25.裁判
―――……リリアン、起きて。
微睡みの中で声がする。
……誰か、何処か懐かしい声が、私を呼んでいる。
(……後、もうちょっと……)
――時間だよ。
――みんなが君を、探している。
――もう、行かないと。
(……嫌だ、後もう少しだけ、貴方の側に……)
そう言おうとしてハッとする。
(……あれ、貴方は、その懐かしい声は……)
……誰……?―――
☆
「……」
暖かい日差しが照らす部屋で目が覚めた。
自分の姿を見下ろせば、猫の姿で。
(……私)
……何だか、懐かしい夢を見ていた気がする。
活性化しない頭をそのままに、体を起こすと、足を踏ん張って伸びをした。
そうしてふと視線をベッドの隅に置かれていた小さな机に移せば、そこにはエヴァン王子の文字で“リリーへ”と書いた手紙があるのを見つける。
私はハッと目を見開くと、その手紙に飛びつくように机に飛び乗って手紙を見た。
その手紙を、私は一読し……その瞬間、慌ててエヴァン王子の部屋から飛び出していた。
(……早く、早く行かないと……!)
王子からの手紙。 そこに書かれていたのは……。
『親愛なるリリーへ
これを見ているときにはきっと、裁判が始まっていると思う。
無論、リネット女王の裁判だ。
俺とオフィーリア様でこの日のために準備をしてきたから、心配しなくて良い。
だから、リリーにはその裁判が終わるまで、部屋で待っていてほしい。 終わり次第すぐに戻る。
エヴァン』
……大人しく部屋で待っていられるわけがない。
だって、名前の後に付け足されたようにこう書かれていたんだもの。
“もし許されるとしたら、無事に君の元へ帰られるように祈っていてほしい”と。
(……王子が何かあってからでは駄目なの)
私ではエヴァン王子の役に立てないかもしれない。
……それでも、それでもエヴァン王子の側にいたい。
私を王子が必要として下さるのならば、あの方の、お側にいたい。
(だって私は、あの方に何も、まだ何一つお返しが出来ていないから)
このまま黙って大人しくしているのなんて嫌だ。
エヴァン王子はきっと今、辛い思いをしている。
リネット女王と、お母様を殺されてしまったかもしれない方と、対峙している。
そのお心は、私が計り知れないほど辛いものだと思う。
(……なら私は、その姿を見届けたい。
そして出来ることを見つけたい)
……私が貴方のためにしてあげられることを……―――
お城の中を走り回る。
見回りをしている兵士達が驚いたような声を発するが、追いかけてきたりはしなかった。
(っ、何処なの!裁判の場所は……!)
息が切れ、疲れが出てくる。
分からないままふらふらと、私は心の中で語りかける。
(……何処、何処にいるの、エヴァン王子……)
……そんな呼びかけになんて答えてくれる人がいるわけがない、と自嘲気味に笑った私の体を、突然オレンジ色の光が包み込む。
「え……?」
体の芯から、力が湧き上がってくるような感覚に、私は覚えがある。
(……あ、わ、私……)
その感覚を思い出した時には私の体は宙に浮き……、その場から姿を消していた。
☆
降り立った先は、人混みの足元だった。
(っ、えっ、こんなところに降り立っても!!)
まあそのおかげで、裁判に皆夢中で、幸いにも誰も私がいることに気がつく人はいなかった。
私はそーっと猫の姿なのを良いことにバレないよう、人混みを縫ってなるべく前の方へ移動する。
そして、人目につかない大きな窓のカーテンを見つけ、そこからなら裁判の様子が見えるかも、と考えた私はするっと人混みから抜け出ると壁伝いにその場所へ移動した。
すると、予想通り裁判の光景を全て見通すことが出来た。
裁判をしている側の人数は多く、服から見てきっと王室の方々なのだろう。
その中にはエヴァン王子、それからメイナード王子もいた。
そしてそこから離れて一人で向き合うように力なく椅子に座っているリネット女王がいる。
リネット女王の腕には魔法封じとみられる手錠がついていた。
私の位置からはリネット女王の顔は伺い見ることが出来ない。
(……あれ、でもオフィーリア様の姿が見当たらない……)
キョロキョロと探してみたが、何処にも姿は見えなかった。
「では、エヴァン王子、リネット女王へ判決を」
そう真ん中に座っていたこの場を取り仕切っているとみられる方が声を上げると、エヴァン王子がリネット女王の前に進みでる。
(王子自ら、判決を下すんだわ)
私はそれを固唾を飲んで見守っていた、その時。
(……っ!?)
嫌な予感がした。
……それは、俯いていたリネット女王の肩が、まるで笑うかのように小刻みに震えていたから。
……気がつけば、私は無意識の内に人間の姿になって、王子の元へ走り出していた。
それに気付いた王子が私を見、目を見開いたのと同時に、リネット女王が王子に向かって手を挙げた。
そして、何か言葉を発する。
「……っ、エヴァン王子……!!」
王子に向かって伸ばした私の手から、オレンジ色の光が辺りを包み込む。
そして私の体は温かくて大きな体に抱き止められ……、光が消えた時に何が起きたのか、ようやく理解できた。
「あ……」
目の前には、深い緑色の瞳。
そして、私達を包み込むオレンジ色の光……正確には、私が魔法で張った“防御結界”が、薄く残っていた。
私はハッとして背後を振り返れば、こちらを睨んでいるリネット女王の姿があった。
今更ながら、私はリネット女王の物凄い形相に驚き固まる。
(……っ、私、この人の前で、魔法を……!)
そんなリネット女王の姿を見た王子が、私を庇うように前に進み出た。
そして、驚くような冷たく低い声で、エヴァン王子がリネット女王に問う。
「……今私に、何をしようとした」
「……チッ、その小娘さえ居なければ、お前の息の根を止めて道連れにしてやれたのに」
そうリネット女王もゾッとするような声をあげ、私は思わずギュッと拳を握った。
それに気付いた王子が後ろ手で、私の手を握ってくれる。
……王子の普段温かくて大きな手も、今日は冷たく凍っているような温度に、私は思わず握り返した。
そして、リネット女王はそれを見てフンッと鼻で笑う。
「何だ、お前の愛しい婚約者が体を張って止めるなんて。 健気なこと」
そう言って狂ったように笑い出すリネット女王に、王子は怒りを露わにして言った。
「……何がおかしい」
そう王子が問うた瞬間、リネット女王は私を見てニヤリと笑い……、私は今度こそゾッと背筋が凍った、その瞬間。
リネット女王の口から飛び出た言葉が、私の耳を震わす。
「“リリアン・マレット”。 ……いや、今は化け猫の“リリー”。 そうだろう?」
「「!!」」
その瞬間。
私の体はまるで金縛りにあったように動かなくなった。
体が凍りついたようにどんどん体温が下がり、目の前が真っ暗になる……
(……私……)
「リリアン、リリアン……!!」
真っ暗になっていく視界と、遠くで、エヴァン王子の声が聞こえる。
(……あぁ、ごめんなさい。
エヴァン王子。 私は貴方に最後まで、何も、返せなかった……)
私は、もう、時間切れ、なんだわ……――
私を何度も呼ぶ、エヴァン王子の声が、悲痛に満ちていて泣きそうになる。
(……泣かないで、いつでも、私は貴方の心の中にいるから)
……でも最後に、貴方にしっかりと、この気持ちを、伝えたかった。
“貴方のことを、お慕い申しております”と……―――




