◆第四話『かくれんぼ、なのっ』
「あ~、なんか昨日から建てつけが悪くてさ。気にしないでくれ」
俺はキスフィのときと同じような返事をしてユニカを迎えた。ただ、彼女は部屋には入らずに立ち止まっている。しかも、なにか気まずそうだ。
「それよりどうかしたのか?」
「ちょっと相談したいことがあって……でも、いまはお取り込み中だったみたいだね。それ……」
ベッドに目を向けながら、ほんのりと頬を染めるユニカ。明らかに人が寝ている膨らみがあるのだから無理もない反応だった。少しでも膨らみが隠れるようにと俺は慌ててベッドの縁に腰掛ける。
「あ、ああっ、これのことか! これ抱き枕だ。実は抱き枕がないと眠れないタチでさ」
「でも、すごい人っぽいけど。大きさとか」
とっさに思いついた言い訳をしてみたが、予想どおり疑念の目は絶えなかった。俺もユニカの立場なら同じような反応をしたに違いない。でも、いまの俺は誤魔化す側だ。ここで諦めるわけにはいかない。
「恥ずかしい話なんだけど、結構がっつり抱きつかないとダメなんだ。だ、大体、学園に入ったばかりでそんな誰か連れ込むとかするわけないだろ?」
「じゃ、じゃあ入ったばかりじゃなければ、そういうこと……しちゃうんだ」
「いまのはたとえ話であって――」
「相手はオルグラントさん、とか」
一瞬、心臓が破裂したんじゃないかと思った。まさか気づいているのか。
「冷静になって考えてみてくれ。あのキスフィがそんなホイホイついてくると思うか?」
「た、たしかに」
ユニカは今日、合流したばかりでキスフィのことを1日しか見ていない。それでもキスフィの無愛想な面を身をもって体験しているからか、すんなりと納得してくれた。自分で口にしておいてなんだが、さすがの説得力だ。
「……なんだか釈然としないわ」
ぼそりとキスフィの呟く声が聞こえてきた。キスフィにしてみれば、まさに自身の無愛想っぷりを説得材料に使われた格好だから無理もない反応だった。悪いとは思ったが、この場を切り抜けるためだ。いまだけは我慢してもらうしかない。
「誰もいないなら、いいよね」
「えっと相談だったよな。夕食のあととかじゃダメなのか?」
「できれば、いますぐがいいかも。その……夕食だと――って、なにそれ! 可愛い~っ!」
ユニカが深刻な顔から一転して顔をぱあっと明るくした。どうやら寝衣姿のナノを見て興奮を隠し切れなかったようだ。部屋に入ってくるなりナノの前に屈みこんだ。目をきらきらと輝かせながら、感嘆の声をもらしつづけている。
ナノもナノで自慢したい気持ちらしい。まるで見せつけるようにその場でポーズをとったり、くるくると回ったりしている。
「この服、どこで買ったの!?」
「いや、それ実は――」
キスフィが作ってくれたんだ。
そう言おうとした瞬間、腰の辺りに痛みが走った。これはつねられた感触だ。
どうやら隠したいようだ。そう言えば寝衣をくれたときも恥ずかしそうにしていたし、キスフィにとっては出来れば知られたくないことなのだろう。隠す必要はないと思うが、ここはキスフィに従ったほうがよさそうだ。
「シ、シリル先生の収集物の中に混じっててさ。ナノが気に入ったみたいだったからもらったんだ」
「そうなんだ。すっごい可愛いし、うちのフェアリーにも着せてあげたいなー。あとでどこで手に入れたのか訊いてみよっ」
やはりキスフィの作った寝衣は相当な出来のようだ。自分が作ったわけじゃないにもかかわらず、俺はなんだか嬉しくなった。現状では、作り手を知っているのが俺だけというのも嬉しい理由の1つかもしれないが。
いずれにせよ、シリル先生にはあとで事情を話して誤魔化すのを手伝ってもらわなければならない。もちろん、キスフィの許しが出なければ、そこもぼかすことになるが。
「って、ナノちゃんが可愛すぎて話がそれちゃった。えっとね……相談っていうのはオルグラントさんのことなんだ」
深刻な顔とともに告げられた。そのキスフィがいまここにいるというのに……なんというタイミングか。果たしてこのまま話を聞いていいのかと一瞬悩んだが、思いつめたユニカの表情を前にして切り出せなかった。
「あ~、とりあえず座ってくれ。そこの椅子使っていいから」
頷いたユニカが自然にナノを抱き上げ、膝に乗せる格好で座った。
「で、キスフィのことでどうしたんだ?」
「えっとね……仲良くなりたいなって。できれば友達に」
「そういうことか。だったら直接言ったらどうだ?」
「なんだか警戒されてるみたいだし」
落ち込んだように視線を下げるユニカ。そう言えば学園でも幾度か話しかけていたが、キスフィの無愛想な対応に、ことごとく撃沈していた。
「あ~……キスフィのあれはいつもどおりっていうか、誰にでもあんな感じだぞ」
「でも、アルくんは仲良いよね。いまだってオルグラントさんのこと、よくわかってるみたいな口振りだし」
「俺も最初はかなり鬱陶しがられたけどな」
「え、そうなの?」
「いや、警戒されたってのが正しいかもな。なにしろあいつ、男に――」
またもキスフィに軽くつねられた。
どうやら〝同年代の男と接触したことがなかった〟も内緒らしい。
「男に……?」
「モ、モテる顔してるだろ。かなり言い寄られてたみたいでさ」
「たしかに、あたしが男だったら絶対放っておかないもん」
「だろ。だから警戒されたってわけだ」
なるほど、となんとか納得してくれるユニカ。逆にキスフィからは小声で「そんなこと一度もなかったんだけど」と抗議された。誤魔化すための嘘だ。我慢してもらうしかない。
「にしても、どうしてそこまでキスフィにこだわるんだ? 言っちゃなんだけど、もう必要ないんじゃないかってぐらい友達できてただろ」
もし孤立しているキスフィが可哀相なんて同情からくるものだったら、仲介役はやんわりと断るつもりでいた。ただ、どうやらその線はないようだ。
「一目見たときから目が離せなくって。すごく綺麗だし、あたしが想像してたお姫様そのものって感じで……」
その〝お姫様〟とキスフィを重ねる形で想像しているのか、ユニカが柔らかな笑みを浮かべながら言った。その姿はまさに恋する乙女といった表現がぴったりな顔だ。
「……もしかして、ユニカってキスフィのことが好きなのか?」
「ち、違うよっ。その、格好いいとか綺麗とか憧れみたいな感じだよっ」
「そ、そういうことか……悪い、勘違いして」
「ううん、あたしも勘違いされるような言い方しちゃったしっ」
照れというより本気で焦るユニカ。
どうやら本当に勘違いだったようだ。
「自分とは正反対の人だから、すごく気になるのかも」
個人的には相容れない2人といった印象が強い。ただ、一方で意外と相性がいいんじゃないかという気持ちもある。
「さっきも言ったけど、あいつは誰にでもあんな感じだからな。べつに嫌ってるわけじゃないと思う。だからまあ……根気強く話しかけてみるってのも手じゃないか。あとはやっぱ共通の趣味とか話題に出来たら強いよな」
「でもオルグラントさんのこと、全然わからないんだよね」
「あいつもユニカと同じ女の子だし、可愛いものが好きなんじゃないか?」
「そう、なのかな?」
「たぶんそうだと思う」
絶対にそうだと本当は言い切りたかったが、今度は本気で腰をつねられそうな気がして思い留まった。
いずれにせよ、ユニカを発奮させるには至ったようだ。両手に拳を作りながら、やる気に満ちた顔を見せている。
「……うん、もう少し頑張ってみるよ」
「大して力になれなくて悪い」
「ううん、充分だよ。ありがと、アルくん」
ユニカからとびきりの笑顔を向けられた。特別な感情はないとわかっていても、思わずどきりとしてしまう。多くの男子が惹きつけられるのも納得だ。
と、ナノがユニカに向かって両手を挙げていた。大方、頑張れとでも言っているのだろう。ユニカもそう理解したようで、ナノにも同じように笑みを向ける。
「ナノちゃんも、ありがとっ。……それじゃ、またあとでね」
俺にナノを渡してきたのち、ユニカは部屋から出ていった。
ユニカが持つ独特の明るさや華やかさがなくなったからか、一気に部屋が寂しくなったように感じた。
「行ったぞ」
そう伝えると、キスフィががばっと毛布をどかして半身を起こした。そのまま少し乱れた髪を手で梳きながら睨んでくる。
「内緒にしてって言ったのに」
「つねられただけで言われた覚えはないぞ。ってか、可愛いものが好きかもって言っただけでキスフィがこの寝衣を作ったなんて言ってないだろ」
言い返されはしなかったが、無言で睨まれてしまった。さっさと話題を切り替えたほうがよさそうだ。
「それでユニカの悩み、キスフィ的にはどうなんだ?」
「どうもなにもないわ」
「相変わらずだな。ま、無理に付き合っても仕方ないけどさ。せっかく同じ寮に入ったんだし、少しは心を開いたらどうだ。なー、ナノ」
俺の問いかけに賛同するように「なのっ」と頷くナノ。効果は抜群だったようでキスフィがうろたえていた。おかげで「……その子を使うなんてずるい」と睨まれてしまったが。
「わたしだってべつに邪険にしてるつもりはないわ。ただ、同年代の友達なんていなかったから、どう接したらいいかわからなくて……」
キスフィが目をそらしながらそうこぼした。
どうやら本当に付き合い下手なだけだったようだ。
「ナノを抱いてるときみたいな顔を見せれば、すぐに打ち解けられると思う」
「それは無理」
即答だった。
「ま、学園生活は始まったばかりだしな。キスフィはキスフィのペースでいけばいいんじゃないか」
「……そう、ね」
いつもの〝どうでもいい〟の一点張りとは違い、肯定するような答えが返ってきた。どうやらキスフィもまんざらではないようだ。偶然とはいえ、ユニカが抱く好意的な印象を聞けたのが大きいのかもしれない。
「てか、同年代と付き合いがなかったって話で思いだしたけど……その、手を繋ぐのは抵抗あったのにベッドにもぐるのは大丈夫なんだな」
初対面で握手を拒否されたときに、キスフィが男との接触に免疫がないことは知っていた。だからこそ、握手をするよりも難度の高そうな――男のベッドに寝るなんてことをしたのが意外だった。
俺が指摘をしてから少しの間、キスフィが固まっていた。かと思うや、一気に顔を赤らめてベッドから飛び出た。俺の前に立って物凄い剣幕で見下ろしてくる。
「……っ! これは緊急だったからっ。べつにこれなら大丈夫だとか、そういうのはないから……っ」
「わかった。わかったから落ちついてくれっ」
「本当だから」
キスフィは最後にそう念押ししてくると、扉のほうへ向かった。
「あ、ナノの服、ありがとなー!」
「なのーっ!」
俺とナノの声で一瞬足を止めたのち、また歩き出して部屋をあとにするキスフィ。怒っていても扉を優しく閉めていくあたり性格が滲み出ていた。
いつも無表情でまさに氷のようだが、あんな風に乱れることもある。どれだけ強くても、ユニカのいう〝お姫様〟のようでも、キスフィも同じ歳の女の子だ。
「ああいうところを見せれば、すぐにみんなと仲良くなれそうなのにな」
「なのなのっ」




