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10.恋のキューピッド

 猫の姿になってから一週間が経った。

 夜会の次の日……昨日にあたるが、王子はすっきりとした顔をしていた。

 よく眠れたようで何よりだ。



 そして今日は、私は遠出をすることにした。

 行き先は既に決まっている。

 私は森の中を深く深く歩いていくと、一軒の小屋を発見した。




「……あら、リリアンちゃんじゃない」




 その小屋の中から丁度、私の気配を悟ったのか、オフィーリア様がドアを開けてそう笑顔で言ってくれる。

 私が「こんにちは」と言うと、中へ通してくれた。



 部屋の椅子に座るよう促され、私が座った向かい側に座ったオフィーリア様は「その姿でいるのには慣れた?」と聞かれる。

「はい、なんとか」

 私は頷けば、オフィーリア様はふふっと笑う。



「……その顔は、何か知りたいっていう顔ね。 何かあったの?」

「……あの、実は」





 私は心に引っかかっていることの全てを話した。

 王家に隠された秘密のこと、ジーンさんとエヴァン王子の会話……オフィーリア様になら話しても良いと思った。

 この国きっての魔女のオフィーリア様なら、何でも知っているはずだから。



「……王家のことね」



 オフィーリア様は深くため息をついた。




「……エヴァン王子には悪いけれど、私はあの一家、あまり好きではないわ。 勿論、エヴァン王子とメイナード王子は別よ。 あの子達はとても良い子だもの」

「……あまり好きではないって……それは、どうしてですか?」



 私がそう問えば、オフィーリア様はあまり口にしたくないのか、言葉を濁した。



「……だってあの一家、謎だらけよ? 私だってあの一家のことを探ったり、いくつか知っていることもあるけれど、何せなかなか尻尾がつかめないの。

 ……まるで“何か”隠しているみたいに、ね」

「……隠す? オフィーリア様の魔法でも分からないだなんて」




 私がそう言えば、「貴女にこれ以上話すと怒られてしまうわ」とオフィーリア様は肩を竦めて言った。



「誰に?」

「勿論、エヴァン王子よ。 貴女がリリアンだと知っていたら、確実に怒られるわ」



 ……エヴァン王子がリリアン……私に言いたくない? それはどういうことだろうか。




「……無理に詮索しては、いけないということですか?」

「そうね。 ……まあ貴女もいずれ、知ることになるわよ。 エヴァン王子が心を開いたその時に、ね」




 ……どういう意味だろう。

 色々疑問に思うことがあって首を傾げれば、「それより、貴女夜会の話はどうしたのよ!?」と何故か興味津々に聞き出した。




「……あ、あれはその、色々な意味で心臓が止まるかと思いました……」

「エヴァン王子、貴女に甘々だったものね」

「ぶっ……」




 私はそのオフィーリア様の言葉に、出されて飲んでいた紅茶を吹き出しかけ、慌ててそれを止めた反動で思いっきり飲み込んでしまう。

 そうして気管に入ってケホッ、と咳き込めば、オフィーリア様は全く気にしない素ぶりでにやにやと笑っている。




「……見ていたんですか」

「あら、たまたま見ていただけよ」



 バルコニーで話してるのが悪いわ、そう開き直るオフィーリア様を見て、今度は私が深くため息をつく番だった。



「……いや、どうしてそう魔法を悪用するんですか。 だから“とんでも魔女様”と呼ばれるんですよ」

「あら、言わせておけばいいわ、そんなの。

 私は貴女達の恋のキューピッド役がやりたくていつもうずうずしてるんだから」

「うずうずしないでくださいっ!」




 私はそう返せば、「本当貴方達って似てるわよね」とカラカラと笑う。




「……エヴァン王子と私が? 似てる?」

「そうよ。 見ていれば結構似たところあるわ」

 お似合いよ、なんて言われて不覚にも顔が熱くなる。 ……猫の姿だと判別つかないが。

 それでもオフィーリア様にはバレているようで、「ふふ」と笑われたけど。




「……そういえばオフィーリア様」

「? 何?」

「私って、エヴァン王子と会ったことがあるか分かります?」




 そう聞くと、オフィーリア様は一瞬動きを止め……「あるんじゃない?」とだけ答えた。




「え、本当ですか!? ……というか、何か知っていますよね?」

「あら、私から聞き出そうっていうの? それは、貴女が王子と約束して決めたことでしょう?

 なら、自分で思い出すしかないじゃない」

「そうは言っても私、本当に分からないんですってば……」




 私がそうため息をつけば、オフィーリア様は「あら、貴女も覚えているはずよ」と笑った。



「それが誰か分かっていないだけで、案外貴女の印象には強く残っているはずよ。

 ……エヴァン王子のことをね」

「え……」

「さ、その話はもうおしまい。 エヴァン王子もきっと、もうすぐ私の元に飛んでくるわ」




 その言葉に、どうして、と尋ねようとした途端。




「オフィーリアッ! いるか!?」






 バンッと、小屋の扉が荒々しく、エヴァン王子の手によって開かれた。

 驚いている私に、オフィーリア様は「ほら来た」と言いつつ怒る。




「貴女、淑女の部屋に無断で入ってくるなんて言語道断よ。 それに、貴女私のことを呼び捨てってどういう了見?」

「……す、すまない」



 王子は少しだけ目を泳がせながらそう言い、今度は私を見てバチっと目があった、と思った瞬間。




「にゃ(え)」





 私の体が硬直する。

 ……それは、ギュッと、王子に抱きしめられたからで。




「……にゃ、にゃー?(……お、王子?)」

「……心配、したんだ。 何処にも、いなくて。

 まさか、こんな遠くまで、来てるとは思わなかった……」




 少しだけ息が荒い。

 ……走って私のことを、ここまで探しに来てくれたというのか。

 私は驚いてオフィーリア様の方を見れば、オフィーリア様はこう付け足した。



「貴方が悪いのよ。 その子、貴方のことを聞きに来たの」

「!? この子の言葉が分かるのか!?」

「私だけよ? やめてね、そうやってすぐ私の魔法をあてにしようとするの。 結構魔力がいるから私しか使えないわ」




 そう言うと、王子は落胆したような顔をしたが、すぐに気を取り直したように口を開く。



「……それで、俺のことを聞きに来たってどういう意味なんだ?」

「貴方が浮かない顔をしているのを見ているのが辛いそうよ。 その根源が何か、気になっているみたい」

「……そうなのか?」




 王子は私の顔を見て、「すまない」とそういうと、ゆっくりと頭を撫でてくれた。

 その手が気持ちよくてスリ、と腕に頰を寄せれば、「かわいいな」と微笑みながらいうエヴァン王子。



「……無事にその子を気に入ってくれたようで何よりだけど、なんだかただのバカップルを見ているようでちょっとうざくなってきたわ。 そういうのは他所でやって頂戴」



 とオフィーリア様は呆れたように言い、気がつけば王子と私は城の部屋……エヴァン王子の部屋のベッドに座っていた。




 驚いて二人で顔を見合わせ、王子は笑い出した。




「あはははは、面白いな」

「にゃーー(ふふふ)」




 私達は暫くベッドに大の字になって一頻り笑った後、王子は私を見て頬杖をついて、私の頭を撫でながら言った。



「……何でもお前にはお見通しなんだな。 まさか、俺が寂しそう、なんて言われるとは思わなかった」

「……にゃ(……ごめんなさい)」



 少し目を落としてそういえば、「気にしなくていい」と少し笑って見せてからいう。



「……少し、昔話をしようか」





 そう言って、王子はポツリポツリと、自分の生い立ちを語り始めるのだった。

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