12.第二王子との出会い
次の日。
私は、朝いつものようにエヴァン王子が出ていくのをお見送りした後、何もすることがなくゴロゴロとしていた。
(……王子、もうすぐ誕生日なのかぁ)
24歳。 私と5歳違い。
(……王子は、誰にも祝ってもらえないのかな)
昨日の話を聞いて、ふとそう思ってしまった。
聞くからに、リネット女王とエヴァン王子はあまり仲良くなさそうだし、エヴァン王子の為の誕生日パーティーも、先日夜会が開かれたばかりだからそういうのもなさそうだ。
(そうなると王子は、お誕生日を祝ってもらう事もない、ということ……?)
王子には、慕ってくれるジーンさんという従者もいたり、弟のメイナード王子もいるが、それしかいないというのか。
(……エヴァン王子は、そうしていつも、一人で過ごしていたのかな)
周りからの冷たい言葉を浴びせられ続けた結果、冷たい視線で周りを見るようになり、冷血王子と呼ばれている王子。
……私は見ていて心が苦しくなる。
(まるで一人でいるのを敢えて望んでいるように見える……)
本当の貴方は、そんな人ではないはずなのに。
(……せめて私は、エヴァン王子の味方でいたい。 エヴァン王子が、心から笑えるように……)
そんなことを考えていると、私はふと思い立ち、バルコニーから外へと飛び出した。
王子の部屋は2階に位置しているから、猫にとってはギリギリ飛べる高さだった。
……怖いと思ったけど、私はここから飛び降りるしか外に出られる方法はない。
意を決して、ピョンっと降りてみれば、ストンッと地面に無事着地できた。
(……良かった! 下が土で……)
丁度地面が花壇の上……お花は咲いていなくて、土が積もっていたので、幸いクッションがわりとなってくれた。
そうして喜んだのもつかの間、ヒョイっと誰かに持ち上げられる。
「!?」
私は驚いてその人の方を振り返れば、「あ、ごめんね、驚いた?」とにこりと笑う青年がいた。
(……あっ、この方は……)
「君、エヴァンお兄様が最近飼い始めた猫だよね? ……え、まさかあの高さから飛び降りたの?」
エヴァンお兄様。 そう言った彼は間違い無く、この国の第二王子・メイナード王子だ。 そして彼は、私のことを知っていたらしく、朗らかに笑って言った。
「外に出たかったのかな? ……でも、お兄様は“外には出さない方が良い”って言ってたし……どうしよう」
そう呟いたメイナード王子の言葉に、私は「にゃ!(嫌だ!)」と少し抵抗してみる。
それに驚いたメイナード王子は「で、出たいのか」と言って困ったようにオロオロとしている。
(……こうしてみると、メイナード王子はエヴァン王子とそっくりかもしれない)
顔はどちらかというと、あまり似ていない。
メイナード王子の方が、歳下だからかまだ幼さがなんとなく残っている気がする。(私より2歳も年上だから失礼かもしれないけど)
髪の色は金髪で、瞳の色はグレー。
確か王様の髪は金髪で、瞳の色は深い緑色……だった気がするから、それぞれ違う王様の遺伝子をもらった、という感じなのだろうか。
顔立ちは似ていないところからすると、こちらは母親譲りといったところか。
……話はそれたが、メイナード王子は暫く迷った後、私を抱き抱えて歩き始めた。
「……にゃー?(……何処へ行くの?)」
心配になってそういえば、メイナード王子は少し笑ってみせる。
「僕が一緒なら、きっと心配いらないでしょう? だから、僕も町へ一緒に行ってあげるよ」
「にゃ!?(え!?)」
一国の王子が何を考えているの!? と思ったが、王子は全然平気なようで、鼻歌交じりに歩いていく。
私は大人しくしていながら、少し考えた。
(……メイナード王子が一緒に行ってくれるのは心強いは強いけど、私それでは、人間の姿になれなくなってしまう)
まだ話していなかったが、私が町へ行こうと思った理由。 それは、王子への誕生日プレゼントを買う為だった。
それには人間にならなければ行けないのと、お金が必要なのだが、お金の面についてはオフィーリア様の元へ行って借りさせてもらおうと思ったのだ。
人間になるのには丁度、先週は使うことがなかったが、強く“人間になりたい”と思えば叶うと、そう聞いていたからいけるとおもった。
(……でもこれでは、抜け出すのが難しそう)
メイナード王子には悪いが、私は脱出するしか他にない。
そうして抱き抱えられたままチャンスを伺っていると。
「……あら、メイナード。 貴方何処へ行くの?」
後ろからそう声をかけてきた声を何処かで聞いたことがあった。 その言葉に、メイナード王子はビクッと肩を震わせ、私にもそれが伝わってくる。
(……王子、顔色が悪い……?)
メイナード王子はまるで、私を庇うかのように後ろ手に持つと、その人を振り返っていった。
「……母上」
メイナード王子はそう呟く。
私はその言葉に、ハッと息を飲む。
(母上!? ……ってことは、この方はあの、リネット女王……)
思い出した。いつも王様の隣にいらっしゃった、女王様。
……“リネット女王”。 髪も瞳もグレー色。
美しく綺麗な女性ではあるが、何処か少し怖いと思うような、不思議な雰囲気を醸し出す女王様……。
(遠くからしか見たことがなかったけど、この方が、エヴァン王子が嫌っている方……)
そんなリネット女王はメイナード王子から視線を逸らし、私を見た。
ぱちっと目が合い、私は怯える。
それを感じ取ったメイナード王子が、私を隠しながら言った。
「……今は仕事をしておりましたが、少し疲れてしまったので散歩をしていたのです」
「……あら、そう。 ……でも変ね、ここは高い城壁に囲まれているから、猫なんて今まで入ってきたことはなかったはずだけど?」
そう言って私を、まるで汚いものを見るかのような蔑んだ目で見下ろされる。
(……私のことを、知らない? エヴァン王子は、この人に私のことを言っていないんだ……。)
……でもこうしてみると、確かにこの人は怖い。 なんとなく、そう思ってしまった。
怯える私をよそに、メイナード王子は「そうですか? 私はよく見かけますけどね」と淡々と言った。
(……本当にこの人達は、家族なの?)
冷たい言葉の応戦に、私は驚いてしまう。
普通家族だったら、もっと穏やかに会話をするものではないのか。
だけどこの方達から感じ取れるのは、まるで腹の探り合いをしているかのような雰囲気で……。
「……時間がないので、これで失礼しても良いですか。 私はこの子を、城外へ送り届けようと思います」
「あら、貴方随分と暇なのね。 仕事はどうしたの?」
「……本日の分は、とっくに終わらせておりますから。 それでは」
ちょっと待ちなさい、そう女王様の声が聞こえたが、王子は振り返ろうとはしない。
そんな王子を追いかけてくる女王様に私は怖くなって震えると、メイナード王子は小さく早口で私に言った。
「……時間がないから、君はこのまま走って逃げて。 あの人に捕まってしまうと大変なことになる。 ……夜までにはしっかり帰ってくるんだよ。
でないと、エヴァンお兄様が心配するからね」
決して見つからないように、そう言って王子は私をそっと下ろすと、にこりと笑って見せ、踵を返して女王の元へ歩き出す。
私はその背中に「にゃー!(有難うございます!)」と鳴いた後、一目散に城外へと駆け出す。
(……やっぱり、エヴァン王子とメイナード王子は似ている気がする。 優しい眼差しも、本当は穏やかな性格も。
……メイナード王子なら、絶対にエヴァン王子の味方でいてくれる)
私は、そう走りながら確信したのだった。




