24.同一人物
途中からエヴァン王子視点に代わります。
「……リリ、アン……?」
「……っ」
エヴァン王子は大きく目を見開いて固まっている。
私は背中から冷や汗が止まらない。
(えっ、私、王子にバレたんだよね……!?
あれ、でも、何で私“仮死状態”にならないの……?)
そんな私の疑問をよそに、やがて王子はハッとしたような顔をすると、私の元に走り寄ってきて体を抱き起こしてくれたかと思えば、次の瞬間私の体が宙に浮く。
……それは、エヴァン王子が私を“お姫様抱っこ”したからで。
「あっ、え、あ、あの……!」
……しかも連れて行かれた先は、王子のベッドの上。
「〜〜〜〜〜!?」
羞恥で声にならない悲鳴をあげると、王子はクスクスと笑い声を上げた。
「大丈夫だ、今は何もしない。
……ゆっくり休め」
「!! い、い、今は!?」
私は王子の言葉を反芻すると、耐えきれないと言ったように王子は今度こそ肩を震わせて笑いながら、私に掛け布団をかけてくれる。
その行為にキュンとくる自分と、戸惑う自分がいた。
「……王子は、私のこと、聞かないんですか?」
……もう、エヴァン王子は気付いているはずだ。
猫の私と人間のリリアンは、同一人物なんだって。
だって、その目で見たんだから。
そうしたらエヴァン王子は少し目を見開いた後、やがて穏やかに言った。
「……それなら、聞きたいことはたくさんある。
だが、君は言っていただろう?
“もう少しだけ、待っていて”と」
「あ……」
それは、この前……エヴァン王子と夢の中で会った時に言った言葉だった。
―――……少しだけ、もう少しだけ、待っていて。
夢が覚めたら必ず、また会いに行って、貴方にこの気持ちをきちんと、伝えるから……!!
「あ、あの時は、その……敬語、取ってしまってごめんなさい……」
私の言葉に、エヴァン王子はえ、と驚いた声をあげ、あぁ、と理解したように言った。
「そんなことを気にしていたのか。
……敬語については、俺は無い方が昔に戻れたみた……いや、それについては気にしなくて良い」
「??」
王子が言いかけた言葉が気になって聞こうとしたけど、エヴァン王子は「そのことより」と言葉をはぐらかす。
「時が来たら、しっかりと説明してもらうからな。
……多分、君がこのことをひた隠しにしていたのには理由があるだろうし、言ったら君が……、消えてしまうような気がするから今は聞かない。
……まあ、聞かなくとも粗方予想はつくが。 リリアンを包んでた光からして、どうせオフィーリア絡みだろう?」
「!!」
図星すぎて何も言えない。
王子はクスクスと、「やっぱり、お前は変わらないな」と笑って言った。
「……思っているところがすぐに顔に出るところも、こうして、俺とまた巡り会うのも“オフィーリア様絡み”という点でも……そこだけは、あの人に感謝しないといけないのかもな」
「オフィーリア様絡み……?」
エヴァン王子は少し苦笑いして、「そうか、まだその顔だと思い出せていないんだな」と何処か寂しそうに呟くと、不意に私の顔に顔を近づけた。
「!?」
その刹那、額に感じた、王子の唇の感触。
私は額に手を当てると、驚いて顔が赤くなる私に、王子は「あー……駄目だ」と口に手を当てた。
「……よく思い出してみれば、俺はお前にとんでもないことをこの半月以上していたんだな」
「〜〜〜す、姿が違うのでしょ、しょうがないと思います!!!」
私はあまりの恥ずかしさと何か言わなければ、という思いで口にした言葉に、王子は少し笑った。
「それはそれで俺を意識してくれていないみたいで少し悲しいが……まあ、今の君の表情を見るからに、そんな心配は無用そうだな」
「!?!?」
その言葉の意味を理解した私は今度こそ、顔を見られるのが恥ずかしくてバッと顔まで掛け布団をかぶる。
そんな私の耳に、暫く王子の低音で笑う声が響いていたと思ったら、ふっとその声は止み、王子は呟いた。
「……そろそろ、俺も行かなければいけないな」
(……!)
その言葉を聞いた私は気がつけば……、布団から体を出して王子の服の裾を掴んでいた。
「「え……」」
これには私も王子も顔を見合わせて驚く。
私はそんな自分の行動に驚き目を見開いて言い訳を並べる。
「あ、え、えと、私、何してるんだろう……、ご、ごめんなさい」
そう言っている間に、手を離そうとしたけど、手が全然いうことを聞かず、離れないことに気が付く。
……その指は何故か震えていた。
(……私、この手を離すのが怖いんだ)
――……この手を離せば、王子が、また遠くに行ってしまうような気がして。
そんな私に、王子はまるで私を慈しむかのように微笑むと、そっと私の手を離した。
寂しい、そう感じた私は次の瞬間、王子の腕の中にいた。
(え……?)
視界の隅で、王子の白銀の髪が揺れる。
そして背中に王子の手が回り、ギュッと私を抱きしめた。
「は、え、え……!?」
驚く私に、王子は私の耳元で囁くように言う。
「君には、心配ばかりかけてしまってすまない。
だが、もう少しでこの件についても、君に前に明かした“王家”のことにも決着をつける。
……そうしたら、今度こそ二人でゆっくりと話をしよう。
それまで、君はここにいてくれ」
時が許す限り俺の側に、そう呟くように言った王子の言葉に私はハッとし……、頷きながら、王子の背中にそっと腕を回して答える。
「……はい、エヴァン王子の、お側にいます」
エヴァン王子はそれを聞くと、私の背中に回した腕に力を込める。
私もそれに返すように、ギュッと強く、エヴァン王子を抱き締めたのだった。
(エヴァン視点)
どのくらいそのままでいただろうか。
華奢なリリアンの体を抱き締めているうちに、リリアンから規則正しい息遣いが聞こえてきた。
「……リリアン?」
俺はそっとリリアンから離れ、彼女の顔を覗き込めば、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
俺はその姿を見て少し笑ってしまう。
「……あぁ、安心したのか」
……俺のために、今日だって危ない目に遭いそうになりながらも必死で助けにきてくれたんだろう。
その疲れだって相当溜まっているはずだ。
「……それに、無意識にリリアンは……」
見間違いではない、“猫の姿”だったリリアンから出た“オレンジ色の光”。
あれは紛れもなく、リリアン自身の……。
「……いや、やめておこう。 確信のないもので、リリアンをこれ以上傷付けられたら溜まったものじゃない」
今はオフィーリア様がリネットを見張ってくれているはずだから安心だが、油断はできない。
……俺も早く行かなければ。
そっとリリアンを寝かしつけると、俺は立ち上がろうとしたが……、その場を去るのが名残惜しくて、リリアンの茶色のさらさらな髪を、そっと一房手にとる。
「……君は、やっぱり変わらないな」
……あの頃から、ずっと……――
「……俺の大好きな、お姫様のままだ」
そう呟き、そっと髪の毛に口付けた。
(……必ず無事に、戻ってくる)
心の中で眠っているリリアンに声をかけ、俺は今度こそリリアンから離れ、呪文を唱えると、その場から姿を消したのだった。




