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4、旅立ちの日、たくさんの見送りに少し鼻がつんとしたのは内緒です

 試練の旅に出ると決めてからの行動は出来るだけ素早く行った。


 持っていく物は、着替えを一組、薬を煎じる為の小さなすり鉢とすりこ木。本当は薬研も持って行きたいけど、重くて持てなかったからこっちにした。それから煎じた薬や、干してかさかさになった葉っぱやキノコ、動物の肝臓などを、それぞれ布に挟んでポケットがついた薬用の革の冊子に入れて、この日の為に、お母さんが作ってくれた緑のポンチョの上から肩に斜めかけした皮のバックに収める。

 


 湧き水は防腐の施された瓢箪に入れて腰にくくり、食料は固形で腐りにくいものを持って行けるだけ用意した。お腹にたまりやすい木の実や乾燥させた果実を小麦粉に混ぜて焼いたクッキーと、からっからの固いパン。それとラックのご飯となる木の実も充実させた。


 重要な物だけに絞って荷造りをすれば、三日後には旅立ちの日を迎えていた。



 門の前には、村長さんにおばば、お父さんとお母さん、それに村中の赤の闘人が集まってくれていた。どの人も、一度は私が診たことがある相手だ。中には少し前に薬を煎じてあげたお父さんの弟、ラオン叔父さんの姿もある。


「ラオン叔父さん、腰は?」


「フィアの湿布のおかげですっかり治っちまったよ。いやぁ、動くのも一苦労だったから参ったぜ。お前が村からいなくなっちまうのは寂しいが、せっかくの旅だ。いろんなものを見て楽しんじまえよ」


「うん。叔父さんは、身体に気をつけて。もう丸太は一気に三本も運んじゃ、ダメ」


「はははっ、さすがに懲りた! 次は二本にしとくさ」


 叔父さんは自分の額をぺしんと手で叩いて、周囲の笑いを誘う。私は重々しい頷きを返してみる。……旅立つ前に、患者が良くなってよかった。心残り、なし! 精一杯貫禄をにじませたつもりだったのに、お父さんになぜか頭を撫でられた。……貫録、足りなかった?


 一緒に旅をするワイルド・モモンガのラックがバックの中からキュキュと鳴きながら顔を出す。心なしか、きりっとした顔で見上げてくる姿には、僕のこと忘れてないよね? と言っているようだ。それに深く頷いて返す。


「大丈夫、忘れてない」


「お前さぁ、こんな時までラックと不思議会話してんなよ」


「ティワンったら、またそんなこと言って。心配してるくせにね」


 ぶすっとした顔の男の子と、心配そうな顔の女の子が並んで声をかけて来る。秘密基地の用意を手伝ってくれた一歳年下のティワンとイアナだ。一歳違いだから、よく一緒に遊んでいたのだ。


「ヂヂヂヂッ」


 ティワンの顔を見た途端に、ラックが威嚇の声を上げた。


 おばばに薬学について教わる前の私は、身体が弱くてほとんど家の中で過ごす生活をしていた。家族は優しかったけど、周囲の闘人から見れば七歳になっても狩りに行けない子供はただの役立ずだ。その頃、二番目のお兄ちゃんにこずかれただけであばらの骨を折ってしまったこともあり、周囲からは力の差がありすぎて殺しかねないと避けられていたのだ。


 そんなこともあり、私は子供の中でも浮いてしまい、子供の闘人に意地悪をされるようになっていた。その相手がティワンだ。その頃のことを知っているから、弟分のラックは私達が仲良くなった今でもティワンを嫌っているのだ。


「ラック、威嚇しない」


「キュ!」


「こいつ、フィアには素直に返事しやがって……っ」


「自業自得だけど、ティワンは相変わらずラックと仲が悪いのね」


「ふんっ、身体がちっこいから心もちっこいんだろ! フィアにはもうとっくに謝って許してもらったのに、こいつだけはいつまでも根に持ってるんだ」


「ヂヂーッ」


 腹を立てたのか、ラックの灰色の毛がぶわりと膨らむ。……あ、これはよくない。私はラックが本性に戻る前に、膨らんだ身体を撫でて宥める。


「旅立ちの日に喧嘩しない」


「……どうしても今日旅立つのか? 来年じゃあ駄目なのかよ」


「来年なら私達も一緒に行けるのに」


 心引かれるお誘いだが、首を横に振る。……ここで甘えたら、ダメ。精一杯年上らしさを見せて、背延びをして二人の頭を撫でてあげる。


「一人で行く。旅の途中で会えたら嬉しい」


 旅をしていれば、一年後に偶然会う可能生もある。その時には私の方が背が高くなっているかもしれない。二人を見おろすくらいの身長を手に入れた自分……とてもいい。


「ちぇっ、さっさと行っちまえよ!」


「寂しいからって憎まれ口を叩かないの。──フィア、身体に気をつけてね。お腹が空いたからってよく確かめもせずに食べちゃ駄目よ?」


「大丈夫。お腹痛くなったら、薬を煎じる」


「なんでも薬で解決させちゃいけないぞ! それ以前に痛くならないようにしなさい」


「……お父さん、騒がしい」


「さわ!? 父ちゃんはお前を心配して言ってるんだぞ!!」


「娘の旅立ちだぞ。小言は止めてやれ」


「そうは言ってもよぉ、ロドさん」


「今更ぐだぐだ言うんじゃないよ、あんた。フィアを気持ちよく見送ってやろうじゃないか。ラックとも仲良くやるんだよ」


「うん」


「キュフッ」


 仲良く返事をしたら、村長さんが懐から小さな布袋と丸めた紙を差し出された。紙を開いてみると、赤の闘人の印が押されており、村長のサインとフィアが成人の儀の試練を受けていることが記されていた。袋からはジャラリと重みを感じる。お金? 不思議に思いながら見上げると、周囲から笑顔が返される。


「赤の闘人の証明書だ。これがあればたとえ闘気が出せずとも、お前が闘人であることはわかってもらえる。絶対に失くさないようにな。それから、そのお金は村からの旅立ち資金だ。三万カル入ってるから、大事に使うんだぞ?」


「フィア、わしからはマレのお守りをやろう。お主が試練を無事に乗り越えて帰って来る日を待っているからの」


「ありがとう、村長さん、おばば。──みんな、行ってきます」


 私は小さな牙が二本揺れるマレのお守りを右手首に通し、お金を皮のバックに大事にしまった。そうして見送ってくれるみんなに小さく手を振って、背中を向ける。「頑張って来い!」「怪我をしないようにね!」なんて声を貰いながらのんびりと歩き出した。……いざ、かん! 






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