさんは例外のようだ。
そんな光景に俺は苦笑しつつ、ユレグ先生ともども周囲のみんなに向かって言う。
「何度も言ってますけど、本当に違いますからね。でも……そうですね。俺がグノンさんのことを頼れるお姉さんって感じで尊敬してるのは間違いないです」
「聞いたかお前ら!? 頼れる〝お姉さん〟。これが正解だ」
どうやら俺の言葉がよほど気に入ったらしい。グノンさんが胸を張りながら満足気に周囲へと言い聞かせていた。
隊員の人たちはというと、「隊長、すごい嬉しそう」やら「あれ、数日間は続くぞ」、「これからは姉御呼びか?」などと話している。……本当に愉快な人たちだ。
「あの、それで話を戻しますけどどうしてユレグ先生がここにいるんですか? まさか実は特務隊の一員だったり?」
「さすがにこんなうっかり坊やを入れるほどあたしらも切羽詰まってないよ」
「た、隊長殿……」
「冗談だ」
情けない顔で訴えかけてくるユレグ先生を見て、ふっと笑うグノンさん。その後、ユレグ先生を指さしながら俺へと向き直る。
「アル、お前こいつの召喚獣を見たんだろう?」
「はい。アウドムラですよね」
「実はあれな、塵王教会が狙ってる獲物なんだよ」
「……え」
あまりにあっさりと告げられたせいで俺は唖然としてしまった。だが、冗談でないことは隊員の人たちの真剣な顔を見れば容易に理解できた。
「それってつまり……」
「そうだ。アウドムラは四神のうちの1体だ」
グノンさんの言葉を聞きながら、俺はユレグ先生のほうを見やる。と、無言の首肯が返された。まさかこんな近くに四神の召喚者がいたとは思いもしなかった。
ただ、得心のいくこともあった。
俺は聖地に訪れた際のことを思い出しながら、ユレグ先生に質問する。
「もしかしてですけど、ユレグ先生が召喚獣を見せたがらなかったのって」
「特務隊から厳命されていてね。極力、召喚獣は出さないようにって」
ユレグ先生がまなじりを下げながらそう答えてくれた。どうやら俺の推察は当たっていたらしい。グノンさんがその詳細な理由を説明してくれる。
「ユレグがトルルコーズ学園を卒業してから間もなくしてからだったか。奴らの拠点を幾つか捜索するうちにアウドムラが四神である可能性が出てきてな。以降、召喚の規制を要請したってわけだ」
「でも、各学園の召喚名簿が毎年作られてるって話を聞きました。俺の担任のシリル先生も、昔そこから知ったって」
「その名簿はおそらく修正前のものだろう。いまはもうないはずだ」
いずれにせよ、ユレグ先生がアウドムラを召喚しないようにしていた理由がわかった。おそらく、この場に呼び出されたのも〝アウドムラを召喚した件について〟だろう。俺はユレグ先生を横目でちらりと見たのち、グノンさんに向かって言う。
「あの、あんまり叱らないであげてください。ユレグ先生は俺たちを……大切な妹を守るために召喚しただけなんです。だから……っ」
「なのなのっ」
「クレインくん……!」
俺とナノが必死に訴えるさまを見てか、ユレグ先生が感激したように目を潤ませていた。そんな俺たちを前にして、グノンさんが少し困惑した様子で苦笑する。
「わかってる。だから、こうして呼び出して注意するだけに留めてるんだよ」
肩をすくめながら言った。
どうやらもともと怒るつもりはなかったらしい。
「そもそも、こいつの召喚獣がアウドムラであることは少なくない数の人間に知られてるからな。同級生然り、お前の担任のように名簿を見た者然り。奴らに狙われたらそのときはそのときだと思って警戒はしている」
「一応、俺たちも護衛ってことでついてるからな」
そう声をあげたのは2人の男性隊員だ。
そんな彼らをユレグ先生が一目見たのち、訴えかける。
「隊長殿、やはり女性の方にお願いすることは──」
「ダメだ。お前につけると危険だからな」
しょぼんと肩を落とすユレグ先生に、「ま、俺たちで我慢しろや」と肩を叩いて慰める護衛の男性隊員たち。周囲の女性隊員から「また言ってる」と聞こえてくるあたり、どうやらこのやり取りは何度もされているようだ。
そんな彼らを見て、相変わらずだなと苦笑していたときだった。グノンさんが思い出したように「そう言えば」と話を切り出してくる。
「アル、例の石版の件だが……」
「もしかしてなにかわかったんですか?」
俺は思わず食い気味に訊いてしまった。ナノも自身に関わることとあってか、興味を抱いたように身を乗り出している。
以前、聖地のマハルラ樹海で謎の石版を手に入れたのだが、書かれた内容が理解できなかった。それゆえ、色々とツテのあるグノンさんに解読をお願いしていたのだ。
「断片的にだが、解読が進んでいるとの報告が入った」
「本当ですか!? その、あとどれぐらいかかるかはわかりますか?」
「そこまではさすがにわからないな。ただ、解析者曰くそこまで複雑ではないらしい。近いうちに明らかになるんじゃないか」
それは嬉しい限りだ。もしかしたらナノが新たな力を得るきっかけとなるかもしれないものだ。話を聞く限り大会中に間に合うかはわからないが……期待をせずにはいられなかった。
「ありがとうございます、グノンさん」
「気にする必要はないよ。なんたってあたしは頼れるお姉さんだからな」
どうやら思った以上に〝頼れるお姉さん〟を気に入ってくれたらしい。グノンさんがにかっと誇らしげに笑いかけてきた。
「っと、長く引き留めちまったね」
「いえ。俺も久しぶりにゆっくり話せてよかったです。ナノも楽しかったって言ってます」
「なのっ」
特務隊員の人たちはナノのことをよく可愛がってくれる。そんな空間をナノも気に入っているようで、来るたびにご機嫌になっていた。今回も例にもれず満足気に両手をあげている。
「大会、頑張りな」
「はいっ! 勝ちあがって……必ず優勝します!」
「お、言うじゃないか」
俺の戦績からすれば大言とみられてもおかしくはないが、誰にもバカにされることはなかった。それどころか隊員のみんなが「応援しにいくからな」と声援を送ってくれていた。本当に温かい人たちだ。
「──それは聞き捨てならないね」
ふいにユレグ先生が声をあげた。
不敵な笑みとともに真っすぐな瞳を俺に向けてくる。
「いくらきみでも1回戦の突破はとても難しいと思うぞ、クレインくん」
大会に出場するわけでもないユレグ先生が、なぜこんなことを言ってくるのか。俺はその理由を誰よりも理解していた。
なぜなら俺の初戦の相手はユレグ先生の妹──。
ドリス・ドネリーだからだ。




