7.冷血王子様の素顔
次の日。
「おはよう」
「ミャ!?(ぎゃ!?)」
私は慌てて飛び起きてしまった。
ドアップのイケメン王子……もといエヴァン王子の緑色の瞳が私を覗き込んではにかんでいたのである。
「すまない、苦しかっただろう?」
「にゃ?(え?)」
見れば、あの後も抱き抱えられたまま、眠ってしまっていたらしい。
(……良かった、朝までにはちゃんと元の姿に戻るのね)
私はホッと息をつくと、王子は苦笑まじりに言った。
「夢の中にまでリリアンが出てくるなんて……ははっ、俺もどうかしているな」
「っ」
そう言って、「お前には関係ない話なのに巻き込んですまないな」とポンと軽く私の頭を撫で、ベッドから起き上がるエヴァン王子。
(……私は、ここにいるよ)
私は心なしか寂しそうな背中に、そう心の中で言ってみたのだった。
☆
「さて、今日はお前を巻き込んでしまったお詫びに少し散歩でもしようか」
「にゃ?(え?)」
何のことだろうか?
私が首を傾げると、王子は「本当に、まるで人間みたいだな」なんて言って笑い、私を抱き上げる。
「昨夜、苦しくて眠れなかっただろう?
夢を見ていて無意識に、お前をきつく抱きしめていたからな」
(……あぁ! 昨夜って、リリアン……元の人間の姿になった時に抱きしめられたアレか)
私はそれを思い出してカッと恥ずかしくなる。
(……そういえば私、そのまま寝ちゃって……何だか、落ち着いてしまったんだわ)
私はそっと王子の顔を下から窺い見る。
「ん?」
王子はそう言って微笑んで見せ、私は危うく「きゃー」と悲鳴をあげそうになったのを慌ててこらえ、目を逸らした。
(……猫の姿で、よかった)
お陰で赤い顔を見られずに済む。
今だけはそう、心から思えたのだった。
散歩コースは、城内だった。
今日は忙しくないのかな。
ちらり、と隣を歩く王子を見れば、白銀の髪が風に舞ってキラキラと輝く。
(……う、太陽より王子が眩しい)
私はつつっと視線を逸らし前を見ると、逆に王子が声をかけてきて笑った。
「それにしても、お前は本当に大人しいな。
三毛猫……というのは、頭が良いんだろうな」
(……王子、すみません。 それは私が人間で、貴方の言葉が分かるからです)
そう心の中で返答しつつ、私は「にゃー」と一言鳴いてみせた。
……それにしても、本当に王城は広い。
今歩いているのはお庭なんだけど、所々にきれいに手入れされたお花が咲いていたり、さっきは噴水まであった。 (噴水を見て、少しだけ猫の生態……なのか、うずうずしてしまったのを懸命にこらえた)
そして今は、高い塔の上にいる。
「ここからは危ないから、あんまり身を乗り出さない方が良いぞ」
そう言って私を抱き抱え、「ほら、見えるか?」と微笑みながら言う。
私はその王子の視線の先を辿れば……。
「……ニャ〜!(……わぁ〜!)」
「どうだ?」
私はその綺麗な景色に見惚れる。
小高くなった丘に位置するこのお城の高い塔から見える景色はとても綺麗で。
何処までも青い空の下には、お家の色々な色の屋根が点々としていて、少し遠くを見れば海まで見える。
風も気持ちよく吹いて、王子の白銀の髪もさらさらと視界で揺れる。
「にゃー(綺麗)」
私がそう言えば、王子は嬉しそうに言った。
「お前も気に入ったか? ……ここは、俺のお気に入りの場所なんだ。 綺麗だろう?」
王子の言葉に私は小さく頷いてみせる。
王子はその反応に「本当に人間みたいだ」と呟きながら笑って言った。
「お前を、ここに連れて来たかったんだ。 ……最近、お前……いや、リリーが来てから、安心して眠れるようになった。 ……いつも一人だったから、こうして一緒にいられるのはとても心地良いな」
有難う、そう言って笑うエヴァン王子。
(私がこの姿でいることで、エヴァン王子のお役に立てているとは思わなかったな)
と、内心嬉しくなって、私も「ニャー(有難うございます)」と返してみる。
そうして二人で、暫く塔から見える絶景を眺めていたのだった。
☆
塔から出て暫くまた散歩をしていたら、ジーンさんが凄い勢いで走って来た。
その姿を見た王子は「チッ、もうバレたか」と小さく呟いた。
(? バレたって?)
私はその言葉に首を傾げていると、ジーンさんがエヴァン王子の目の前に立って怖い顔で言った。
「全く! 貴方は何処にいらっしゃったのです!?
探したんですよ!! いくらリリー様が可愛いからと、仕事を放り投げて何をなさっているのですか!!」
「たまには良いだろう。 ……あの女の尻拭いを毎日やらされているこっちの身にもなれ」
(あの女?)
それに、尻拭いって?
私は驚いていると、王子は「ではせめて、この子を送り届けてからだ」と私を抱き抱えて言った。
ジーンさんは苦々しい顔をしたまま頷いた。
そうして颯爽と私を連れて、エヴァン王子は歩き出す。
「……すまないな。 もう少し一緒に居られればと思っていたが、バレてしまったらしい」
(……あーなるほど、仕事が本当はあったのに、私と散歩をするためにわざわざ抜け出して来てくれたのか)
私は「にゃー(有難うございます)」と返したが、王子はもう一度「すまない」と言いながら、足早に歩く。
そうして廊下の曲がり角を曲がろうとした瞬間、王子の足が止まる。
(? どうしたんだろう)
そう思っていたら、何やら話し声が聞こえた。
「なぁなぁ、次の王様ってどっちがふさわしいだろうな?」
「断然、第二王子のメイナード様だろう」
(……王位継承権の話だ)
私はその二人の会話に聞き耳をたてる。
「だよなぁ。 第一王子のエヴァン王子では、荷が重すぎる」
「あの人、冷血王子で一匹狼なところあるからなぁ。 俺、前に会ったことあるけど、あの人不感症なんじゃないかって思うほど、ゴミを見るような目で俺を見て来たよ」
「うわ、まじかよ」
(……不感症!? 何てことを言ってるの!!
エヴァン王子は、そんな人じゃないわ!!)
私が毛を逆立てて怒ったのを感じ取ったのか、エヴァン王子は「……本当にすまないな」と私の頭を撫でて申し訳なさそうに言う。
(どうして? どうして、貴方が謝るの?)
私は下から顔を覗こうとしたが、エヴァン王子は何事もなかったかのように……いや、少し厳しい表情をして曲がり角から出て、その人たちの元に歩み寄る。
それを見た兵士達が「ひっ」と声を上げた。
「……そんなくだらん話をしていないで仕事をしろ」
「「は、はい!!」」
エヴァン王子が短くそう言えば、兵士達は慌てたように何処かへ行ってしまう。
「にゃ……っ(エヴァン王子……っ)」
私はエヴァン王子の顔を今度こそ見て、驚く。
その瞳はまるで、行き場を失った少年のように揺れていた。
その瞳が私を捉え、力なく笑うと、「本当にすまない」と言って、ゆっくりと歩き始めたのだった。
(……どうして……どうして、貴方は、そんなに寂しいそうな顔をするの……?)