6.ハプニング
「え!? この人間の姿って魔法の副作用なんですか!?」
「えぇ、そのようなものよ。 一応、人間であるのを猫にするのは無理矢理すぎるのもあって、体が勝手に人間に戻ってしまうのよ」
この姿になった理由を問えば、魔法の副作用と返され、私は深いため息をつく。 そんな私を見たオフィーリア様は、「あぁ、でも」と慌てたように言う。
「週に二回の夜限定だから、すぐに体も元に戻ると思うわ」
「でもそれもまた、いつ変わるか分からないってことですよね!? ……これじゃあ、王子にバレてしまいますよ」
「え? ……貴方まさか、王子と寝てるの?」
オフィーリア様の声に私はしまった、と思いつつ小さく頷いて見せれば、「きゃー!」とオフィーリア様は高い声で叫んだ。
「しーっ!」
「やるじゃない! その調子よ!」
何がその調子なんだか。
私が呆れて物も言えないでいると、オフィーリア様は「でもそうね」と言葉を続ける。
「魔法を完全に解呪する方法は“両思いのキス”か“一ヶ月待つ”というのもあったでしょう? でもその前にもし、貴女の正体がバレて直接名前を呼ばれてしまったら……貴女は“仮死状態”に陥ってしまうのよ」
「〜〜〜! だからどうしてそんな魔法をかけたんですか!!」
私の言葉に、「あら、これが発動条件なんですもの」とカラカラと笑う。
(……こんなのが発動条件の魔法って一体……)
「魔法にはそれなりの代償は付き物なの。
だから、しょうがない♪」
「しょうがなくなんかありません!」
……本当、すぐなんでも面白がって悪戯するんだから。
「本当だったら、感謝して欲しいくらいよ。 貴方達の恋を応援しているんだから」
「恋なんてしません! まず頼んでませんし!!」
私がそう言えば、またカラカラと笑いながら「どうかしらね〜?」と言って箒を出す。
「まあとりあえず、貴女はお部屋に上がりなさいな。 ……エヴァン王子とごゆっくり♪」
「っ、は、はぁ!?」
言いたいことだけ言ってサッと箒に飛び乗って、グングンと加速させて行ってしまう悪戯魔女様。
……本当あの人、昔から何一つ変わってないんだから。
オフィーリア様に初めて出会ったのは、7歳の時だった。
男の子達に虐められて逃げていたら、気が付けば森の奥深くに入っていて。
帰り道が分からなくなって一人で泣いているところに、オフィーリア様が現れた。
「どうして泣いているの?」
と優しく聞いてくれたオフィーリア様。
そんなオフィーリア様に連れられて入った小屋の中には、確か私より少し年上の男の子がいて。
その子も優しく、私の話を聞いてくれた。
それで言ったんだ。
“その瞳も髪も、誰より綺麗だ”と。
その男の子に唯一恋をしたのを覚えている。
……もう容姿とかは忘れてしまったけど。
(……結婚するなら、あの子とが良いな)
……なんてね。
そんな二人は、私を温かく迎え入れてくれて。
その日はお泊まりして帰った、なんていうことがあったのだけど。
(その後、オフィーリア様はとんでも魔法使いだったことが判明したのよね)
私を虐めた男の子達に地味な嫌がらせの、ほんの些細な魔法を使ったらしい。
……すごく本当にどうでもよかったので、今では忘れてしまったが。
(その時から、悪戯好きな魔女様だったものね)
この国も大変よね、と笑うと、いよいよ以って夜風に当たりすぎて寒くなってきた。
(……部屋に入って気付かれたらどうしよう)
そうは思ったけど、いつまでもここにいるのは酷すぎる。
私は寒さには勝てずに、王子の部屋の中に入った。
人間の姿になって分かったことがある。
……それは、猫の姿では少ししか気が引けなかったが、とんでもないことを今までしていたんだと。
(王子の部屋に、未婚の女が一緒に寝るだなんてやばいわよね……!)
そんなツッコミを心の中で入れながら、それにしても、と部屋をぐるりと見回す。
(……人間に戻った今でも、部屋が本当に広いとつくづく思うわ……)
侯爵家の私の部屋も相当広いが、もうそれのひとまわりもふた回りも広いのではないか。
……気が遠くなりそうだ。
そんなことを思いつつ、眠っているエヴァン王子の綺麗な顔と髪を見て、この人に求婚されているなんて信じられない、とか色々思っていると。
「うっ……」
突然、エヴァン王子が苦しみだした。
(……!? 魘されてる、の?)
徐々に呼吸が荒くなっていくエヴァン王子。
私は苦しそうなその表情に、胸が痛くなって、気が付けばギュッと抱きしめていた。
そうしていると、やがて、エヴァン王子の呼吸が落ち着きを取り戻して……私は気付いた。
(……ああああああ!?)
なんてことをしているんだ! と。
今、私は人間の姿。 この姿で、エヴァン王子に会ってしまったら……!
なんて考えているうちに、エヴァン王子はうっすらと目を開け……私は呼吸が止まった。
寝ぼけ眼の深い緑色の瞳が私をボーッと見つめた後、王子の口から紡がれた言葉は。
「……リリ、アン……?」
「……!!!」
……間違い無く、私の顔を見てそう言った王子。
(……わ、わわわわわ私仮死状態にぃぃぃ!?)
……そう思ったが、体に変化はない。
(……あれ、そういえば、名前を呼ばれても、私が三毛猫の“リリー”であることがバレなければ良いのか)
なんて、冷静に考える私の視界が突如反転する。
「え!?」
引っ張られた腕。 気が付けば、エヴァン王子とベッドの上で横になり、そして王子の腕の中にいた。
「!?!?!?」
驚いて体を捩ろうとするが、エヴァン王子は尚も腕を抱きしめたまま。
「……え、エヴァン、王子……!?」
私の言葉に、エヴァン王子は「暴れないで」と低く甘く耳元で囁き、私は本当に危うく窒息しかける。
「……夢の中でも、君は逃げてしまうんだろう?」
「……っ」
エヴァン王子は私を反転させ、後ろから抱きしめていたのを今度は前から抱きしめてから、私を見つめた。
「……夢ならこのまま、覚めなければ良いのに」
「っ」
王子の手が、顎に触れる。
クイッと上を向かされ、王子の顔が近付いて……キスされる、そう思って目を瞑ったが、何も起こらない。
「……?」
気が付けば、王子は目を閉じてすやすやと眠っていた。
(……はぁぁぁぁ)
私はそーっと体を捩って王子の腕から脱出すると、火照った体を冷まそうと、もう一度バルコニーに出た。
(……あ、危なかった……)
窒息しかけるわ、ドキドキが止まらないわ……寿命、縮んだわ、間違い無く。
(……“夢の中でも、君は逃げてしまうんだろう?”か……)
……実質、逃げているのと変わりがない。
この状況下に置かれたのも、オフィーリア様の独断での行動だもの。
(……私は、あんなに思われているのに正面から向き合おうとしなかったんだわ)
男性は皆意地悪で、暴力を簡単にふるう。
そう決めつけていたのは、私の方だったんだわ。
(……この一ヶ月、きちんと王子と向き合おう)
たとえこの姿でも。 私は、王子と一人の人間として向き合ってみる。
(……それに)
私はそっと唇に触れた。
(……キスされそうになったのに、嫌だと、思わなかった……)
……エヴァン王子に触れた体の熱は、まだ一向に冷めそうもなかった。