◆第ニ話『友達作り、なのっ』
「塵獣はとても危険な相手です。ときには召喚士同士で力を合わせて討伐に当たることも珍しくありません。そこで、本日は召喚獣同士で触れ合ってもらいます。召喚獣にお友達を作ってあげる気持ちで頑張りましょう」
本日の演習場での実技は、そんなシリル先生の声から始まった。ただ、そのほんわかした内容もあってか、教室中の空気が緩んでいた。
「なんか子どもみたい」
「だな。そんなことより早く実戦訓練をさせてほしいぜ」
そんな愚痴をこぼした生徒たちにシリル先生が「こ~ら」と注意する。
「とても大切なことなんですよ。それに先ほども言いましたが、塵獣は本当に凶暴なんです。そんな浮ついた気持ちでは、がぶっと食べられちゃいますよ」
シリル先生的には脅したつもりなんだろう。ただ、言い方やしぐさが小さな子どもに向けたものとあって愚痴をこぼしていた生徒たちもいまいち危機感を覚えていなかった。
とはいえ、無理もないかもしれない。俺だって召喚士として塵獣を前にするまでは、どこか舐めた気持ちがあった。いまでは痛い目を見たこともあり、周囲の空気とは相反して気持ちが引き締まっている。
「いいですかー、危ないと思ったらすぐに戻してくださいね~!」
思い思いの場所に散らばった生徒たちに、シリル先生から忠告が飛んでくる。召喚獣同士が喧嘩なんてことも起こりえるのだろう。俺も注意して見守る必要がありそうだ。なんて身構えていたのだが――。
「……お前、本当に誰とでも仲良くなるな」
「なのっ」
開始早々、接触してきた召喚獣とナノがすぐさま仲良しに。その光景を見て、ナノとなら1歩目にちょうどいいと思われたのか、どんどん召喚獣が寄ってきていた。いまやナノを中心に多くの召喚獣が集まっている格好だ。
「ナノちゃ~ん、うちの子とも遊んであげて~っ」
「待てよ、次は俺の番だぞ」
「いいじゃん、べつに」
「なのなのっ」
みんな仲良く、と仲裁までするナノ。完全に場を支配していた。
それにしても本当に色んな召喚獣がいる。南瓜マントのジャックオーランタン。大きな目玉のイビルアイや、人型トカゲのリザードマン。ガリオンと呼ばれる、ナノとは違って本格的な狼を模した姿の召喚獣もいる。
まだ召喚士になって間もないこともあり、見ているだけでも楽しめる。入学時は召喚士の顔と召喚獣が一致しなかったけど、今回の授業で覚えられそうな気がしてきた。もしかすると、そういった意図も今回の授業にはあるのかもしれない。
そんなことを思いながら俺は辺りを見回した。いつも実技が始まるなり絡んできた〝あいつ〟の姿が見当たらないのだ。
いま、ナノはドンのゴーレムと戯れているところだった。頭に乗せてもらって、高いところから「なのーっ」と興奮したように叫んでいる。
ドンが「本当にいつ見ても美味しそうだね」と言っているぐらいで危険はなさそうだ。一応、横目で確認しながら俺は遠巻きに全体を見回しているシリル先生のもとに向かった。
「先生、ザグリオは?」
「クレインくん……それが体調が優れないみたいで帰っちゃったの」
今日の座学中から大人しかったのでおかしいとは思っていた。いつも得意気に先生に知識を披露していたこともあり、余計に目についた形だ。
「やっぱり昨日のことが原因ですよね。そう言えば、あいつのオークって大丈夫なんですか? 昨日、塵獣に倒されたあと、光って消えちゃったんです」
「召喚獣は一定の損傷を受けると、トリンケットに戻るようになっているので命のほうは大丈夫だと思います。ただ、そこまでの損傷となると、回復までには時間がかかりますから……」
すぐには出せないということか。
と、なにやらシリル先生が嬉しそうに笑いながら、俺の顔を覗きこんできた。
「心配しているんですか? クレインくんは本当に優しいですね」
「そんなんじゃないです。ただ、寝覚めが悪いっていうか」
「そういうことにしておいてあげます」
淑やかに笑うシリル先生。時折見せる先生のこういう大人な一面にはどきりとさせられる。普段というか学生寮での生活が残念なだけに余計にそう感じられた。
モテない理由もあるけど、魅力的な人だ。いい出会いがあれば、きっとすぐにでも結婚できるに違いない。
「それじゃ俺、そろそろナノのところに戻ります。ありがとうございましたっ」
シリル先生から半ば逃げるように俺はその場をあとにした。ナノはいまだに人気者のようで召喚獣たちの輪の中にいた。ただ、その中心には初めて見る召喚獣の姿もあった。
ナノより小さいどころか両手で包めるほどだ。それに人の姿をしている。赤いドレスに身を包み、蝶のような透明な4枚羽をぱたぱたと動かしながら宙に浮いている。
「……フェアリー?」
「あの子、あたしの召喚獣なんだ」
俺が呟いた言葉を拾ったのはユニカだった。
いつの間にか隣に立っていたらしい。
「かなり珍しい召喚獣を引いたな」
「みたいだね。あんまり詳しくなかったからよくわからないんだけど、あたしとしては見た目がすごい好みでよかったーってのが正直なところ」
知り合って間もないが、ユニカらしい召喚獣といった感想だ。
「それより……ね、小さかったでしょ?」
「ナノよりずっとな」
ちょうどナノとフェアリーが接触していた。ナノの周りを機敏に飛びまわるフェアリー。ナノが両手を胸の前で合わせると、その上にフェアリーがちょこんと着地。そのままナノの頬にキスをした。
「わ……ほかの子とも仲良くしてたけど、あんなことしたの初めて。ナノちゃんのこと、よっぽど気に入ったみたい」
「ナノの奴、ほんとモテモテだな」
召喚士としての強さには関係がない部分かもしれない。それでも、やっぱり自分の召喚獣であり相棒だ。嬉しい気持ちで一杯だった。
ただ、気になることもあった。それは、いまも孤立しているキスフィとその召喚獣のドラゴン――ニヴルのことだ。授業が始まってからずっとあの調子だった。きっとニヴルの威圧感にどの召喚獣も怯えて近寄れないのだろう。
「手こずってるみたいだな」
俺はキスフィに声をかけにいった。
返ってきたのは相変わらずの無愛想な顔だ。
「……1人で倒せば問題ない」
「それじゃ授業の意味がなくなるだろ」
「でも、きっと難しいと思うわ。ドラゴンだし」
どこか悲しげな顔でそうこぼすキスフィ。
「そうじゃない奴もいるみたいだけどな」
気づけば、ナノがニヴルの前に来ていた。いつもどおり「なのっ」と声をかけている。そんなナノをじっと見つめたあと、咆哮をあげるニヴル。全員が注目するほどの迫力あるものだった。
ただ、ナノは怯えた様子もなく、その場に立ったままだった。それどころかニヴルの真似をするように「なのー!」と楽しげに咆えると、きゃっきゃと笑いはじめる。
そんなナノを前にして毒気を抜かれたのか、ニヴルがその場に座り込んだ。
ここぞとばかりによじ登りはじめるナノ。ついにはその背に乗って興奮したように騒ぎ出した。ばさばさと動く片翼を掴んだり、首から頭に向かって転がったりしている。
「あのドラゴンを相手に全然怯まないなんて……」
「それどころか遊んでもらってるぞ」
「も、もしかして意外と怖くないのか?」
ほかの生徒たちも自分の召喚獣をキスフィのニヴルに近づけようとする。だが、なかなか恐怖感を拭えないようで最後の1歩が踏み出せないようだった。ただ、そんな中で先んじてユニカが前に出てきた。
「あたしの子もいいかな?」
「そういう授業だし、断る理由はないわ」
攻撃的ともとれるキスフィの言葉に、ユニカがまなじりを下げる。ただ、ユニカはめげずに踏みだした。
「ほら、フェアリー。あの子も、あなたと同じ召喚獣なんだよ」
ユニカの説得を受け、恐る恐るニヴルのもとへ向かおうとするフェアリー。だが、ニヴルと目が合った途端にユニカの背に隠れてしまった。
「ナノちゃんも遊んでもらってるし、きっと大丈夫だよ」
「無理する必要はないわ」
キスフィが淡々と言った。
「で、でもっ」
「怯えてる子を無理やり行かせるのは可哀相でしょう」
キスフィとしては気遣ったつもりなのだろうが、不器用にもほどがある。これでは遠ざけたようにとられてもおかしくない。実際、ユニカはそうとったようだ。
「そ、そうだよね。ごめんね、フェアリー。オルグラントさんも……ごめんね」
ついには強がったような笑みを浮かべて去ってしまった。
結局、キスフィを取り巻く気まずい空気はその後もずっと残っていた。偶然にも俺は立場的に間だったこともあり、モロに余波を受けた格好だ。
ひとまず放課後はこの気まずい空気もなくなる。胃を休める時間もできるだろう。そう思っていたのだが――。
「え、えっと……あたしもここの寮なんだ。今日からよろしくお願いします」
まさかのユニカもゴミ屋敷――もとい第13学生寮だった。




