29.迷いと正しさ
「……エヴァン王子」
「ん?」
「これで、良かったのでしょうか」
ポツリと呟いた私の言葉に、王子はテラスからこちらに顔を向け、「大丈夫だろう」と頷いた。
「リネットは無論、メイナードもそれで良かったと言っているのだから」
「……そう、ですか……」
私は拳をギュッと握った。
あれから一週間。
私は魔法が安定するまで、オフィーリア様と共にお城に滞在させてもらっている。
勿論、他の方々には侯爵家である私の品位も問われてしまうので内密に、とのことであるが。 両親は私が元々魔力持ちだと言うことも、それをおばあさまが封じ込めていたのも知っているから、すぐに承諾してくれたようで。
今はエヴァン王子のお部屋の隣に住まわせてもらっている。
要するに、何ら猫姿の時と変わらない生活を送ってる。
……それはさておき。
この一週間で何が起きたかと言うと、リネット様の処遇が決まったのだ。
そこで問題なのが、その処遇を決めたのはほぼ私の権限だということ。
それがずっと、私の心の中で燻っているのだった。
―――……一週間前
「まだリネットの罪が決まっていないようだけど、貴方はどうするつもりなの?」
その言葉に、エヴァン王子が少し考え、ふとその視線が私に向く。 そして、私に向かって口を開いた。
「……リリアンは、どう思う?」
「!? 私ですか!?」
突然話を振られてびっくりすると、エヴァン王子が「すまない」と口にした。
「……自分自身で、決めかねているんだ。
色々悩んで、どうしたものかと。 正直、今でも混乱している。
20年前に亡くなったと思っていた母親が、本当は隠されて生きていたことも、同様に父親だって行方不明だったとはいえ、4年も前の話で、亡くなったとそう思って、ずっとリネットを恨んでいた。
……だが、リネットは殺してはいなくて、ただ嫉妬の感情で、メイナードを王にするべく行動していた。
……その行動は、決して許されるものではないことは分かっている、分かっているが……、気持ちが分かってしまうんだ」
「気持ち……?」
私がその言葉を聞き返すと、王子は頷いて小さく口を開いた。
「……もし、俺がリネットの立場だったとして、愛している者……リリアンが他の誰かを愛していると思ったら、俺だって耐えられる自信はない。
唯一、リネットの“希望”はメイナードだけだったとしたら、それに縋り付きたくなるのは仕方がない事だとも思う」
「!!」
突然の告白に私は驚き固まると、エヴァン王子はふっと笑って見せて、「驚かせてすまない、例えがそれしかなかった」と言う。
その言葉の破壊力は抜群だったが、私はなんとか堪えて口にする。
「……確かに私も、エ……大好きな人に他の大好きな誰かがいると思ったら、凄く、悲しくて辛いと思います」
私の言葉に、王子が頷く。 すると黙っていたオフィーリア様が口を開いた。
「でもそれでは、誰もリネットを咎められるものがいなくなってしまうわ。 あの人がやってきたことの卑劣さは、貴方達もよく分かっているでしょう。
第一、この王家といいリリアンちゃんといい、少しお人好しすぎると思うわ」
「……そう、ですよね……」
私は少し考え、「あくまで私の意見なんですけど」と言い、口を開いた。
「私だったら、エヴァン王子を苦しめたことの罪を償ってもらいたいです。
……エヴァン王子のご両親……国王様とエリン様についての罪は、お二人がお決めになるべきことだと思います。
でも、エヴァン王子にリネット様がされてきたことについては、私自身、許せません」
そう断言して、王子の手をギュッと握った。
(……昔から、エヴァン王子……“イヴお兄ちゃん”は私に笑顔を向けてくれる以外、いつも何処か悲しそうな顔をしていた。
それは今考えれば、お母様が突然亡くなられて、その上自分まで殺されかけて、何とか生きながらえても疎まれるような生活が、彼の心に深く刺さっていたから。
彼をそんな表情にしてしまう原因がリネット様であったのなら、私はそれが、許せない)
私の言葉と行動に、王子は軽く目を見張った。
わたしはそんな王子の瞳を真っ直ぐと見つめ、口を開く。
「だから、リネット様には今までの逆で、王家にこのまま何らかしらの形で残って、罪を償ってもらいたいです。
そして、 エヴァン王子や王様、エリン様の味方だということも、きちんと誓ってほしいと私は思います。
……もしもっと重い罪をリネット様に下すとしたら、それはただお互いを傷つけあうだけであって、生まれるのは憎しみだけですから」
「「……」」
(……はっ、私凄い偉そうなことを……!)
「す、すみません、出すぎた事を言ってしまいました……」
私は慌てて謝れば、王子は「いや、良いんだ」と少し微笑んで見せ、私の頭に手を乗せた。
「俺も、その方が良いと思う。 やはり、リリアンに相談して正解だった。
……一人で決めていたら、どんな決断を下していたか分からなかったからな」
その言葉に、私はお役に立てたならよかった、と少し安堵しつつ、少し含みのあるその言い方にヒヤッとする。
そして王子は少し考えた後、「決めた」と口を開き、立ち上がった。
「俺の考えをもう一度、両親と話してから決めることにする。
……それで、リネットの処遇を決めることにしよう」
有難う、リリアン。 そう王子に言われ、私は「お役に立てたようで何よりです」と微笑んで見せた。
☆
そして、それから二、三日後にリネット様の処罰が決まった。
リネット様は王の側妻ではなくなり、女王の位も剥奪された。
そして、彼女はその後城内で仕えることになったのだが、その前に体内に残っている黒魔法を取り去るために、オフィーリア様の紹介で魔界へ行くことになった。
何でも、黒魔法は浄化をしなければ体内から消えないらしく、それは魔界へ行って少なくとも三年以上は厳しい修行をしなければならないらしい。
私には見当がつかないが、それはとても大変なことだと、オフィーリア様は言っていた。
そして、問題はメイナード王子の処罰だった。
本来、メイナード王子はリネット女王との関係上、厳しい処罰を与えられる存在なのだが、エヴァン王子がメイナードには罪はないと申し出た。
だけど、その言葉にメイナード王子は首を振り、彼は自ら王位継承権を捨て、それによって次期王になるエヴァン王子の補佐をしたいと名乗り出る。
渋る王子に、メイナード王子はにこやかに笑ってこう言った。
「大丈夫、僕はそれが良いんだ。
元々、僕は王になる器はないし、それに比べてエヴァンお兄様の方が断然、王に相応しい。
そんなお兄様の元で働けるのであれば、僕はそれで十分なんだ」
そうして、二人の処罰は決まり、それと同時に、次期国王には第一王子であるエヴァン王子が即位することになったのである。
☆
「……皆が幸せになるということは、とても難しいことなんですね」
私はそう言って、エヴァン王子の元に歩み寄って、隣に並んで立った。
穏やかで澄んだ空気が、サァッと頰や髪を撫でていく。
王子も私と同じように、何処か遠くを見ながら答えた。
「……幸せというのは、人それぞれだからな。 人のためを思ってやったことでも、それが知らないところで誰かを傷付けていることだっていくらでもある。
……何が正しいかなんて、誰にも分からない。
だから人は、不器用ながらに手探りで、幸せを掴もうとするんじゃないか」
私はその言葉に、王子の方を向く。
王子がそんな私の視線に気づき、私の瞳を真っ直ぐと見つめた。
「……俺だって、君に、記憶がないことを知っていながら、君が他の男の手を取ってしまう前にと、王家という身分を使って強引に話を進めようとした」
「!」
王子の手が、私の髪をそっと撫でる。
私は、そんな王子から目が離せないでいると、王子は困ったように笑って言った。
「……少し、昔話をしようか」




