◆第一話『小人さん爆誕、なのっ』
「え~と、お名前は?」
「アル・クレインです。よろしくお願いします!」
「元気があっていいですね。入学おめでとうございます。あなたが人間界と魔謳界にとって素晴らしき存在となることを期待しています」
「はいっ、頑張ります!」
まだ受付しか終わっていない。
ただ、それだけでも俺は湧き上がる昂揚感を抑えきれなかった。
ここウィスタール王国に3か所しかない召喚士育成機関。そのうちのひとつ、ルヴィナス召喚士学園に俺は今日から入学することになっていた。
このときをずっと待ち望んでいた。
王国で召喚の儀を行えるのは召喚士学園のみ。
つまり学園に入れる年齢――16歳となるまで召喚士にはなれない決まりだ。
ようやく始まるんだ。
俺の召喚士としての道が……!
期待で胸を膨らませながら階段を上がった先の正門を目指す。
改めて見ても大きな門だった。
それはもう自分が豆粒みたいに感じるほどだ。
召喚獣には山のように大きなものもいると聞いている。きっとそんな大きな召喚獣でも通れるようになっているのだろう。
ただ、大きいのは門だけではなかった。
「すげぇ……っ!」
階段を上がったのち、門の先に映り込んだ光景を前に思わず感嘆の声をこぼしてしまった。人口が1万人を超える大都市でさえもすっぽり入ってしまうんじゃないか。そう思ってしまうほどの広大な土地だ。
なかでも強い存在感を放っているものが3つ。
「えっとあれが校舎で……」
1つ目は正面に鎮座するもっとも大きな建物だ。城を思わせるほどに大きい。受付のお姉さんからもらった案内図には、あれが大講堂や教室のある校舎と記されている。
「……こっちが召喚場」
2つ目は左手に見える教会のような造りの建物――召喚場だ。大きさは校舎と比べれば遥かに小さい。ただ、形が洗練されていて華やかさでは断然上だ。用途については、その名のとおり召喚の儀式を行う場らしい。
「でもって、あれが……!」
そして3つ目。右手に見える円形闘技場だ。校舎ほどではないが、近い大きさを持っている。召喚獣の大きさに合わせてとは思うが、観客の収容人数も相当なものに違いない。
どれも興味を惹かれる。ただ、個人的には闘技場にどうしても目が向いてしまった。あれほど大きな闘技場だ。最上階の観客席から見た光景がいったいどんなものなのか気になってしかたなかった。
受付のお姉さんからは、まず大講堂に向かうよう言われていたが……。
「ちょっとぐらいいいよな」
結局、好奇心に負けて闘技場に足を運んだ。
いまは上級生たちが授業中なのか、最上階に来るまで誰とも会わなかった。
「ここが闘技場……!」
待っていたのは想像以上の光景だった。天井が吹き抜けで青空を望める解放感ある造りとなっている。観客席も無理なく中央の舞台を見下ろせる絶妙な傾斜だ。これなら観客でもみくちゃにならず、観戦に集中できるに違いない。
来てよかったと素直に思えた。
だが、いまはべつの意味でもそう思えた。
視界の隅に、とてつもなく綺麗な女の子が映り込んでいた。
どこか憂いを帯びた切れ長の目に、すっと通った鼻筋。いまも差し込む陽光に照らされた肌は底なしの透明感を湛えている。身長は高めで手足がすらりと高い。とくにスカートから覗く脚は長く、しなやかだ。
なにより目を奪われたのは流れる水のように綺麗な黄金の髪だ。腰に届くほど長く、愛らしい白のリボンでひとつに結われている。
高い場所とあって先ほどから風が幾度も吹き込んでいるが、そのたびに彼女の髪がゆらゆらと揺れていた。手すりに腕を置いた格好はさまになっている。まさに1枚の絵だ。
彼女の服装は白と青を基調にしたルヴィナス召喚士学園の制服だ。おそらく彼女も学園の生徒なのだろう。少し大人びた印象もあって一瞬上級生かと思ったが、彼女の右手が案内図を握っていることに気づいた。
「もしかして、そっちも新入生?」
「ええ、そうだけど……」
いきなり声をかけたからか、誰だお前みたいな目を向けられてしまった。顔が整っていることもあって迫力は抜群だ。
「実は俺も新入生でさ。アル・クレインっていうんだ。よろしく」
右手を差しだすが、応じてもらえなかった。
代わりに値踏みでもするかのようにじっと見られた。
「……じゃあ、あなたがあの」
「俺のこと知ってるのか? 初対面……だよな」
「期待の新星って有名よ。入学前に計測した魔力値が学園史上最高だったって。それにエンチャントもすでに2種使えるって」
初耳だった。半年前、計測に来た学園の召喚士が驚いていたが、まさか史上最高だったとは。恥ずかしい反面、嬉しさも込み上げてくる。
「ってことは頑張ったかいがあったってことか」
「……ねえ、もしかしてあなたもグランドマスターを目指してるの?」
「ああ、そのためにここまで来た」
グランドマスター。それは召喚士教会が定める召喚士階級において最高位に当たる称号だ。ちなみにその下には1級が続いて、5級まで存在する。
「あなた〝も〟ってことは、そっちも目指してるのか? グランドマスター」
「わたしはべつに。ただ、目的の途中にそれがあるってだけ」
「じゃあ、ライバルってことか」
グランドマスターはもっとも強い召喚士に与えられる。つまり、たった1人だけの称号というわけだ。そしてその称号を獲得するための道は、この召喚士学園から始まる。
グランドマスターを目指す限り、彼女とこの闘技場で戦う機会もきっとあるだろう。俺がライバルという言葉を口にしたからか、彼女の目に若干の敵意が混ざった。
「わたしもエンチャント2種使えるんだけど」
「あ~……すごく言いにくいんだけど、査定からちょっと期間あっただろ。その間に猛特訓してさ。いま4種なんだ。《プロテクション》に《マジックバリア》だろ。あとは《フレンジー》に《アキュレイト》」
エンチャントは召喚獣に与えられる強化魔法だ。効果は種類によって様々で、例えば《プロテクション》は防御力上昇で《マジックバリア》は魔法防御力上昇。《フレンジー》は膂力上昇、《アキュレイト》は命中力上昇といった感じだ。
「キスフィ・オルグラント」
「……は?」
「わたしの名前」
ぎりっと鋭い目で睨まれてしまった。
先ほどまでの敵意がさらに強まった感じだ。
「あなたがどれだけ優秀だとしても負ける気はないから」
「俺だって同じ気持ちだ。ともかく改めてよろしく」
もう一度、握手をせんと試みた。キスフィはその手と俺の顔を交互に見やると、恐る恐るといった様子で右手人差し指を伸ばしてきた。そのまま突いてくるのかと思いきや、触れる寸前で止めてしまう。
「なんだよ、それ。面白い奴だな」
じれったくなって俺から彼女の手を取りにいった。肌がさらさらなうえにとても柔らかい。男のごつごつとした手とは段違いだ。強く握ったら折れてしまいそうな気がして軽く握るだけに留めた。
ただ、キスフィから握り返されることはなかった。それどころかまったく動かない。不審に思って彼女の様子を窺うと、なにやら俯いて全身を震わしていた。
「ど、どうした?」
「……初めて、なの」
「初めてってなにが?」
「同世代の男の子に触れるのが初めてなのっ」
勢いよく上げられたキスフィの顔は真っ赤に染まっていた。さらに目尻にはわずかに涙が滲んでいる。ひとまずどれだけ我慢していたのかは痛いほど伝わってきた。
「わ、悪いっ」
慌てて手を離した。
少しの間、まだキスフィの手の感覚が残っていた。彼女も同じなのか、胸元辺りで先ほど握手した右手を左手で包み込んでいる。
「故郷だとみんな距離感が近くてさ。そのノリでいっちまったけど……そう、だよな。馴れ馴れしかったよな。悪い」
「……べつにあなたが謝る必要はないわ。これぐらいできるのが普通なんだから」
ずっと睨まれていたこともあってきつい性格なのかと思ったが、気遣ってくれる優しさも持ち合わせていたようだ。いずれにせよ学園で初めて話した同級生だ。嫌われなくてよかったと心の底から安堵した。
と、反対側の観客席に学園の教師と思しき大人が上がってきた。俺たちの姿を見つけるなり大声で叫んでくる。
「お前たち~、新入生だろうっ!? こんなところでなにしているっ!? そろそろ入学式が始まるぞ~っ」
どうやら思った以上に長居していたらしい。
キスフィが早々に歩きだし、そばを通りすぎていく。
「……行きましょう」
「あ、ああっ」
◆◆◆◆◆
入学式は大講堂で粛々と行われた。
1学年は約100人。2学年までなので生徒だけでもおよそ200人が集まったことになるが、それでも余裕があるほどの広さだった。
学園長のありがたいお言葉やら在校生による祝辞を色々受け、つつがなく入学式は終了。その後は、ついに待ちに待ったイベントが訪れた。
召喚の儀式だ。
召喚場の中は大きな広間がひとつあるだけだった。ただ、簡素だからこそ際立つものがあった。中央に設けられた儀式場だ。わずかな段差を少し上がった先に、青い線で魔法円が描かれている。
「――魔謳界の勇あるものよ。我が呼びかけに応え、その姿を見せよ」
すでに生徒たちが順番に召喚を始めていた。魔法円から光が迸り、巨大ななにかが現れる。筋肉質な大男といった風貌だ。あの召喚獣は――。
「げっ、オークっ」
「なんて言い草ですか。召喚士としてのあなたをこれから支えてくれる相棒ですよ」
教師に窘められてうな垂れる男子生徒。あんまりな言い分だが、「げっ」と言いたくなる気持ちはわからなくもない。オークは凶悪な見た目に反して、そこまで強力な召喚獣とはみなされていないからだ。
とはいえ、先を越された気がしてうずうずしてくる。俺も早く召喚したいが、まだまだそのときは遠そうだった。教師に指示された順で並んだところ、最後尾に配されてしまったのだ。
例年のことで、なんでもとくに魔力値が高い者は後ろに置かれるという。どうやら至上最高だったという話は本当だったらしい。ただ、そうなるとキスフィも相当なものだったのだろう。なぜなら、いま目の前にいるからだ。
「やっぱライバルだな」
「……魔力値がすべてじゃないから」
闘技場での一件のせいか、肩越しに睨まれてしまった。これ以上話しかけるとさらに当たりが強くなりそうだ。いまはそっとしておいたほうがいいだろう。
儀式場ではいまも次々に新しい召喚獣が呼び出されていた。
ウルフやらコボルトといった一般的なものから、ゴーレムやスライム。エントといった比較的珍しいものまで様々だ。同じ種類の召喚獣が現れることもあったが、色や体格が違ったりと差異があるため、なかなか飽きることはなかった。
以降も順調に行われていく召喚の儀式。
やがて残り人数もわずかとなり、ついにキスフィの順が回ってきた。
「あれがオルグラントの三女……!」
「うわ、俺めちゃくちゃ好みだ!」
「あそこの家はいつもすごい召喚獣ばっかだからな……」
すでに召喚を終え、脇で見学中の生徒たちがざわつきはじめる。キスフィの見た目で騒がれるのは当然として、家のことでも話題になっているのが気になった。
「もしかしてキスフィん家ってかなり有名なのか?」
「……そうみたいね。あなたには有名じゃなかったみたいだけど」
「あ~、悪いな。ずっと田舎暮らしだったから、そういうのに疎くてさ」
「べつにいいわよ。家のことを言われるの、あんまり好きじゃないし」
どうやら家で人間をはかられるのが嫌いなようだ。キスフィは周囲の声に少し不機嫌そうな顔を見せつつも、堂々と儀式の舞台に上がっていった。
「トリンケットは持ってきていますね」
「はい」
教師に応じつつ、キスフィが小さな青い宝石がついたチョーカーを首につけた。トリンケットは召喚士と召喚獣を繋ぐ役割を持つ装身具だ。ちなみにトリンケットの種類は学園からもらった魔石をつけてさえいれば、なんでもいい決まりだ。
「魔謳界の勇あるものよ。我が呼びかけに応え、その姿を見せよ」
キスフィが召喚の呪文を口にした直後、ほかの生徒と同様に魔法円から光が迸る。ただ、出てきた召喚獣の存在感はこれまでとはまるで違った。
獰猛な牙を覗かせる突き出した口。青い鱗で覆われた逞しい体躯。太く黒々とした鉤爪を生やした四足。それらすべてを雄々しく包み込むほど大きな翼。
見間違えるはずもない。
その姿はまさしくドラゴンだ。
「確認されてる中で最強種じゃねえか!」
「しかも翼竜だぞ! さ、さすがオルグラント家だ!」
辺りが騒然となった。半ば歓声が湧き上がっているかのような状態だ。立ち会った教師陣すらも驚いている。ただ、騒ぎは一瞬にして収まった。うるさいとばかりにドラゴンが咆哮をあげたのだ。
しんっと静まり返った中、キスフィがドラゴンに近寄って頬を撫でた。さすが契約者とあってか、ドラゴンもキスフィのことを完全に受け入れているようだった。
「これからよろしく。……ニヴル」
少し思案したのち、優しい声音で告げるキスフィ。早くも名前をつけたようだ。続けて「戻りなさい」と口にすると、召喚獣が燐光と化し、キスフィが装着したトリンケットの魔石に吸い込まれた。
トリンケットの力だ。
一時的に召喚獣をあのようにして隔離することができる。
いまだ辺りが静寂に包まれる中、キスフィが儀式場から淡々と下りた。そのまま俺の前まで来たのち、足を止めて目を見据えてくる。
「次はあなたの番ね」
キスフィは最強種と言われるドラゴンを召喚した。そんな彼女から〝ライバル〟として意識された眼差しを向けられている。昂揚感が爆発しそうなほど高まってきた。
「アル・クレイン、前へ!」
教師に名前を呼ばれ、俺はキスフィと入れ替わる形で儀式場へと上がった。途端、静まっていた場が再び騒がしくなりはじめる。
「あれが最高の魔力値を出したっていう……」
「オルグラントの三女でドラゴンだろ。もっとやばいの来るんじゃねえか!?」
「いままでに見たことがない召喚獣……とか?」
基本的に魔力値と召喚獣の強さは比例すると言われている。実際、今回の儀式でも多くの場合において後ろの順になるにつれ、強い召喚獣が現れていた。となれば期待はできるはずだ。
予め用意していたブレスレット型のトリンケットを左手首にはめた。
「魔法円に右手をつけて唱えてください」
教師の指示に従って屈んで右手を魔法円につけた。ついに自分だけの召喚獣と出会える。その期待感で胸を一杯に膨らませながら口を開く。
「魔謳界の勇あるものよ。我が呼びかけに応え、その姿を見せよ――」
呪文を唱えた直後、魔法円から眩い光が上がった。気のせいどころではなく、いままででもっとも強い光だ。当然ながら周囲も驚愕の声で満ちている。
召喚場のすべてを白で埋め尽くした光は間もなく収まった。あれほど派手な光を放っての登場だ。とてつもなく巨大な召喚獣が呼びかけに応じてくれたのかもしれない。
そんな期待を抱きながら天井を見るように顔を上げてから目を開けた。が、そこにはなにもいない。軽く下げてみてもまだ現れない。大人の目線と同程度の高さに達してもいない。
まさか召喚に失敗したのだろうか。
失望感とともに視線を下げた、そのとき。
そこになにかがいた。
大きさは人間の頭部と同じぐらいだ。人型だが、ずんぐりむっくりで人の頭身とはかけ離れている。丸くてつばの短い帽子を被り、ひとつなぎの素朴な服を着ている。
故郷の田舎にある唯一の雑貨屋で売られていたぬいぐるみによく似ている。いや、絵つきの童話でもよく登場するものとも似ている気がする。とにもかくにも、慣れ親しんだ想像上の〝アレ〟そのものだ。
俺は唾を呑み込んだのち、喉から言葉を押し出す。
「こ、小人……!?」
周囲の期待に応えて〝いままでにない召喚獣〟は間違いなく達成してくれた。ただ、こんな姿はまったく想像していなかった。
どうやら唖然としているのは俺だけではないらしい。この場に居合わせた全員が言葉を失っているようで、キスフィのドラゴンが咆えたときよりも静まり返っている。
そんな静寂が支配する中、てくてくと俺のそばまで歩み寄ってくる小人。愛らしい笑みを向けてくると、挨拶とばかりに右手を挙げた。
そして元気に飛び跳ねて、一言。
「なのっ!」