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五人少女シリーズ

Vの者になってストレスを発散する人の話【五人少女シリーズ】

作者: KP

シリーズ内どこから読んでも大丈夫を謳う「五人少女シリーズ」です。

キャラクターについてはシリーズ一覧からプロフィールを確認することが出来ますが端的に済ませると


衣玖 天才でいつもちょっとムスッとしている系美少女

真凛 朗らかな家庭的な美少女

留音 運動大好きの脳筋系美少女

西香 空気が読めなくて友だちがいない系美少女

あの子 至極存在すぎて描写すらほとんど出来ない天の使わせし美少女


という感じです。ノリです。


 その日の食卓も何時ものメンバーで夕飯を食べ終える。


 食べ終えてからの行動はそれぞれ自由ではあるが、だいたい決まっていると言ってもいいだろう。基本的にはリビングで適当にダラダラと過ごすものだ。


 掃除が大好きな真凛はいつもの如く、リビングにあるキッチンの水場に向かい自ら進んで食器洗いを担当する。汚れを落とすのが楽しいらしく、鼻歌交じりでシンクを泡まみれにしていた。ちなみにあの子も手伝うらしい、真凛はルンルン気分を高めている。


 留音はテレビの前でコントローラーを手に取り、最近進めているゲキムズゲーム「SEKITO」の攻略を再開した。西香はぼんやりと椅子にもたれてあくびをしながら留音の死に様を馬鹿にする準備を進めた。


「衣玖、お前もやるだろ?」


 留音は席を立って扉に近づく衣玖にそう声をかけた。衣玖はちらりと留音を見て「ん」と軽く流しながら言った。


「大丈夫、ルーが攻略して。私は今日はいいわ」


 そして退室していくその背中に留音は「そか」と視線を送ること無く送り出して数秒、コントローラーを握ったままSEKITOのタイトル画面で放置した。四、五秒ほどしたタイミング、西香は早く始めないのかなと持て余すくらいの時に留音はバッと立ち上がって留音の出ていった扉に耳を当て、音がなくなったのを確認してゆっくりと扉を開き、衣玖の部屋の方を確認する。とは言え衣玖の部屋は二階の奥で様子はわからないのだが。留音はリビングの扉を静かに閉め、SEKITOを終了させると西香が「あら?プレイしませんの?」と聴くのだが、留音はそれに答えずに時計を見上げて言った。


「今日も十九時二十五分……」


「何がですの?」


 留音は少しキッチンに近づき、真凛とあの子にも聞こえるように話した。


「最近の衣玖、ちょっと様子がおかしいと思わないか?」


「そうですか?」


 真凛が首をかしげる。特に気にしていなかったらしい。


「あぁ、最近付き合いが悪い。十九時までは遊んでるのに、二十五分には切り上げて部屋に帰っていくだろ、あたしらと遊ばないで」


 自分でもその理由がわからない、留音は考える人のポーズで筋肉脳の熱を上げている。


「確かに、そう言われてみれば最近はたしかにちょくちょく部屋に戻っていますよね」


「正直どうでもいいですわね。一人で遊びたいゲームでもあるんじゃありませんの?」


 真凛と西香はやはりそんなに気になっていないらしかった。


「いや、実は寂しがりの衣玖があたしとこれだけ遊ばないのはおかしい……これはきっと何かあるぞ」


「寂しいのは留音さんじゃありませんの?」


「しーっ、言うのは野暮ですよ西香さん」


「うるさいぞ二人。でも気になることは気になるだろ?衣玖のヤツがこんな風にあたしらに疑問をもたせること事態、あんまりないし」


「確かにそうですねぇ、衣玖さんって大抵のことは自分で解決してしまいますし……この前も異界ワームホールの発生余震を検知したとかで一人で異界獣を封じ込める兵器を作ったって言ってましたもん」


「え、そうなの?全然聞いてないけど、まぁそういうことだよ。あいつってそういう所あるじゃん?あたしらが気にかけたりする前に終わらせてる、みたいなさ。それを考えると今回はちょっと珍しくないか?」


「確かに……」


「本人に聞いたって教えてくれないだろうし。それとなく探りを入れて、困ってるんだったら助けてやろうと思うんだ」


 こうしてリビングでは留音の秘密を調査する秘密調査隊が結成されるのであった。約一名、あの子だけは複雑な面持ちで見守っているのだが。それもそのはず、あの子だけが衣玖が何をしているか知っている。


 次の日、それとなく探りを入れるハズだったにも関わらず西香が空気を読まずに直接尋ねた。


「衣玖さん衣玖さん、昨日の夜とかその前も夜な夜な何をしてらっしゃるの?留音さんが心配してますわよ?」


 ぎょっとする留音だったが、衣玖はあっさりと答えた。


「別に何もしてないわよ。友達と通話してるだけ」


「ですって留音さん、はぁ友達なんて羨ましい」


「へ、へぇ、そんな毎日のようにね……」


 留音は腑に落ちない様子で強がるように相槌を打った。そしてその日も十九時半を迎える前に衣玖が部屋に戻っていった。目で追う留音の様子を見た真凛が気遣う。


「大丈夫ですか留音さん?衣玖さんもその、留音さんの事を捨てたってわけじゃありませんから」


「べ、別に捨てられたなんて思ってねーし!でもさ、友達同士でそんなきっちり時間守るか?ネット通話だぜ?そのさ、本当は嘘付いてるんじゃないかなって思ってさ……」


「つまり、衣玖さんに友達が出来たわけではないと?」


 友達がどうやっても作れない西香が目を輝かせながら言った。


「い、いやそうじゃなくて……ほら、あたしは衣玖と長い付き合いだからなんとなくはぐらかしてるとわかるんだよ。それで、多分話してるのは本当だと思うけど……その……」


「なんですか?留音さん、はっきり言ってくださいよ」


「だからさ、もしかして衣玖に……恋人ができたんじゃないかって……」


「恋っ……ぶひゃー!それはないですわよ!!あっひゃっひゃ!!もう留音さんたら何を言い出すのかしら!あひー!絶対ありえないですって!ぶっひゃあぁあ!」


「ぷぷぷ、西香さん笑いすぎっ……ぷっぷ、でも留音さん、その想像は流石に突拍子もなさすぎでぷぷぷ」


「わかる、わかるぞお前らが笑うの。あんなちんちくりんで出不精で出会いなんて欠片もないあたしらでも……でもなぁ……っ、わかんねーだろ実際!思い返してみろ!衣玖が頻繁に出かけてた時期あったろ!?その時にどっかのロリコンが声かけて衣玖もなびいちゃったなんて可能性もゼロじゃないぞ!?」


 ちなみに衣玖は少し前まで電気街へよく出向いていた。電子機器を買ったりパーツを仕入れたりで昔からそれなりに利用していたが、ほんの一時期だけそれがかなり頻繁になったことがある。そしてその波が引いたかと思うと、今度は十九時半に部屋にこもっている、という日が激増しだしたのだ。


「……もしかし緊急事態ですか?」


「可能性はゼロじゃない」


「うっ、オェっ。何故か急に嗚咽がこみ上げてきましたわ……」


「だから……やっぱりちゃんと調査しなきゃ駄目だと思うんだ」


 そうして三人は直ちに調査を決行する。あの子は三人を止めようとするが「大人の汚い世界が広がっているかも知れないから」と有無を言わさず真凛に保護されてしまった。衣玖が部屋に戻ってから十数分。話し始めているならちょうど盛り上がっている頃かもしれない。衣玖の部屋の前には留音と西香が忍び足で立っていた。


「(いいか西香、物音は絶対立てるなよ)」


「わかっぶ」


 普通に喋ろうとした西香の口が塞がれる。どうやら部屋の中の衣玖には聞こえていないらしい、中からはモゴモゴという音になってはいるが喋り続けているのが聞こえる。そこに留音がそっと耳を当てた。


『やっ……あぁん!やだぁっ!あんっ、そこっ』


 篭っているとは言え聞こえてくるのは中から衣玖の声だ。しかも普段の衣玖からでは考えられないほどいかがわしい嬌声だった。


「(やべぇやべぇやべぇ!)」


「(一体何なんですの?今一瞬目ん玉飛び出そうになってましたわよ)」


「(聞いてみろ!いや聞くな!でも聞けばわかるから!)」


 二人はヒソヒソ声でそうやり取りをすると、西香は渋々留音と同じ様に扉に耳を立てた。そして聞こえてくるのは……。


『ハァハァ!ハァハァっ、ハッハッ、ハッ……や!あぁぁん!!だめっ!あぁぁっ……もう……』


 過呼吸からの息切れ気味の短く浅い呼吸、そして再び喘ぎ声のような艶めかしい声が二人の耳に届いた。


「(……なるほどっ?)」


 西香ですら目をまんまるにしている。


「(一旦……一旦作戦会議!!)」


 留音達は物音無くリビングに戻り、留音は水をがぶ飲みし、西香は嗚咽を我慢せずに吐き散らした後に合流した。


「やっぱり多分……男ができたんだと思う。でなきゃあんな……」


「気ン持ち悪ィーー声出しませんわよ!!オエッ!トラウマになりそうですわ!」


 留音と西香の説明に真凛が反応し、あの子の耳を両手で塞いで聞く。


「それはこの子にも聞かせて大丈夫な話ですか?セーフティブロック?」


 真凛の言葉に留音は断固とした声で言う。


「完全ブロックだ。西香、真凛には私から説明しておく。その子をどこか安全な場所に。衣玖には当分近づけるな」


「わかりましたわ……さぁこちらへどうぞ、わたくしが守ってあげますからね……」


 こうして西香はあの子を別の部屋に連れていくのを見送ってから留音がぼつぼつと真凛に口調を重く説明を始めた。


「実はな、衣玖が……」


 その説明に絶句する真凛。


「どうしたら良いと思う?真凛……あたしらは見守ってればいいんだろうか……」


「助け出しましょう!!そんな風にネット通話を強いるような変態から衣玖さんを救い出さなきゃですよ!」


「そうだな……!よし!行くぞ真凛!今すぐ乗り込んで衣玖の目を覚まさせてやろう!!」



「さて……ん゛ん゛……あーあー。よしよし」


 衣玖は晩御飯を食べ、ある準備を整えるとPCの前に座り気合を入れるために頬を軽く叩いた。PCは既に起動してあり、普通のユーザーでは見慣れないようなソフトと、多数のユーザーが利用する動画投稿サイト”New Tube”が開かれている。


「枠はおっけ……ソフトもおっけぇと……」


 衣玖は得意にキーボードとマウスを操作して画面に可愛い女の子のキャラクターを表示させている。そのキャラクターは衣玖の動きに合わせて表情豊かに身動きをしている。すると衣玖は接続されたマイクに向かって。


「やっほっほ~!ハクアだよ~!」


 やたらとあざとい声でそんな事を言いだしたのだ。配信サイトにて映し出されるハクアというキャラクターの脇にあるコメント表示画面にはたくさんの「やっほっほ~」というコメントが届けられている。


 これはつまり、Vの者。即ちバーチャルニューチューバーというものである。


「それじゃあねぇ、今日はぁ、前からやろうと思ってた壺の人のゲーム、やってくよ~っ。あ、うん初見なんだ~、がんばるぞ~い」


 同時視聴者数は二百人弱。


「あっ……難しいよね~これ、ユッコちゃんとかねぇ、みんくちゃんの動画で見てはいたんだけど。あんっ、そこっ、ふぁっ……」


 そのゲームは壺に上半身が埋まった男がやたら脚力だけで登山をするというシュールな世界観と、その操作の難しさがネタになり、多くのVの者が登竜門的にプレイするタイトルになっていた。衣玖が嬌声を上げる度にコメント欄には「エッッッッ」だとか「あえぐな」というコメントが楽しそうにポンポンと表示されていく。


 そうして配信が三十分を経過した頃、衣玖の部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ぎゃあ!?何!?」


 留音はその瞬足でパソコンの前のマイクに近づき、大声で言った。


「おいてめぇ!うちの衣玖に何てことやらせてやがる!」


「衣玖さん!一緒に約束したじゃないですか!この世界に男の影は一切ちらつかせないって!」


 マイクの向こうにもバッチリ届くほどの声量で留音と真凛は叫び倒した。驚いた衣玖はマイクに向かって「一旦たんま!」と声をかけマイクのミュートボタンを押下した。と思いこんでいるが実際には全ての音をクリアに拾ってネットの向こうのユーザーたちに全てを提供している。


「なんなの二人共?!突然入ってくるなんてマナー違反じゃない!」


 地声で目をばちっと開きながら講義する衣玖。


「そりゃあお前だよ!なんなんだあのドスケベな声は!あたしたちはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」


 『ハクアちゃん放送事故?』『誰?』『姉フラ?』『やべぇぞw』……そんなコメントがマシンガンの如くコメント欄に流れまくっているのだが、留音たちの方を向いて離す衣玖にはそれが見えていない。


「育てられた覚えはありませんー!私が何をしようと私の勝手でしょ!?良いじゃないすごく気持ちよくてストレス解消になるの!」


「お前っ……」


 留音が顔を赤らめている。真凛の方はややわかっていない。えっちな事を言うってストレス解消なの?と言った具合であるのだが、留音の方は赤い顔のまま努めて冷静を装って諭すように言った。


「いや、そりゃな?うん……わからないでもないよ?でもさ、そういうプレイはちょっとマニアックすぎると思うし」


 衣玖がオープンにアレな話をするなんて……、という戸惑い受けながらなんとか諭そうとする留音だが完全に勘違いをしている。


「衣玖さん、この家にはあの子もいるんですよ……?あんまりえっちなのは良くないと思うんです」


「は?!えっちな事?!」


 まるで心外なという素っ頓狂な声で抗議する衣玖。一方でコメントは『いっぱいいっぱいのハクアちゃんきゃわわ』『地声全然違うじゃねーか』など、どこかの掲示板で放送事故が話題になっているのかじわじわと視聴者数が増えてきている。


「いや、さっきちょっと聞こえたからさ、その……お前のそういう声がさ……だからその、彼氏とそういう」


「ばっ!!そんなのいないわよ!まぁ確かにちょっと大きな声は出したかも知れないけど!」


「じゃあ何をしてたんですか?」


「それはなんでもいいじゃない!私が私の部屋で何をしようと私の勝手なんですけど!?」


 『草』『朗報 ハクアちゃん彼氏いない』『お姉さん勘違い草』なんてコメントが流れている。


「衣玖、それはないよ、あたしら家族だろ?そのさ、もしも彼氏がいるってんならあたしもおめでとうって思うよ?でもさ、ネットでそういうのやるってのはちょっと違うんじゃないかなって……なぁ真凛?」


「えっ?そういうのってなんですか?」


 あー、と狼狽える留音。


「ルー、何を考えてるのかわからないけどね。私はやりたいことやってるの。二人とももう出てってよ!」


 衣玖はそんなやましいことはしていないという気持ちで二人を部屋から押し出そうとするのだが、小さな衣玖では留音を半歩下がらせるだけしかできない。


「わかったよ、でも相手とちょっとだけ話させろよ、大丈夫、別れろみたいな事は言わないからさ」


 留音は衣玖の手をヒョイとどけるとパソコンに向かって歩き出すのを、衣玖はガバっと抱きついてでも止めようとした。


「相手なんていないわよ!」


「でも衣玖さん、わたしも気になりますよぅ、どんな方なんですかぁ?」


「知らないわよ!何人もいるんだから!」


 その言葉に留音は彼氏説を引っ込め、もっとビジネス的な方向を頭によぎらせた。つまりビデオチャット配信的なアレである。何故留音がそういう事を知っているのかといえばそれはもうそういう広告のあるサイトをたまに訪れているためである。


「な、何人も!?お前まさかっ……ダメダメ!はいパソコン終了!電源落とせ!」


 くっつく衣玖を引きずってでもパソコンに向かう留音。


「やめろー!私が何をしたっていうのぉ!!!」


「見損なったぞ衣玖!そんなに卑猥な事をしていたなんて!」


 ちなみにコメント欄では『お姉さんの思考が卑猥で草』なんてコメントも流れていた。


「何を想像しているのこの脳筋バカは?!私がしているのはただのゲーム実況よ!」


 それを聞いて留音はピタリと動きを止めた。


「……は?ゲーム実況?」


「……そうよ」


「でもさっき漏れてた声は明らかにそんな声じゃなかったんだが」


「ひ、人がどんな声だそうと勝手じゃない……っ」


 自覚はあったのか衣玖の顔も少し赤らんでいく。


「でも衣玖さんって実況出来るんですか?」


「そうだよ、お前って一人でゲームする時完全に無言になるタイプじゃん」


「ですです、衣玖さんって盛り上がったら『おんどりゃあああ』とか『ヴォラあああ』とか言ってますけど」


「あぁーそうだ、そう、あたしが聞いた声ってそういうのと全く違うテイストじゃん。一度は老若男女向けに売っていこうと思ってたあたしらとしてはさ、やっぱりえっちぃってのはあんまり良くないと思うんだよな」


「じゃあ何よ……引退しろって言いたいわけ?」


「だって怖いだろ?ネットには色んな人がいるんだぞ。部屋の僅かな情報からとかでも特定される可能性だってあるんだぞ。ゲーム実況とは言ってもお前のそういう声で変な事をするヤツだっているかもしれないし、お前みたいな世界の科学技術を牛耳るようなヤツがそういう事をしてるって知られたら学会とかで何があるかわからないじゃないか。あたしすげー真面目な事言ってるよなぁ?」


「はい、読者さんはもうとっくにブラウザバックで離れてるんじゃないかってくらいつまんない事言ってると思います」


「はぁ……わかった。白状する。実は最近、Vの者になったの。だから身バレの心配なんてよっぽど馬鹿な事しなきゃ無いのよ。私がそんな事をするわけないし」


 衣玖は正直に項垂れるように言った。


「Vの者?お前が少し前にハマってたアニメキャラみたいな実況者か?」


「そうよ……自作して……そしたら少しウケて来たから楽しくなっちゃって……」


「そうだったんですね……でもどうして秘密にするんですか?教えてくださればわたしたちもフォローしますよ?」


「それにえっちな声出す必要性もなくないか?」


「いや……秘密でやりたかったのよ。センシティブな面もその、私のキャラってすごく可愛い子だから……まぁ、可愛い子になりたくて始めたんだけど……」


「どういう事だよ?」


 衣玖はPCが前の椅子に腰掛けた。この間にもコメントが爆流れしているのだが気づく気配は無い。


「考えてみてよ。私のIQは三兆……誰からも敬遠されるし、理性と知性を兼ね備えた私は対外的に”KAWAII”を出すことができなかった」


「理性と知性?お前メタルのライブでガンガンヘドバンしてんだろ?この前なんてゾンビメイクだとか言って……」


「黙って。……でもVの者は違う。可愛いキャラクターの皮をかぶって、別の自分になることが出来る。……私だって他の人から可愛いと言われる要素を持っているはずだって確認したくて……最初はそんな気持ちで実況を始めた」


 だが最初はひどいものだった。そのキャラクターは現在のハクアではなく、淡々と独り言を言いながらゲーム攻略をするだけの大した可愛げの無いキャラクターだった。


「そんな中、想定外のギミックに不意打ちを受けた私の感情の篭った声……それに対して初めて可愛いってコメントが付いた。とても嬉しかったわ。私でも可愛くなれるんだって……それでキャラクターを新たに私はVになってそういう声を出そうと……センシティブでもいいの!だって気持ちいんだもん!大声出せて可愛いって言われるなんてそれはもう承認欲求の根本的な所をくすぐってくる快感なのよ!私だって可愛いって言われたい!」


 衣玖の魂の叫びは世界中に放送されている。そんな中につくコメントはこういうものだ『ハクアちゃんは可愛いぞー!』『転生前のV特定しました』『割としょうもない理由で草も生えない』。


「い、衣玖……そんなに抱え込んでいたんだな……わかった、あたしもとやかく言わない。存分にVの者になるといいよ、応援する」


 留音はすっかり肩を落とした衣玖の頭をぽんぽんと撫でて優しい声でそう言った。


「そうですね……人の趣味はそれぞれですし、衣玖さんがシリーズ的にタブーな男って存在とくっついたわけじゃないことにわたしも安心しましたし……」


 真凛の方も衣玖が男と絡んでいた場合世界を破壊してなかった事にする気持ちで世界破壊砲の備えもあったのだが、それを使わずに済んでホッとしたように言った。


「二人共……ありがとう。あとは西香にも説明しておかないとね」


「あとあの子にも教えておかないと。あの子が衣玖さんのセンシティブな声を聞いてびっくりしないように」


「いや、あの子にはもう伝えてるの……最初の登録者はあの子にしたくて……」


 だから最初からあの子はこの事件の真相を知っていたのだ。そして裏では既にあの子が西香にそれを打ち明けている。


「そっか……」


「うん。じゃあ……私は配信続けるわ。二人共心配かけたわね」


「わかったよ。それじゃ……」


 そうして留音と真凛が部屋を出ようとした時、半笑いの西香があの子を連れて衣玖の部屋に入ってきた。


「ぷはははは、衣玖さん、配信切れてないですわよ、ぷくくくく」


 西香はあの子と二人になった時に教えられた衣玖のライバーページを開き、西香は面白がって現在ライブ中だったためそれを再生している上に止めにも来ないで面白がっていた。あの子は伝えようとしていたが西香が優しく静止して動けないでいたようだ。


 ちなみにコメントでは『ルー衣玖てぇてぇ』『まりんちゃんって子の声可愛い』『ハクアちゃんの真名→いくたそ』『草しか生えない』『地声じゃなかったとか切るわ』その事をPCで確認した衣玖はIQ三億万を誇るその知性を持って今度こそ配信終了ボタンをそっと押すと、極めて理性的に呟いた。


「引退するわ」


 しばらく切り抜きがネットに放出されそれなりに再生回数は増えたが、それからの衣玖はVの者エンジョイ勢として静かに配信を見るのみとなった。

最近Vの者に時間をとられすぎてまずいです。可愛すぎて好きすぎて

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