◆第一話『遅れてきた新入生、なのっ』
翌日、朝一の座学が始まる前。
家の事情で遅れて入学することになった。そうシリル先生から説明を受けて1人の女生徒が入ってくるなり、自己紹介を始めた。
「えっと、ユニカ・リールカです。できれば仲良くしてくれるとうれしーです。よろしくお願いしまーすっ!」
快活な声とともに眩しいぐらいの笑みを浮かべた女生徒――ユニカ。直後、男子がざわつきだした。無理もない。ユニカの容姿はとびきり恵まれていたからだ。
両側で2つにくくった短めの髪に、くりんとした大きな目、女子でも少し低めの身長と可愛い要素をふんだんに集めたような容姿だ。極めつけにあの垢抜けた印象。トリンケットと思しき耳飾もそれを手伝っている1つの要因だった。
キスフィが美人なら、ユニカは美少女といった表現がぴったりな感じだ。
「それではリールカさん。あそこの席についてください」
は~い、と返事をしたユニカが指示された席に座る。ちょうど教室の中央辺りだ。そのせいもあって多くの生徒が中央に視線を送るという面白い絵になっている。
家の事情で遅れるなんて初日から大変だなと思ったのも一瞬。ユニカは早速、隣になった女生徒と仲良くなっているようだった。凄まじい適応力だ。
あの調子ならほかの生徒ともすぐ馴染むに違いない。そんな風に思っていたが、結果は俺が想像していた以上だった。
本日、最初の休憩時間が訪れると、瞬く間にユニカの周りに多くの女子が集まったのだ。男子も話しかけようとしているが、女子の輪に加わる勇気がないのか遠巻きに眺めるだけに終わっている。
俺はユニカのほうを横目に見ながら、隣の席のキスフィに問いかける。
「キスフィはいいのか?」
「……わたしが行くと思うの?」
「いいや」
「わかってるなら訊かないで」
頬杖をついてそっぽを向いてしまった。ご機嫌斜めなのか。いや、短い付き合いながらよく知っている。これは普段どおりだ。
ナノが俺の腕をつんつんと突いたあと、ユニカのほうを指差した。
「なの?」
「俺は行かないのかって? あの集まり具合じゃ無理だろ」
肩を竦めながら、いまも生徒たちに囲まれているユニカを改めて見やった。瞬間、ユニカと目が合った。気のせいかと思ったが、どうやら間違いなかったようだ。
周りの生徒たちに「ちょっとごめんねー」と断りを入れるやいなや、ユニカが俺のところに向かってきた。
「ユニカ・リールカって言います」
「えっと、俺はアル。アル・クレインだ」
「アルくん、か。よろしくね」
あれだけ多くの人を惹きつける力を痛感した。持ち前の明るさと人懐っこさで一瞬にして距離を縮められた。一種の才能かと思うレベルだ。
「こいつはナノ。実はトリンケットに戻せなくてさ。特例で出しっぱなしなんだ」
「驚かないようにってシリル先生から予め聞いてたよー。一緒に授業を受けてるなんて自分の目で見てみないとさすがに信じられなかったけど。よろしくね、ナノちゃん」
「なのーっ!」
ナノの返事を聞いた途端、ユニカが「か、可愛いすぎぃっ」と興奮したような声をあげた。さすがナノ。ユニカも一瞬で虜にしてしまったようだ。
ナノの頬を人差し指でつんつんするユニカ。ナノも遊んでもらっている感覚なのか、きゃっきゃと楽しげだ。
「うちの召喚獣もちっちゃい子だから仲良くなれるかも」
「そうなのか。どんな召喚獣かは訊いていいのか?」
「どうしよっかな~。午後は実技だよね。こういうのってお楽しみにしたほうがよさそうな気がする」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるユニカ。なんだか話しているだけで心が浮ついてくる相手だ。いつまでも話していたい気持ちになるが、その選択だけはとれなさそうだった。
というのも、先ほどから凄まじい嫉妬の視線を受けているのだ。主に男子から。このままではグランドマスターになる前に夜道で倒されそうな気がしてならない。
そんな俺の顔から察したか、あるいは周囲の視線を感じとったか。空気を読んだユニカが俺からキスフィに話し相手を移した。
「えっと、そっちのあなたは……」
「キスフィ・オルグラント」
「あたしはユニカ・リールカ。よろしくね~っ」
「ええ」
相変わらず淡白な返事をするキスフィ。
どうやらさすがのユニカでもキスフィ相手ではすぐに距離を縮められなかったようだ。「あ、あれ……」と困ったように笑っている。
しつこく挑んだところで成果が得られる相手ではないと踏んだか、ユニカは撤退を選んだようだ。懸命な判断だと思う。ただ、俺の服の裾をつまんできたのは意味がわからなかった。
「ちょ、ちょっといいかなっ」
引っ張られるがまま俺は席を立った。キスフィから充分に離れたのを機に、ユニカがこそこそと話しかけてくる。
「ねね。あたし、なんか嫌われるようなことしたかな?」
「あ~……いや、キスフィはいつもあんな感じだから気にしないほうがいい。べつにユニカだけを嫌ってるとかそんなんじゃないと思うぞ」
「ならいいんだけど、でも……」
納得したかと思えば、未練があるような目でキスフィを見るユニカ。
「ほんと気にしないほうがいいよ」
ほかの女生徒にも聞こえていたらしい。ユニカの未練を断ち切るように女生徒たちが声をかけはじめる。
「わたしたちが話しかけても邪険にされちゃうし」
「ねー。まあ、わたしたちとは住む世界が違うって思ってるのかも」
「……本当にそう、なのかな」
困ったような顔をするユニカに、「そうだよ」と言い切る女生徒。
俺はなんだか居心地が悪くなってそっとその場をあとにした。
席に戻ると、ナノが机に寝転んでお絵かきをしていた。大きな丸の中に様々な形の図が幾つも描かれている。ちなみに寮でも何度か見ているので絵の正体については知っている。……俺の似顔絵だ。
そんなナノのことをキスフィは横目で眺めていた。先ほどユニカに見せたようなものとは打って変わって柔らかな表情だ。俺はため息をつきつつ、声をかける。
「もう少し愛想よくしたらどうだ」
「必要を感じない。っていうか、あなたには関係ないでしょ」
「一応、同じ学生寮で、席も隣同士。あとはライバルでもあるな」
現状、最後のひとつは強がりでしかないが、キスフィがなにかを言い返してくることはなかった。ただ、いつもどおり無表情なだけだ。
「はぁ~、昨日のキスフィはあんなに可愛かったのにな」
「……昨日のことは忘れてって言ったでしょ」
「俺も無理だって言っただろ」
あんな姿のキスフィを忘れるなんて無理だ。というより忘れたくない。キスフィが俺のことをぎりっと睨んでくると、ついっと目をそらした。悔しげに下唇を噛みながら、いまもお絵かき中のナノを見つめる。
「全部、この子が可愛いのがいけないのよ。わたしのせいじゃないわ……」
ひどい難癖のつけ方だ。
「それより今日の放課後、時間をもらっていいかしら」
「構わないけど、なにかあるのか?」
「……内緒。とりあえずあなたの部屋に行くから」
「お、俺の部屋に?」
てっきり校舎や庭のどこかかと思っていた。
予想だにしない場所に俺は思わず目を瞬いてしまう。
知り合って間もないとはいえ、キスフィとはこの学園で誰よりも言葉を交わしている。信頼関係も……多少はあるんじゃないかと思う。そんな相手が俺の部屋に来るなんて意識せずにはいられなかった。
「そうだけど、なにか問題でもあるの?」
「い、いや、べつにないけど」
「じゃあ、放課後」
あっさりとしたやり取りだった。よくよく考えてみれば相手はあのキスフィだ。部屋に来るとはいえ、想像しているような展開はまずないだろう。そう思っていたのだが――。
キスフィの頬やうなじの辺りがわずかに赤らんでいた。
俺は生唾をごくりと飲み込む。
……ない、よな。




