村に来る歩荷さん、強すぎない?
歩荷とは、うずたかく荷物を背負って運ぶ人のことだ。
これは、歩荷になりたくなかったのになってしまった新人歩荷が体験した、彼の先輩が無双する話である。
第一章 歩荷になる
私は山上 和人と言うもうすぐ15歳になる農家の三男坊だ。
私の住んでいる村は、山の中の盆地にある平村というところだ。土地が肥沃であり、農耕をするにはうってつけだったため、人口も千人近くいる。他の村民もそうであるが、春から秋にかけては田畑を耕し、冬は春先に町で売るための笠や草履、笹籠などを編んで暮らしていた。
山奥の村であるから基本は自給自足ではあるが、村で作れないものを仕入れて売る商店も2件ほどあった。しかし、山道が細すぎるせいで馬車が入り込めず、自然と行商人などは滅多に来ない。では、これらの商店はどうやって仕入れをしているかというと、まずは不足している商品の書付を別の町に住む商店の親戚などに送って買って届けてもらっている。この運搬をしている人が歩荷さんという訳だ。
村に来る歩荷は例外もあるが、だいたい二つの組織に所属していた。一つは遠くの町が運営している山並運送、もう一つは国が運営する国家運輸局である。私が入るのは山並運送なのだが、よそ者が来るとアレルギー反応を起こす村が多いため、トラブルを少なくするために、配達先の村人を何人か雇うようにしているとのことだった。
この村では、長男以外は15歳の成人になったときに独立するのが習わしなのであるが、一番上の一兄にまだ嫁がいたいため、すぐに出て行く必要はない。兄様は町からかわいい子を嫁にもらいたいようで、縁談がまとまらないと親が愚痴をこぼしていたが、実のところ、二番目の次兄が就職できないのでわざとまとまらないようにしているらしい。
私はと言うと、歩荷見習いになっていた近所の川辺の四郎兄が角兎に襲われて足を滑らせ谷に落ち亡くなったため、その後釜として職にありつくことができた。この話が転がり込んできたとき、私は危険な仕事なのでやりたくないと言ったのだが、親が実家の手伝いを未だにしている次男のようにはなって欲しくないという事で、気がついたときには話がまとまっていたのだった。私は、一度まとまった話を覆すと村では生きていけなくなるので、しぶしぶ承諾をしたという経緯がある。
第ニ章 歩荷を始める
「はじめまして。新入社員の山上 和人と言います。平村出身です。いつも山のように荷物を背負って村を巡る歩荷さんは大変な仕事だと思いますが、精一杯努めていきますので、よろしくお願いします。」
私は入社して最初の挨拶をした。
「他にいないんだから分かっているよ。それよりもまずは朝来たらまず掃除しろ。」
同じ村出身の後藤 博次が言った。やはり農家の次男で、彼もしぶしぶ歩荷になったそうだが、既に10年勤めているおそらく20代後半のベテランだ。
それを見て頷いているがっしりとした貫禄の男がいる。田中 厳吉だ。年の頃は40前だろうか。彼は元ポーターで、昔は有名パーティーの荷物運びもしていたのだそうだが、あまりにハクがつきすぎたため、逆に仕事が貰えなくなり、やむなく歩荷に転職したのだそうだ。どういったパーティーだったのかは、この時は教えてもらえなかった。
第三章 初めての歩荷
今日は始めて歩荷の仕事をやる日だ。
私は町の出荷所で持っていく箱を確認していた。これを全部持っていくのか。縦に積むと4mになるであろう荷物が私をげんなりさせた。
「山上、今日は俺と行くぞ。」
田中先輩が言った。この会社では、歩荷の仕事は二人一組で行い、残りの一人は事務仕事をするか、休日となる。たまに荷物の量が多くて3人で運んだり他の村の便に支援に行くこともあるそうだが、大きな家で冠婚葬祭があったり、新しい店が出きる時くらいなので、休日が無くなるのは年に数回程度なのだそうだ。
「今日は荷物が少ないから、新人にはちょうどいいだろう。」
田中先輩は私に背負子が台に乗った状態で、1mになろうかという荷物を積み上げ、私に背負わせた。後藤先輩が
「まずは姿勢が大事だ。猫背になると潰れるからな。」
と助言してくれた。すると田中先輩が、
「そういうのは俺が指示するから、お前は書類を作っていろ。」
と言って厳しい顔をした。今日の後藤先輩は書類の整理が仕事だ。読み書きができれば1時間もかからない簡単な週報を作るだけの仕事なのだが、未だに文字を書くのに不自由する先輩にとっては、半日がかりの仕事なのだそうだ。私はひらがなが読める程度なので、更に苦労することになりそうだ。
「立ってみろ。」
田中先輩が言った。私は立ち上がろうとするが、前かがみとなり倒れそうになった。先輩に支えられて何とかこらえ、立ち上がったが、田中先輩から怒られた。
「こけてみろ。中身が壊れていたら給金が無くなるからな。」
山上は顔が青くなる。この会社で積み荷が壊れたら弁償。これはきつい。給金を貰うために働いているのに、高額商品の場合はタダ働きが続くかもしれないと思うと、足が震えだした。後藤先輩はしばらく私の様子を見ていたが、自分が新人のころがどうだったかに思い至ったらしく、
「今日の中身は割れ物はないし、山上の一月分の給金にもならないはずだから気をつけていれば大丈夫だ。」
と笑いながらフォローを入れてくれた。おかげで私の足の震えが止まったが、田中先輩は面白くなかったらしく、後藤先輩に
「何、種明かししてるんだよ。」
としかめっ面をしながら怒っていた。私は後藤先輩に田中先輩から怒られたことへのお詫びと助言してくれたお礼を言った。
第四章 山道
町を出発して山に入ると、春先の清々しい緑に360度囲まれた。そこに、1本の獣道よりはましな程度の山道が続いている。今は大きな岩を避けつつ歩きやすい場所を教えてもらいながらその道を歩いている。もうしばらく歩くと、谷に沿った道になった。この道は20cmほどの幅しかない。少し前に四郎兄が落ちて亡くなったのも、この谷の道だ。
「ここから先は狭いから気をつけろよ」
田中先輩が注意喚起する。なので私は
「ここで四郎兄が亡くなっているんだ。嫌でも注意しますよ。」
と返した。すると田中先輩が
「言うまでもなかったか。だが、最近、飛竜を見かけたという報告もあったので、もし背負子をやられたときはすぐに手を離せよ。」
と言ってきた。どうも、2日前に隣村でこのような連絡があったらしい。自分は隣村の話と聞いて無意識に関係ないと右から左に聞き流してしまったらしく記憶になかったが、田中先輩はさすがベテランらしく、しっかり聞いていたそうだ。こういう事の積み重ねが経験の差になるのだろうなと思った。
急に田中先輩が止まった。
「角兎か。」
私にはまったく分からないが、どうも角兎が走ってきているらしい。
「3匹か。何かに追われているのか。」
田中先輩は私にジッとするように小声で指示をだした。
1分くらい経ったころ、3匹の角兎が自分たちには目もくれず前を横切って行った。私はこれで助かったと思いほっとしたのだが、田中先輩はゆっくりと荷物を下ろし始めた。私は最初、休憩かと思い、私もと荷物を下ろしたのだが、先輩はさらにゆっくりと短剣を抜いた。先輩の視線から後ろに何かいるのだと感じた。
第五章 ポーター時代の因縁
「黒竜か...」
田中先輩は静かにつぶやいた。
<<ここにいたか、少年。>>
私は自分に言われたと思い、びくりとして振り返ったのだが、30mほどのすぐそこに巨大な竜がいた。田中先輩が、
「もう俺もいいおっさんだ。」
と返した。私はなぜ田中先輩がそのような返しをしたのかわからないまま、ただただ初めて見る大きな竜を見て圧倒され、谷の岩肌にしりもちをつきながらしがみついて泣きそうになっていた。
<<もうあれから20年、なるほど、人間なら歳もとるか。>>
「俺も昔はポーターだったので雇い主を巻き込まないように逃げに徹したが、今はそのしがらみが無い。それどころか今は後輩君を守る義務もあるので少し抵抗させてもらうぞ。」
<<我も舐められたものじゃ、、、と言いたい所じゃが、我の卵を持ち帰ったやつらの殿として我を阻みおったのもお主じゃったな。じゃが、今回はきっちり死んでもらうぞ。我は今、その時の恨みを晴らすために一人一人探し出して八つ裂きにしておる。もう後は荷物持ちをしていた連中ばかり、悲願達成ももうすぐと言った所じゃ。>>
どうやら田中先輩は、昔、黒竜の卵を持ち帰ったパーティーのポーターをしたことがあるようだ。そう言えば、最近王都で黒竜がブレスを吐き、大きな被害が出たというニュースがあったのを思い出したが、あれがそうだったのだろうか。私は思い切って黒竜に尋ねてみた。
「王都でブレスを吐いた黒竜がいると聞いたのですが、貴方様でしょうか。」
<<人間の王都なぞ知らぬが大きな町で盗人を二人見つけたので、まとめて焼き払ったぞぃ。こやつはここで殺すので、事の顛末を他の人間に伝えるがよい。>>
要するに、黒竜は盗人に罰を与えただけで、道理も無く暴れたわけではないことを伝えてほしいようだ。
「俺は当時雇われただけなので見逃してほしい所だが、だめか。」
田中先輩が黒竜に頼んだ。
<<ダメに決まっておろう。うぬがおらねば卵は取り返したし、そもそも盗られはせなんだ。>>
「やっぱりか。」
おそらくダメ元でも聞くだけ聞いてみたのだろう。
第六章 黒竜戦
<<では、いくぞ。>>
黒竜は大きく行きを吸い始めた。
「ブレスか。」
田中先輩は次にくる攻撃を予想し呪文を口にした。
「闇ヨリ暗キ所に眠ル第三ノ魔王ヨ、天使ノ権威タル象徴ガ一ツノ羽ヲ持ッテ対価トシ、目前ノ者ノミヲ焼キ滅ボサン。」
詠唱の途中、黒竜のブレスが吐かれた。少し遅れて
「闇炎。」
田中先輩の詠唱も終わり、魔法を発動させた。黒い炎が黒竜のブレスを止めるどころかすっと飲み込んでいくのを見た。空気が全く震えない、静かな魔法だった。おとぎ話ですら、竜の炎に打ち勝つ炎が出てくる話など無い。にも拘わらず、黒炎が通った所は何も残っていなかった。黒炎の中に入らなかった黒竜の手足や尻尾の一部だけは谷に残されており、確かにそこに黒竜がいたことを物語っている。
「助かったのでしょうか。」
私は半信半疑で田中先輩に尋ねた。すると、田中先輩はその質問には答えず、
「何も見なかったという事でいいな。」
と言ってきた。私は黙って頷いた。
第七章 その後
あれから、平村までの道中、会話が無いと暗くなるし特に共通の話題も無いので、私は田中先輩にいろいろな事を聞いた。
「どうして黒竜を飛竜なんかと間違えたのでしょうか。」
すると、田中先輩は
「黒竜が雲の無い日に高いところを飛ぶと、スケールが分からないので、色が似ている飛竜と間違えられる事があるそうだ」
と教えてくれた。私は命に関わるのでこういう間違いは止めてほしいと文句を言ったが、田中先輩は、黒竜なんて希少種と会うことはそうは無いから問題ないとやんわり笑われた。他にも、ポーターの仕事について聞いてみた。すると、田中先輩は
「ポーターは朝一番に起きて朝食の支度をし、依頼主が出発する前に火の始末、テントの撤去、移動時は邪魔にならないように気配を消し、採取対象を見つければ冒険者に教える。夜も野営場所を指示されれば先に行って設営をし、晩ご飯の準備を行う。冒険者がいないときに襲われたら大変なので、そういう場合に備えて最低限の攻撃力が必要になる。もし使えるなら、防御魔法や攻撃魔法を使って魔物を追い払うこともある。冒険が進めば進むほど素材などで荷物も増える。給金はそんなに高いわけでもない。ひょっとしたら冒険者よりも重労働だったかもしれないな。」
と言っていた。ポーター、ブラックな労働環境だなと感じた。
こんなことを話しているうちに平村に着き、無事に荷物を届けることができた。
初めての歩荷はこうして幕を閉じた、と締めくくりたい所だったが、翌日、全身筋肉痛で休んでしまった。後藤先輩からは、
「これから量も増えるし、体が出来るまでは毎日こんな感じだから少なくとも半年は筋肉痛に耐えろよ。」
とニヤニヤしながら言われてしまった。私の歩荷としての人生はまだ始まったばかりと言うのにこれから続けられるのか不安ばかりが残るのだった。
19/5/21 後藤先輩と田中先輩の年の頃合いを書き忘れていたので追記しました。