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俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!  作者: 夜々里 春
【小人の王様】第一章

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◆第十話『形態変化、なのっ』

 塵獣はまたも咆えると、ザグリオのオークに圧し掛かった。追い討ちとばかりに前足を持ち上げ、どすんと叩きつける。


 その威力がどれほどかは、とてつもなく重い音が物語っていた。オークはぐったりとしたまま動かなくなると、ついには燐光となって弾けるように散った。


 どうして学園内に塵獣がいるのか。抱いていた疑問が目の前で起こった衝撃的な光景のせいで吹き飛んだ。


「お、俺の召喚獣が……あ、あぁあああああっ」


 ザグリオが悲鳴をあげながら塵獣に背を向けて駆けだした。そんな声に釣られてか、塵獣の興味がザグリオに移ったようだ。前足で土をかいてザグリオ目掛けて突進しようとしていた。


 あの塵獣はオークをあっさりと倒すほどの強さを持っている。搦め手を使って辛くも勝利した俺たちとは力が違いすぎる。きっと逃げるのが正解だ。だが、いま逃げればザグリオが殺される。


 俺がしようとしている決断はきっと賢くない。それでも俺は「くそっ」と叫んで自分の感情に折り合いをつけた。胸いっぱいに空気を取り込んだのち、思い切り声を張り上げる。


「こっちだデカブツ! お前の相手は俺がしてやるッ!」


 どうやら気を引くことには成功したようだ。塵獣はぴたりと動きを止めると、俺に向きなおった。


 ただ、挑発行為とでもとられたか、明らかにさっきよりも鼻息を荒くしていた。重い足音を鳴らしながら、俺のほうへと勢いよく突っ込んでくる。


「ナノ、分身を出して気を引くんだ! 本体はそのまま俺に掴まってろ!」

「なのっ!」


 突進の軌道上から外れるように俺は駆けだした。ナノは俺の肩に乗りながら首を掴んだ格好だ。走っている間にも、ナノがぽんぽんと分身を生成。塵獣の気を引かんと散らばっていく。だが、塵獣は分身たちに見向きもしなかった。


 一度目の突進を外すやいなや、土を抉るようにして急停止。方向転換してまたも俺に向かって駆けてくる。


「一直線かよっ!」


 分身を使って逃げるのが最善の選択だ。そう考えていたが、塵獣は完全に俺とナノ本体のことを標的に定めているようだ。あちこちに生えた樹も、塵獣の突進の前では簡単に折れてしまって壁にもならなかった。これでは逃げ切れそうにない。


 とはいえ、あれを倒すのは相当に難しい問題だ。どうする──。


 いまも分身たちは塵獣に果敢に向かっている。だが、オークより動きが激しいこともあり、接触するのも難しいようだった。できたとしても、近づいただけであっさりと弾き飛ばされている。


 オーク戦のときからずっと走り続けている。体力に自信はあるほうだが、こうも全力疾走が続くとさすがに息が上がりそうだった。


 と、いましがた俺のそばを通りすぎた塵獣が方向転換をするや苛立ったように頭を振った。その際、ちょうど倒れた大木に当たり、空に突き上げられた。狙ってしたことかはわからないが、俺のほうに向かって飛んでくる。


 俺はとっさにナノを胸に抱いて身を投げた。転がる最中、大木の落下した衝撃が地面を通じて伝わってくる。当たりはしなかったが、疲れが溜まっていたせいか。脚が震えてすぐには立ち上がれそうになかった。


 そんな中でももちろん塵獣は待ってくれない。

 すでに俺に向かって駆け出そうとしていた。


「なのっ、なのっ」


 ナノが俺を引きずって動かそうとしていた。だが、当然ながらナノの力ではびくともしない。


「俺のことはいい! お前だけでも逃げろっ!」


 悲しげな顔を見せたナノだったが、聞き分けてくれたようだ。すぐに俺から離れていった。そうだ。それでいいと安堵したのも束の間、ナノはたくさんの分身を作り出して叫び声をあげはじめた。


 本体のナノに反応したのか、騒がしさからか。あるいはまとまったことでより大きな脅威と認定されたのか。塵獣が進路をナノに変更して突進を始めた。


 ナノ本体と分身たちが一斉に回避へ向けて走り出すが、一歩が小さいせいか、逃れられたのは数体のみ。本体も逃げ切れたようだが……あんな躱し方では次の1撃で潰されてもおかしくはない。


「くそっ……!」


 俺の目標はグランドマスターだ。

 ただ、その相棒はどんな召喚獣でもいいわけじゃない。


 小人のナノと、一緒に目指すと決めた。


 最初は無理だと思った魔導駒にも勝てた。あのオークにだって負けなかったんだ。今回だってなにかあるはずだ。諦めるな、諦めるな、俺……!


 そう強く心に思ったとき、きぃんと耳鳴りのような音が頭に響きはじめた。思わず顔をしかめてしまう。


「なんだ、これ……っ」


 音の向こう側からなにか言葉のようなものを感知した。そこに意識を集中させると、わずかながら認識できるようになった。


 ――が複数の形態を持つことは前述した通りだ。今回、発見したのは狼を模した形態のようだった。発動するために必要なのはお馴染みの呪文だ。そう、こう叫ぶだけでいい。狼形態(モード・ウルフ)、と――。


 記憶にはない。だが、狼という単語に思い当たる節はあった。胸ポケットに手を突っ込んでシリル先生からもらった1枚の紙を取り出す。


「もしかして、これに記述された言葉か……っ!?」


 まるで正解だと言わんばかりに文字は光っていたが、耳鳴りが止んだのを機に元の状態に戻った。信じられないような体験だった。ただ、どこか妙に納得している自分がいた。


 聞いたこともないエンチャントだ。いや、そもそもエンチャントなのかもわからない。だが、いまはほかに手がない状態だ。信じて試してみるしかない。


 俺は残った力を振り絞り、いま一度立ち上がった。そしてそのままの勢いで喉が痛くなるぐらいに叫ぶ。


「ナノッ! 狼形態(モード・ウルフ)ッ!」


 ナノたちの中で1体だけが光った。だが、塵獣の突進がちょうど到達したこともあり、その先の変化を見届けることができなかった。


 新たに生成された分身たちが逃げ切れずに消滅する。逃れたのはたった1体。だが、その個体はこれまでのナノとは違った姿をしていた。三角の耳に、少し太めの尻尾が生えている。


「ほ、本当に変化した……っ」


 あの紙に描かれていた絵の通りの姿だ。ナノも狼形態となったことでわずかに戸惑っているようだったが、またも向かってくる塵獣を前に素早く動きだした。


「なのっ」


 愛くるしい姿に相反して、狼形態のナノは野生的な動きを見せていた。四足で俊敏に駆け回り、鋭い爪で塵獣に襲いかかりはじめる。塵獣もナノを脅威と感じたようだ。突進を止め、ナノを追うように頭を振り、その牙を当てようとしている。


 狼形態のナノは、これまでと打って変わって塵獣に有効な攻撃を加えられていた。爪も皮膚を傷つけている。ただ、深く削るにはいたっていない。


 狼形態のナノは明らかに基礎的な能力が上がっている。いまならエンチャントも効果があるはずだ。俺はナノに右掌を向けて叫ぶ。


「エンチャント、《フレンジー》!」


 ナノが赤い光で包まれたのち、爪が深くまで徹るようになった。ただ、塵獣はかなりタフなようでなかなか倒れない。


 さっき形態変化を促したとき、本体しか反応しなかった。もしかすると分身した個体は、生成された時点での本体を元にしているかもしれない。だとすれば――。


「ナノ、分身だ!」


 指示に応じてナノが生みだした分身は予想どおり狼形態だった。分身の性能も変わりはない。だとすれば、あとの指示はもうひとつだけだ。


「ありったけの分身を追加だ! いけぇっ!」

「「「なのーっ!」」」


 生成されたおよそ50体の狼形態の分身。それらの鋭い爪が塵獣の全身に無数の傷を深く刻み込んだ。1つ1つは命を刈りとるほどでなくとも数が数だ。塵獣は、あの雄々しい勢いが嘘のようにフラついたのち、どしんと横倒れになった。


 そのまま動かなくなり、ついには無数の黒点となって散っていった。


 圧倒的な存在感を持っていた塵獣がいなくなったこともあり、やけに静かに感じた。そのせいで現実味を感じられなかったが、ナノの分身が消える間抜けな音が塵獣を倒したという事実を受け入れさせてくれた。


「すごいじゃないか、ナノ!」

「なの……っ!」


 ナノ自身も興奮しているようだ。


 信じられないといった様子で目を輝かせている。ただ、ふらふらとしたのちにその場にぺたんと座り込んでしまった。さらに狼形態もぽんっと解除され、いつもの姿に戻ってしまう。


 俺も足ががたついて立っているのが辛かった。

 ナノを抱き上げたのち、その場に座り込んだ。


「オークに続いて塵獣。それもあんな強い奴を相手にしたんだもんな。本当によくやったよ。お前のおかげだ」

「なの、なの」


 ナノが首を振ったのち、ナノが俺の胸をつんつんとしてきた。


「そうだな、俺たちの勝利だ」

「なのっ」


 そうして2人で喜びを分かち合ったときだった。メキメキといやな音が聞こえてきた。見れば、先ほどと同じ形態の塵獣が3体、姿を現していた。


「……冗談だろ」


 いまのナノには狼形態という強い力がある。だが、すでに疲労困憊な状態だ。さすがに3体相手は勝てる未来が想像できなかった。……それでも戦うしか選択肢はない。俺はナノと揃って立ち上がった。


 瞬間――。

 空から猛烈な勢いでソレが降下してきた。


 登場と同時に両の獰猛な鉤爪で1体の塵獣を押し潰して圧殺。さらに近場にいた塵獣の首元に噛みつき、そのまま捻るように倒した。


 最後に残った塵獣がソレに突っ込んでいくが、氷のブレスを受けて一瞬で氷塊と化してしまった。ソレは舞い上がると、氷塊を押し潰して勝ち誇るような咆哮をあげた。


 俺はただ口を開けて見ていることしかできなかった。ソレの背から地面に降り立った相手へと、俺は呆然としながら声をかける。


「キスフィ、どうして……」

「あのいけ好かない男がすごい形相で走ってるのを見つけたから。あと、大きな音がしてたし。……たぶん、すぐに先生も来ると思うわ」


 本当に訊きたかったのはキスフィが来てくれた理由じゃない。どうしてそんなに強いのかを訊きたかった。


 後ろでニヴルが翼を休めるように畳んだせいか、辺りに風が吹いた。キスフィが荒ぶる髪を手で押さえながら、俺とナノを交互に見やった。


「とりあえず無事だったみたいね」


 ……どうやら俺はとんでもない相手をライバルとして選んだようだ。



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