3、与えられた試練に心が高鳴りました 後編
「村の決まりは破れん。特別扱いしては、フィアはいつまでたっても半人前の闘人のままだ。それは、この子のためにもならんだろう」
「だとしても、オレァ我が子を死なせるくらいなら村を出るぞ!」
「これっ、滅多なことを言うでない。本来なら十二歳で旅立つところを一年先送りにしたのは、この子に薬の知識を与え、生きる術を仕込むためじゃ。今のフィアならばその点は十分満たしていよう」
「三人共、ちょっいと待ちな。フィアの意志も聞くべきだろう? この子はのんびり屋ではあるが馬鹿じゃない。頭の方は上の三人よりよっぽど賢いよ。──そうだろう、フィア?」
吠えるように訴えるお父さんを制したのは、これまで黙って三人の言い合いめいたやりとりを聞いていたお母さんだった。私と同じ琥珀の瞳に力強い温もりを乗せて、じっと見つめられる。
「あたしは母親としてあんたの良いとこを誰よりも知ってるつもりだ。そして、あんたがのんびりだけど、以外と肝の据わった強い子だってこともね。けど、外にはいろんな人間がいる。人間ってのは、残念だけど善人ばかりじゃないんだ。中にはあんたを利用しようとしたり、罠に嵌めようとする輩にも出会うだろう。普通の闘人よりもハンデを背負うことを承知の上で、あんたはそれを知りながら成人の儀を受ける覚悟があるかい?」
「……うん。私はお母さん達みたいに強い身体も、力もない。だけど、薬師のおばばに小さな時から教えてもらっていたから、今の私はこの村の誰よりも薬草やキノコの知識がある。狩りについても研究した。どの動物にどの程度薬を使えば生け捕れるのかも、どう使えば狩れるのかも知ってる。だから私は──小賢しく生き残る、つもり」
「小賢しく!?」
大げさに驚くお父さんの反応を受け流して、お母さんが真剣に頷く。
「あんたは闘人の中じゃ誰よりも弱い。だから、力がない分は知識を武器としな。薬の知識はやすやすとひけらかさず、自分を生かすために使うんだよ」
「おい、いいのかそれで!?」
「いいのさ。この子が生きて戻ることが一番大事だろう?」
「そうだけどよぉ。……はぁ、小賢しくなんて言っちゃあいるが、フィアは性根が真っ直ぐだから、悪いことは大して思いつきもしないだろう。逆に騙されて身ぐるみ剝されそうで父ちゃんは不安だよ」
「お父さん、心配ない。考えてる。身ぐるみ剝されそうになった時は、持ってる薬を差し出す。言う言葉は、『これしかないので差し上げる。効果があったら、今度は買ってほしい』これで大丈夫」
「追い剝ぎにあったのに、ちゃっかり宣伝するのか!?」
その通りと、満足して頷いたら、お父さんの突っ込みが炸裂した。私は口をちょっとだけ尖らせる。……頑張って考えたのに。じぃっとお父さんを見上げたら、しょっぱい顔をされてしまう。
「そこはお前の特技を使う場面だろ。そんなクズには痺れ薬でも投げつけてやれ。痺れて動けなくなってる隙に逃げりゃあいい」
「……おおっ、お父さん、頭良い」
「ヨウヒ、やっぱり止めた方がよくねぇか? 小賢しくなるって宣言しといてこんなぽんよりしてるんだぞ? オレァ心配で夜も眠れなくなりそうだ」
「お昼寝すればいい」
「いや、そういう問題じゃないぞ!?」
「やれやれ、みっともなく動揺するんじゃないよ。父親であるあんたがそんなことでどうするのさ。それなら、この子にラックをお供につけさせてもらうのはどうだい?」
「おお! そいつはいい考えだな。村長、どうだろう? この子は確実に他の子より大変な思いをするはずだ。このくらいは許しちゃくれねぇか?」
「うむ、まっ、そのくらいならいいだろ。しかし、その代わりにきっちり三年は村の外で暮らしてもらう。だからと言って、村のすぐ隣に居を構えたりするのはダメだからな?」
「……ダメなの?」
「こいつは冗談のつもりだったんだが、本当にそんなことを考えていたのか?」
「うん。外は外。村からちょっと離れた場所に、ティワンとイアナと作った秘密基地がある。もし試練を受けられたらここに住めばいいって、言ってた」
「なんと!? 意外と計画的じゃな」
おばばに驚かれたので、照れて頬を緩める。……褒められた、嬉しい。しかし、ちょっと三年だけ外に出るだけなのにこんなに心配されているのは、不服でもある。誰よりも力はないし、ついでにまだ小さいけど、私だって闘人だ。ちゃんとちっちゃくても誇りを持っている。
「近くがダメなの、わかった。新しく秘密基地作る」
「あのな、フィア。最初は秘密基地でもいいけど、いずれはちゃんと生活する基盤を作るんだぞ? 本来の闘人ってのは、護衛や用心棒では引っ張りだこな人種だが、お前にそれは向かないから、得意としてる薬草で商売するのがいいかもな。お前の煎じたものはよく効くし、それにお前はこんなに可愛い闘人なんだから、大きな町なら珍しがられて職にも取ってもらえるかもしれん。その代わり危険も多いと思うが、その点はラックがいれば助けてくれるだろう。──頼むぞ、ラック!」
「キュッ!」
任せろ! とばかりにラックがフィアの肩に登ってくる。ずっと背中に張り付いていたから、忘れてた。
……ラックが一緒なら、嬉しい。それにこの子は普通の闘人と同じくらいに強いから、大きな獣に襲われてもぺっと撃退出来るだろう。だからって頼ってばかりはよくないから、私も自分なりの戦い方をする。一口でぱくっと食べられてしまうつもりはない。
「私、頑張る。歯ごたえのある旅にするので、こうご期待」
両手を握ってふんすっと気合いを入れると、お父さんにはますます眉を下げた心配そうな顔をされて、お母さんとおばばと村長さんにはおかしそうに笑われた。……いい旅にする!




