21.貴方に伝えたいこと
(……これが、王子の夢の中の世界……?)
一面の真っ暗な世界の中で、私は一人立ち尽くす。
これは、オフィーリア様の提案によるもの。
エヴァン王子の周りにかけられた黒魔法……つまり、今回王子を襲った犯人が黒魔法を操り、エヴァン王子の周りに私達を近付けさせないようにする魔法をかけているらしい。
その魔法を無理に破ろうとすると、敵側に勘付かれてエヴァン王子に何をするか分からない。
それを危惧してオフィーリア様は迂闊に手を出せなかったという。 出来たのは唯一、王子に元々くわえていた“加護の力”のみ。
だから、オフィーリア様は私を“勘付かれないギリギリの方法”……つまり、王子の夢に送り込んだのだ。
(私も眠っている状態で、実態は城内の王子の部屋に人間の姿でいることになっているわけだけど……夢の世界に飛ばしても、本当に果たして王子に会えるのかな?)
……会えなかったらどうしよう。
このまま王子が、いなくなってしまったとしたら……。
(……ううん、駄目よ! 弱気になっちゃ!
オフィーリア様には考えがあって、ここに私を送り込んでくれたってことは、王子もここにいるはず。
探さないと……!)
夢の中は真っ暗闇。
……王子がこんな暗闇に一人でいるのだとしたら、寄り添ってあげたい。
彼の、力になれるのなら……。
「……何としても、探し出さなきゃ……!」
☆
そう意気込んだものの、なかなか王子は見つからなくて。
(私がこの人間の姿でいられらる時間は、後1時間しかない……)
人間の姿になって3週間目、王子が倒れて2日後の今日、私はようやく人間の姿になることができた。
この夢の中に居られるのは、私が人間の姿になっている間だけである。 猫の姿に戻る直前で、王子にバレないようにするために夢から覚める魔法をオフィーリア様にかけてもらった。
(王子、何処にいるの……?)
歩いても歩いても、暗闇は続いていて。
(……教えて下さい、神様。 王子が何処にいるのか。 探し出して、私は、彼を救いたいの……)
……彼がここで死ぬ運命なんて、私は望まない。
(……彼を、彼を助けて……)
私は久しぶりの人間の姿でずっと歩き続けたせいか、足どりが覚束なくなる。
ついには冷たい地面に座り込んでしまい、私は薄く嘲笑する。
「……何も……出来ない私……」
……王子の力になりたい。
そう口だけで彼に何一つ、まだ彼が私に求めている“思い”にも、真正面から答えられていない……。
気持ちが暗くなって俯いた、その時。
「……リリ、アン……?」
「!?」
その声に驚いて振り返れば。
そこにいたのは……。
「っ……え、エヴァ、エヴァン王子……!!」
驚いたように呆然と私を見て立ち尽くす彼を見て、私は疲れた足のことなんて忘れて、王子に縋り付くように抱きついた。
「わっ……!? え、り、リリアン……!?」
「っ、え、エヴァン王子ぃぃぃ!!」
彼は驚いたように体をよじったものの、泣いている私を見てされるがまま、唖然としていた。
「え、エヴァン、王子、お体は……」
私の言葉に王子はハッとしたような顔をすると、やがてふっと目を細めて、大きな手で私の頭を撫でた。
「……あぁ。 ここにいる間は大丈夫だ。
……こんな暗闇に一人でいるのは正直気が滅入ったが、リリアンがここに来てくれたからな。 怪我にもオフィーリア様にも、感謝するくらいだな」
「っ何言ってるんですか!!」
私の突然の大声に、王子は目を見開く。 私は少し拳を握りしめて、トンッと王子の胸にぶつけた。
「……王子が、何者かに襲われたと聞いて、私が、オフィーリア様が、どれだけ心配したと……」
「す、すまない。 ……ただ、お前には泣き止んで欲しかっただけなんだ」
ごめん、そう何度も謝りながら私の頭を撫でる王子。 その手が、とても温かくて。
私はギュッと、再度王子に抱きつくと、王子は私をそっと抱きしめ返してくれる。 そしてゆっくりと口を開いた。
「……リリアン、こんな危ないところまで来てくれて有難う。 ……だが、ここからはもっと危険が迫ってくる。
俺は慣れっこだが、もしかしたら今度はリリアンまで巻き込んでしまうかもしれない。
……それなら、俺は……っ」
王子がハッと息を飲む。 私はそう口を開きかけた王子の唇に、人差し指を立てて遮ったから。
「……エヴァン王子、もう一度言います。
貴方は一人じゃない。 貴方には、オフィーリア様もさんも、メイナード様だっている。
他にも、たくさん味方がいます。
……それでも、それでも王子が孤独を感じるのであれば……私が、貴方の側にいます」
「え……?」
エヴァン王子は、今までで一番、大きく目を見開いた。
私はその緑色の瞳を正面からとらえて、手を握っていった。
「貴方が私を必要として下さるのであれば、私は貴方の隣にいます。 だから、危険だからと、私を突き放そうとしないで。
……私は、貴方と一緒に戦います。 それに、」
私はそこで一度切ると、王子の手をさらに強く握って言った。
「……私は貴方のことを、心から思っております」
「っ、り、リアン……!!」
エヴァン王子の瞳から一粒、涙がこぼれ落ちる。
私はそんな王子の瞳を見て、慌ててしまう。
「あ、え、えっと、その……わっ!?」
私がどうしたものか、とオロオロしていると、王子は私の背中を抱き寄せた。
「……っ、リリアン……俺は、まだ夢を見ているんだろうか。 夢だとしても、こんなに幸せで、良いんだろうか……」
「……!」
私の肩に顔を埋めてそう言う王子に、私は驚きながら、少し笑って言った。
「……私も、幸せですよ」
そう呟いたと同時に、私の体から光が弾ける。
「あ……」
(時間だ……)
「! リリアン!」
私にかけられた転移魔法によって、体から光を放ちながら透けていくことに驚いた王子が、行くな、とそう言いながら、私の腕を掴む。
掴みながら、小さく口を開いた。
「……この手を離したら、お前は、また何処かへ行ってしまうんだろう……?」
「!」
(……私は、猫の姿でも、貴方の側にいるよ。
だから、そんな顔をしないで)
私はぎゅっと拳を握ると、小さく微笑みながら王子に向かって口を開いた。
「……少しだけ、もう少しだけ、待っていて。
夢が覚めたら必ず、また会いに行って、貴方にこの気持ちをきちんと、伝えるから……!!」
一国の王子に向かって、早口で、しかも敬語を取って言うなんて不躾すぎる。
だけど、時間がなくてそれでしか伝えられなかったから……
(……王子に、伝わったかな)
恐る恐る王子の反応を見ていれば、王子は私の掴んでいた腕を一瞬強く握った後、そっと離し……私の体が転移する間際、言った。
「待っている」
と。
☆
ふと目が覚めれば、まだ外は真っ暗で。
私の体は猫の姿に戻っていた。
「お帰りなさい。 良い夢は見れたかしら?」
近くに、そう言って笑うオフィーリア様の姿があった。
私はその姿を捉えると、みるみるうちに目に涙が溜まって……
「え!? ……リリアン?」
私はオフィーリア様に抱きついて、まるで子供のように泣いてしまう。
オフィーリア様も最初は驚いていたけど、なんとなく察してくれて、私が泣き止むまでずっと、そのまま私の背中を撫でてくれたのだった。




