2、与えられた試練に心が高鳴りました 前編
……痺れた。緊張した空気が漂う中、私はのんびりと瞬いていた。
両隣には私の桃色の髪とは違い、赤の闘人に似合いの真っ赤な髪のお父さんと、水色の髪のお母さんが木の床にどっしりと座っている。その表情は真剣そのもので、村長さんと薬師のおばばを前にぴりっとした空気を放っていた。
やがてお父さんの身体から、赤い煙がじわりと立ち上り始めた。闘人であれば誰もが持つ闘気と呼ばれるものだ。お父さんに反応するように村長さんの身体からも、さらに濃く赤い煙が立ち上っていく。
闘人の祖とされるのは、闘神の大狼だと言われている。そのためだろうか、夜目が利いたり、耳や鼻が敏感であったり、犬歯が長いなど、狼と同じ特徴を持っている闘人も珍しくはない。そんな闘人にとって、闘気だけは特別な意味を持つ。
闘気は闘人の生まれた村の色に染まるものだが、その色は濃ければ濃いほど強い闘人の証と言われており、強さを好む闘人にとって、それは一種の目安となっているのだ。
異性にとって闘気の多さや濃さは魅力的で番いたい相手となり、同性にとっては闘争本能が刺激されたり、格の違いを知るものとなるのだ。戦う時には闘気を出すことで力を増幅することも可能だ。
しかしそれは、普通の闘人であればの話だ。……私には、ただの綺麗な煙。呼ばれたから来たのにちっとも話が始まらないし、足の痺れが限界だ。なので、ぽそっと村長さんに話しかけてみる。
「村長さん、風邪治った?」
「あ、ああ、もうすっかりな。咳も出なくなったぞ!」
気がそがれたのか、村長さんの闘気が消える。お父さんの闘気も消えたのを目で確認していると、おばばが深くため息をついた。
「ウガルは娘の前じゃし、ロドは村長であろう。ちっとは年寄りを労らんか! わしは闘人じゃないんじゃからの、話をする前にそんな殺気立たれては腰が抜けてしまうわい」
「すまん、おばば! オレァ、いろいろと心配なことが多すぎてな」
「面目ない。つい闘気に煽られちまった」
「まったく、すぐに力で物事を決めようとするのはよしとくれ。──フィアのおかげで助かったよ。あたしがこの二人を力づくで止めなきゃいけないかと考えていたとこさ」
そんな状況だった? お母さんに言われてもピンとこなくて瞬いてしまう。でも、喧嘩にならなくてよかった。同じ村の仲間なのに、殴り合いはしてほしくない。
村長さんが気を取り直したように表情を和らげる。
「ところで、フィアはおばばの正式な後継者になる気はないのか? お前さんの作る薬はよく効くし、村でも評判がいいだろう?」
「そうなりたいけど、それはとても難しい。私が薬師を名乗るのは、サギになると思う。簡単な風邪薬なら作れるけど、手間をかけなきゃいけない薬は失敗することが多いから。私はどちらかというと、しびれ薬とか爆薬の方が得意」
「いやでも、闘人からするとそれで充分な気もするぞ? オレ達は頑丈だから、大きな病にかかることはほとんどないしな。この村にはおばばが在住してくれてるからちょっと違うが、他の村じゃ薬師さえいないとこもあるだろう」
お父さんのいう通りではあるのだ。けれど、これにはすんなりと頷けない理由があった。なにを隠そう不思議なことに、調合の手順は正しいのに薬の生成に失敗することが少なくないのだ。毒薬関係で失敗することはほとんどないのに、人の身体を治すための薬を作ろうとするととたんに成功率がぐぐんと下がってしまう。さんざんおばばに見てもらったけど、原因がわからなくてお手上げ状態なのだ。……私が不器用なだけ?
「そうじゃのう。ウガルの言うように闘人を助ける分には十分な腕があろう。わしが持ちうる薬の知識は全てフィアに与えたからの。残念ながらわしは闘人ではないから、なぜ正しい手順を踏みながらあれほど失敗してしまうのかまではわからなんだが、手間のかからぬ薬ならばお主はすでに一級品を作れる。それは、わしが保証しよう」
「……うん」
「オレはおばばからそう聞いたから、お前さんに話をしようと思ったんだ。──赤の闘人の村長として、十三歳になったフィアに試練を与える。赤の闘人の仕来たりに従い、成人の儀として、村の外で三年生き抜いてみせろ!」
村長さんの言葉に胸がどくんどくんと高鳴っていく。ぎゅっと胸元を掴んでいないと、心臓が飛んで行っちゃいそう。だって、私がその言葉を貰えるなんて、思ってもいなかったから。
「……私が成人の儀を受けても、いいの?」
「おばばとよくよく相談して、今のフィアなら生き抜けると判断した」
「けどよ村長、オレァ心配でならねぇよ。この子は見ての通り、闘人の中では小さいし、力なんて赤子も同然だ。自分の体質を受け入れて卑屈になることもなく良い子に育っちゃくれたが、こんな子が三年も旅に出て生きて戻れると思うか?」
「お父さん、失礼。赤ちゃんよりは強いはず」
ぽそりと控えめな抗議をしたら、お父さんにますます心配そうな顔をされた。
……小さじ一杯分の願望は入っているけど、自分を正しく評価した、つもり。
生まれながらに強靭な身体を持ち、一歳にもなれば岩を持ち上げるのが闘人の子供だ。成人して村を出ているお兄ちゃんやお姉ちゃんが片手で椅子を振り回せるのに対して、両手で持ち上げるのもやっとの私と比べられても困ってしまう。
「本人はこんなんだぞ? この子は非力だしよぉ、外に出ても肌がずっと真っ白いまんまだろ。おまけに闘人なのに闘争本能がまったくなくて、のんびりした気質だ。筋肉だってちっともつかなかったもんだから、腕なんて見ろ、枝だぞ枝」
「ウガルの親としての気持ちはわかるぞ。オレは村長としては試練を受けろと言わねばいかんが、フィアを心配していないわけではないんだ。普通の闘人とは違い、頑丈な身体も力も闘気も持たずに、何度も死にかけながら育った子だからな。フィアのような子は滅多に生まれないし、生まれても幼い内に命を落としてしまうのが大半だ。だからこそ、この子には生き抜いてほしい」
「わしが調べてわかったことは、どの子供も髪の色素が薄かったということだけじゃった。しかし、今のお主の身体は普通の人間と同じくらいの強度はあろう。しょっちゅう骨を折ったり、病にかかっては熱を出していたことを思えば、随分な成長じゃよ」