5、自然に感謝を、命に祈りを 前編
村を出発してしばらく、私は時々道端で薬草を採取しながら一本道を進んでいた。ただ歩いているだけでも村からこんなに離れたことがないから、どきどきしてくる。空気さえ違うような気がして、胸いっぱいに息を吸い込む。……けほっ、むせた。そろそろ分かれ道が見えるはず。
バックの中から皮に焼いて作られた地図を取り出して開く。うん、やっぱりそう。この先に進むわかれ道でどちらに向かうのかを決めなければいけない。
東に進めばガレノンという比較的大きな都があるようだ。村長さんから聞いた話によると、赤の村から試練の旅に出た闘人はほとんどの者がそこを目指すらしい。しかし地図で確認すると、馬で三日、私の足なら一週間はかかりそう。
逆に、西へと進めばタートルという町がある。ガレノンに比べれば小さな町ではあるが、こちらの方が距離は近い。私の足でも三日あれば辿り着く。仕事の種類は大きな都の方がたくさんありそうだ。しかし、代わりに求められるレベルも高い、かもしれない。……足が重くなってきた。
自分の軟弱な太腿をぺしぺしと叩いて、空を見上げた。太陽は少し傾いている。長い旅になるのだから、自分の体力は把握して無理をしないことが大切。
その時、私のフードの中で大人しくしていたラックが肩に移動してきた。
「ラック、どうしたの?」
「キュッ」
小さな鼻をうごめかせると、フィアの髪をくいくいと引っ張る。どうやらその先になにかあるらしい。言われるがままに生い茂る木々の中に入っていくと水音が聞こえてきた。私は驚いた。木々の奥に小川が流れていたのである。
「澄んだいい水。これなら魚もいるかも。でもその前に、時間を把握すべき」
私はごそごそと鞄から平べったい手のひら大の石を取り出す。それに小川の水に指をつけて、ぺとりと石の表面に触れる。すると、染み込んだ水跡が数字や時計の針に変化していく。……二時過ぎ。ということは、もう二時間は歩いた。私、頑張った。
これは石の時計と言って、少し水を垂らすと時間を教えてくれる優れものだ。しかも、リンド洞窟に落ちているので元手はタダ。一滴垂らせばその日一日は保つという旅に優しいアイテムである。私は小川の傍で少し休憩することにした。
サンダルを脱いで、足を浸すと疲れた足がすぅっとする。気持ちよさにうっとりしていると、ラックも川を覗き込んでいるようだ。両手でお腹を押さえて鳴いている。
「キュフッ、キュッ」
「ラックもお腹すいた? じゃあ、日持ちする食料は出来るだけ取っておいて、今はここで食べられるものを探そう」
周囲を見回す。すると、木々の根元に生えた白いキノコを見つける。オテンキキノコだ。晴れの日は白く、雨の日は赤く色が変わり味が変わる面白いキノコで、毒性もなく美味しい。薬として使うこともあるが、今はご飯として採取しておく。
そうしたら、下準備の開始だ。
「このキノコは焼いて塩をパラッとかけるのが美味しくて、好き。魚もほしい。ラック、一緒に美味しいご飯をゲットしよう」
「キュッ」
力強い鳴き声が返り、ラックが私の肩から飛び降りた。その途中でカッと白い光が放たれ、光が消えると巨大化したラックが川に仁王立ちした。熊程の大きさに変化出来るのは、ワイルド・モモンガが持つ特殊能力である。
この姿のラックに抱えてもらって眠ると寒くないし、ある程度の害獣なら撃退することも可能だ。さらに足も速いので疲れた時は乗せてもらえるし、そして、ふもふふさが数倍に広がって素敵、だと思う。
私は裸足のまま川底をゆっくりと歩いて悠々と泳ぐ魚をラックの方向へと追い込んでいく。
ズバシャッ。ラックが魚に狙いを澄まして前足で水面を叩く。キラキラ輝く水しぶきの中に魚が岸に飛ばされる。一匹、二匹、三匹!
ピチピチと跳ねている魚に近づくと、種類を確認する。これは、ドドンガ鮎だ。口の回りが鮮やかな赤で、尾びれが青いことが特徴だ。鞄からナイフを取り出すと、魚を捌いて内臓を取り出し、川の水で綺麗にする。
すると、川から出てきたラックが元の小さな姿に戻り、テテテッと木々の元へと駆けていく。串になりそうな小枝を探しにいってくれたのだろう。
その間にせっせと周囲の木々の周りで葉っぱを拾い集めておく。少しすると戻って来たラックの口には細い木の枝がいっぱいくわえられていた。それを軽く削り串にして、キノコと魚を刺していく。焚き木をするために敷き詰めた葉っぱに立てかける。そうしたら、囲んだら中心の葉っぱの上に粉にした薬草の粉末を乗せて、離れた場所から小石を投げ込む。途端にボッと火がついた。
私が拾い集めたのは、ジンブリという木の葉で、これは別名火の木と呼ばれている。生葉でも雨の火でも火が着きやすい点からその別名がついた。
粉末にしてあったのはネズミ草だ。その名前のように、ネズミの尻尾みたいに白い葉っぱで、単体では粉薬を飲むと胃痛に効く。
そして、火の葉と合わせて小さな衝撃を与えると簡単に着火するのだ。ただし、使用法によってはとんでもないことが起こるので、要注意。
美味しそうな焼き魚の匂りが広がってくる。そうなればもう、フィアとラックの口の中は唾液で一杯だ。表面の皮に油が浮いてパチパチと爆ぜている様子に一人と一匹は釘付けになる。ギュルル。お腹が鳴った。
「いい焼き加減?」
「キュフ! キュフ!」
ラックが目を輝かせて激しく頷いた。ワイルド・モモンガの嗅覚は生かどうかの判定も出来る。ちなみに、ラックは雑食だから生でも魚は食べられる。ただ、私と長年一緒に過ごしているので、味覚も似た感じにはなっているようだった。
「食べよう。──自然に感謝を、命に祈りを」
「キュキュッ」
両手の人差し指と親指を合わせるようにして三角を作って、食事前の祈りを捧げる。