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18.王子と猫のデート

 そうして夜が明け、エヴァン王子のお誕生日、それから私が猫の姿になって10日目を迎えた。

 今日も日中ゴロゴロとしていると、廊下からドタバタと足音が聞こえてきた。



(……? 何か、騒がしい?)




 そんなことを考えていると、部屋の扉が突然ガチャっと開く。

 えっ、と驚く間も無く、私は気がつけば息を少しだけ切らした王子に抱き抱えられていた。



「リリー! 出かけるぞ!」

「にゃ!?(え!?)」




 そう言った王子と私の体を、銀色の光が包み込む。

 驚く私と楽しげに笑う王子。

 光の向こう側でジーンさんが叫んでいる。




「ちょ、エヴァン様! お待ちを……!」

 そのジーンさんの慌てっぷりに私はギョッとして王子を見る。

(……まさか、仕事放り出したの!?)




 ……でも、まあ良いか。

 今日は王子の誕生日だし。

(……エヴァン王子、楽しそうだし)



 私の視線に気づいた王子が、人差し指を口の前で立ててニコリと微笑む。

 今日はより一層キラキラして見えて眩しいな、なんて考えているうちに、私達は町の路地裏に降り立っていた。




(そういえば、この銀色の光は、もしかしなくても……)




「良かった、上手く魔法が使えて」



 そう安堵したように言うエヴァン王子を見て、やっぱり、と私は思う。



(エヴァン王子の魔法は、銀色の光なんだ……)




 魔法が使えない私からしたら、オフィーリア様の魔法もとても綺麗だと思っていたけど、何故か王子の銀色の光が、脳裏から離れない。

(あまり使いたがらないって言っていたけど……)

 チラッと王子を見たら、私を見下ろしながら王子は笑って言う。




「こういう時に魔法は使うものだな。 ジーンから逃げるのは大変だからな」

「……にゃー(……大丈夫でしょうか)」





 私の不安げな顔に、王子は再度笑って言う。




「大丈夫だ。 どうせろくな仕事ではないからな。

 ……リネットに押し付けられる仕事なんかくそくらえだ」




(……リネット女王、本当に仕事をエヴァン王子に押し付けてるんだ……)





 私はそう軽く言う王子が心配になって見つめれば、「大丈夫」と私の頭を撫でてくれる王子。

 そして何故か、エヴァン王子に私は抱き抱えられたまま、王子は歩き出す。




「にゃ!?(え!?)」




 抱き抱えられたままなの!? の意味を込めて驚いたが、王子は私の視線が髪に行っていると思ったのか、「あぁ」と言い、パチンと指を鳴らせば。



「……!」




 王子の銀色の髪が、黒髪に変わったのだ。

(……あ、れ……)

 風に揺らめく綺麗な漆黒の髪を、私はどこかで……。




「似合ってるか?」




 王子はそう言って、私を見て笑う。 私はハッとして慌てて「にゃー!(素敵です!)」と言えば嬉しそうにするエヴァン王子。

(……気の所為かな)

 なんて私が思っていると、エヴァン王子はまた歩き出しながら言う。




「たまにはこういうのも良いだろう? お忍びで、こうしてリリーを連れて外を歩いてみたかったんだ。 ……それに、昨日の礼もしたいしな」

(……昨日の礼? ……あっ、私が“リリアン”に代わってプレゼントをエヴァン王子に届けたことか)




 私はただ人間から猫の姿になって届けただけなのに、と王子を下から見れば、心なしか楽しそうにしている王子を見て、まあ良いか、とそんな気になってしまう。






 路地裏から出ると、人通りの多い道に出た。

 


「あー、このままだとはぐれてしまいそうだな。

 とりあえず、このまま俺が抱いたままでも良いか?」

「にゃっ!?(抱いたまま!?)」



 猫の姿になって10日、王子と一緒にいる時間は長いとは言え、イケメン王子とこの距離感。

 ……慣れるワケがない。

(でも、だからといってここではぐれても良くないし……)



 ぐぬぬ、と迷っていると、王子は苦笑いした。




「すまない。 少しだけ我慢してくれ。

 今は丁度昼時だから人が多いだけだろうし、次期に人通りも多少は少なくなるだろう。

 そうしたら自由に歩いて良いから」



 そう言ってポンと頭を撫でられ、私はドキドキとしてしまう。

(うっ、本当にエヴァン王子は優しすぎる……!)

 逆に王子にとっては迷惑にならないのだろうか。

 ……と思って顔を見たら、相変わらず太陽より眩しい王子のお顔が近くてうっ、となった私は、とりあえずその腕の中で大人しくしていたのだった。






 ☆





 私も王子もお昼ご飯はお城で済ませていたから、暫く町の中を散策していた。

 お花屋さんに行ったり、パン屋さんで買い物をしたりしつつ、色々なところを回ったが、王子は何処か難しい顔をして商品と睨めっこしていた。

 私はそんな王子を見上げて不思議に思っていると、やがてエヴァン王子が足を止めた場所は、キラキラした宝石専門店だった。




「にゃー!(わー綺麗!)」




 キラキラと輝く宝石。 店内の奥までキラキラとしていて、所狭しとピアスやイヤリング、ネックレス……そういった装飾品が並んでいる。

 どれもキラキラしていて素敵だとキョロキョロとしていると、王子は慣れたようにそのお店の人に声をかけて何やら話し始めた。




 お店の人は王子より少し年上くらいの女性で、綺麗な人だった。

 ……隣に立っている王子とその女性を見て、私はどうしてか胸が痛くなる。

(? どうして……?)

 私は話を聞くのが怖くて、そのお店の外で待つことにした。





 座ってお店の外で待っていると、町中の人が私に声をかけてくれる。




「わぁ〜! 見てお母さん! 可愛い猫ちゃんがいる〜!」

「ふふ、素敵な色ね」

「あら、珍しい色の猫さんね」

「綺麗〜!」





 老若男女問わず、色々な人が猫の姿の私を見て声をかけてくれる。 たまに頭を撫でてくれる人もいて、私は嫌だという思いより、嬉しいと思った。

(だって、ここの町の人達は変わってない)




 幼い頃、この街を訪れた時、いつも温かく私を迎え入れてくれた。

 茶色の髪にオレンジ色の瞳の私を。

 嫌いだったこの色が、今ではこの色でよかったと、そう思えるようになった。



(それはきっと……)




「リリー? すまない、待たせたな」



 振り返れば、エヴァン王子がいつもとは違う綺麗な漆黒の髪を揺らして、変わらない深緑の瞳が私を見て微笑んでいる。

 その手には、大事そうに紙袋を抱えていて。



「にゃー(いえ)」




 私はそんなエヴァン王子の足元に駆け寄った。







 ―――……それはきっと、エヴァン王子に出会えたから。







 ☆






 エヴァン王子が最後に訪れた場所は……。





「あら、エヴァン王子。 それにリリーも。

 何、デートしてきたの?」

「にゃ!?(デート!?)」

「……猫と二人で町には行ったが、それはデートといえるのか?」



 大真面目にそう答えたエヴァン王子に、オフィーリア様は「からかい甲斐がないわ」とつまらなそうに言って、家に通してくれる。



「あぁ、エヴァン王子、お誕生日おめでとう」




 思い出したように言うオフィーリア様に、王子は呆れたように「ついでか」と言う。

 私は思わずくすっと笑ってしまうと、オフィリア様も「ふふっ」と笑った。

 3人でそうして談笑していると、王子が「あぁ、これ」とパンの入った紙袋をオフィーリア様に差し出す。



「あら、私に?」

「確かここのパンが好きだっただろう?」



 私はその言葉に、ズキっとまた胸が痛む。

(……オフィーリア様の好み、王子は知ってるんだ)

 オフィーリア様はたまには気がきくのね、と笑う。 それに少しムッとした王子は「今度から買って来ないぞ」と言うと、冗談だとオフィーリア様は笑う。




 そして王子は、今度は違う紙袋から可愛くラッピングされた箱を取り出す。

 そして少し照れ臭そうにしながら言った。



「……これを、リリアンに渡してくれないか。 オフィーリア様から渡してもらった方が確実だから」

(あ……)



 ……もしかしてエヴァン王子が、町へ行った理由って……。




「あら! 今日出かけたのはもしかしなくてもこのため!?」

「っ……、か、帰る!」

「にゃ!?(きゃ!?)」







 黄色い声をあげたオフィーリア様を見て、エヴァン王子は恥ずかしくなったのか、慌てて私を抱き抱えると銀色の光が体を覆う。





「ふふ、相変わらずね」





 と何だか楽しそうなオフィーリア様の笑い声をあとにして、私達はそのまま、一瞬のうちにエヴァン王子の寝室へと戻っていたのだった。




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