15.猫の姿の私と
「ただいま、リリー」
良い子にしてたか? と言って上着を脱ぎながら、王子は私の頭を撫でる。
「にゃー(お帰りなさい)」
良い子にしてたか? には応答せず、とりあえずお帰りなさい、とそう返してみた。
(だって、王子に贈り物をする為とはいえ、第二王子や女王様にまで会ってしまったんだもの)
……バレたら怒られるんだろうなぁ、と少し王子を見つめていると、王子に「ん?」と微笑まれるから、罪悪感が生まれて「にゃ」と一言鳴いてみる。
(本当、王子の顔は心臓に悪いわ……)
そうしてふと王子の手が外れた、と思ったら王子の手に擦り傷が見える。
「にゃ!?(どうしたの!?)」
「ん?」
王子は突然大きい声をあげた私に目を向け、その視線を辿ると、「あぁ、これか?」と擦り傷を指差して言った。
「今日、久しぶりに魔法を使った時に、あまり上手く制御出来なくて出来てしまったんだ」
「……っ」
ひらひらと手を振って「格好悪いな」と言う王子に、私は少し涙ぐむ。
(王子はあまり、魔法が好きではないって言ってた。 なのに私、王子に魔法を使わせて、そのせいで傷を作らせてしまった……)
「!? ど、どうした、泣いているのか?」
「にゃ、にゃー(な、何でもないです)」
私はさっと顔を背ける。 すると王子は私を抱き抱え……。
「!?」
目元を拭い、視線を合わせた。
私は驚いてその深い緑色の瞳を凝視してしまう。
王子も、私の瞳を見て言った。
「……あまり真正面からじっと見たことがなかったが、お前はリリアンによく似ているな」
「っ」
リリアン。 私の瞳を見て、そう言ったのだ。
(に、にに似てるって言っただけよね! えぇ! 凄くびっくりだけど……!)
そう言ってベッドに座ると、私を膝の上に乗せ、向き合った形で背中を優しく撫でながら私の瞳を見て言う。
「お前は、本当にリリアンにそっくりだ。
……ふふ、おかしいだろう。 本当はネコなど飼うつもりはなかったのに、お前を見ていて思ったんだ。
“あの子に似ている”と」
「……!」
私は驚いて目を見開く。
(そ、その言い方って……)
「俺もここまで必死に追いかけてるのかと、驚いたがな。 ……それでも、忘れることが出来ないんだ。
リリアンのことを」
「……っ」
(どうして……どうしてそんなに、慈しむように言うの……? それではまるで、貴方は本当に、私のことを……)
「……ふふ、少し感傷的になっているのかもしれないな。 今日あの子に会えて、昔を思い出したから。
……忘れてくれ」
そう言って着替え始める王子。 私はさっと目を逸らしていると、王子が、私を見て「あ、そういえば」と口を開いた。
「お前は、夜行性なんだな。
たまにふと起きた時、隣にいなくて焦ることがあるんだが、あれはお前が眠れずにいなくなるからなんだな。
もう一度オフィーリア様から渡された本を読んだら、そう書いてあった」
「!」
私が夜起きていること、知ってたんだ……。
「それでもお前は、俺が寝るときは絶対に隣に来て一緒に寝るフリをしてくれていたんだな。 ……有難う、リリー」
「……にゃ(……いえ)」
私は着替え終わった王子に頭を撫でられ、その言葉に擽ったい気持ちになる。 王子は私の反応にふっと笑うと、「本当に、お前は性格までリリアンにそっくりだな」と言った。
(……どの性格だろう)
私はそう思ったけど、そのうちに王子は寝る支度を整え、いつものようにベッドに寝転がると、私をじっと見て言った。
「……すまないな。 いつも寝る時間ではないのに俺の隣に居させて」
「にゃー(大丈夫です)」
私はそう鳴くと、王子は「それでも」と少しだけ恥ずかしそうに言った。
「……俺が寝るまで、その……側に、居てくれないか? お前がいると、落ち着くんだ」
「……!」
(!?!? 何この胸の高鳴り……!
この王子、本当に素でやってるの!?)
私は末恐ろしい、とか王子の頰がほんのり赤くて可愛い、とか色々なことをグルグルと頭で考えながら、とりあえず枕にピョンっと飛び乗る。
そして、王子は「おやすみ」と私の頭に……。
「!?」
唇を寄せた。
そして、そっと頭を撫で、私の目を見て小さく呟いた。
「お前が来てくれて良かった」
そう言って瞳を閉じて眠りについた王子とは裏腹に、私は最後に浴びせられた爆弾発言に、暫く身悶えたのだった。
☆
次の日の夜。
いよいよ王子は明日誕生日を迎える。
(……今晩人間の姿になれますよーに!)
私はそう月に向かって祈っていたら、王子は「そこにいては冷えるだろう」と私を抱き抱え、気がつけば、いつも眠る枕に寝かされていた。
驚いて王子を見れば、照れ臭そうに笑う。
「……とか言っておいて、本当はただ俺がお前に側にいて欲しいだけなんだけどな」
「〜〜〜!!」
(な、なななななんなの!? エヴァン王子って!! 猫にまでこうやって口説いていくスタンスなの!?)
王子はそうやって私をいとも簡単に照れさせるようなセリフを言って、自分まで顔を赤くしながら「さ、さあ明日は早いから寝なくてはいけないな」とこちらに後ろを向けて寝てしまう。
……何だか、その背中が寂しく見えた。
(……明日は、エヴァン王子の誕生日なのに……やっぱり王子を祝ってくれる人はいないと、そう思っているの?)
気がつけば、私は王子の顔にそっと手を伸ばしていた。
驚いた王子は目を丸くして……体を反転させると、私に向き直って、私はぎゅっと抱き寄せられた。
「!!」
ドアップに王子の顔……いや、唇が映る。
(えええええ!?)
そんな私の動転には気がつかず、王子は優しくぎゅっと抱きしめてから言った。
「……あぁ、本当に温かいな。
……この体温、比べては悪いが、やっぱりリリアンに似ている気がする」
「〜〜〜!?」
(た、たたたた体温!? そこまで気にしているの!? え、えぇ……)
……これでは、バレるのも時間の問題ではないか。
そう思って、心臓に悪いことをするばかりの王子に私はちょっと悔しくなって、王子の頰に手を置いてみた。
そうしてエヴァン王子は驚いたような顔をした後、「ふふ、擽ったい」とまるで少年のように声を上げる。
(……もう、本当にこの人は、色々なところにギャップがありすぎて心臓に悪いわ……)
私は敵わないや、と思ってその手を戻そうとしたら、王子に逆に掴まれてしまう。
え、と驚いて見れば、エヴァン王子は私の首に少し触れて言った。
「明日は、俺の誕生日なんだ。 ……俺はこの日が一年で一番嫌いな日なんだが」
(え……)
その深い緑色の瞳に影が差す。
王子は「でも」と言葉を紡いだ。
「オフィーリア様にお前を、“誕生日プレゼントだ”と差し出されて……最初は渋っていたが、お前とこうして一緒にいるうちに、何だか愛おしく思えてきて……、今では、お前はオフィーリア様から頂いた、大切で最高のプレゼントだと思うんだ」
「にゃ!?(え!?)」
私の反応に、王子は慌てる。
「あ、す、すまないな。 お前を物みたいに言ってしまったが、そうではないんだ」
(そ、そういう意味ではなくて……!)
最高の、プレゼント。 王子に、私のこの猫の姿で一緒にいることが、そんな風に思ってもらえているだなんて……素直に、嬉しかったんだ。
黙って王子を見つめる私に、エヴァン王子は優しく私に聞いてきた。
「……明日、俺の誕生日を祝ってくれるだろうか?」
「! にゃ!!(! 勿論!!)」
そう大きい声で返事をした私に、エヴァン王子は照れ臭そうに笑いながら「良かった」と心の底から笑顔で言って……そっと、安心したように目を閉じたのだった




