第四話 回想、幼馴染との邂逅
時はアレスが魔王を討つ十年前に遡る。
舞台は緑に囲まれた小さな村。
村の周囲は全てを隔絶する森林が広がる。
唯一、整備された山道は馬車一つが通るので精一杯の狭い道。
村人達は村の外れに切り拓いた農地で生計を立てていた。
この村は最寄りの町へ行くのにも半日かけて馬車を走らせなければならない。
村へ訪れようとする人間など定期的に訪れる行商人くらいだろう。
広場では幼年期を抜け出したばかりの少年が蹲り、ジッと動かずにいた。
少年は後に伝説の勇者となるアレス・カナンその人。
肌は不健康と思えるほど白く、背丈は同年代の少年達よりも一回りは小さい。
十分に肉がついておらず、骨が垣間見える痩せ細った矮躯。
その弱々しさから近所の子供達は彼を虐めの標的にした。
加えてアレスにとって不運だったのは、彼が両親に捨てられた孤児であることだ。
村人にとってアレスはよそ者が身勝手に寄越した厄介な置き土産。
彼を庇護する者は一人としておらず、彼は何時も一人だった。
皆がアレスを厄介な存在だと揶揄する中で同年代の少女だけが彼に興味を抱いていた。
少女の名前はイリス・カナン。
少女は色に一点の濁りがない純粋な銀髪を後ろで束ねている。
目鼻立ちがくっきりとしており、何れも一点の欠点がない完璧な造形。
(なんで彼はやり返そうとしないのだろう)
彼への仕打ちは明らかに理不尽なものだった。
存在するだけで彼は攻撃を受けてきた。
「どうして、やり返そうとしないの?」
イリスは自らの疑問を解消するため、彼に質問を投げかけた。
彼女は少年の表情を見ようと覗き込むが、少年は顔を上げる気配がない。
「他の人をこんなに苦しい気持ちにしたくない」
「傷つけた人は傷つけられる権利があると思うわ。
そうじゃなきゃ攻撃された側は救われないじゃない」
イリスが目を伏せ、辛そうな顔を浮かべる。
彼女の両親は村を襲ったモンスター達に惨殺された。
だから、彼女はモンスターを憎み、剣士として鍛錬に励んできた。
「それでもダメなんだ。
嫌なことを他人に押し付けちゃ駄目だ」
彼の言葉はどれも本心から湧き出てきたもの。
それを理解したイリスは彼の肩に手を置いた。
「君は強いんだね」
少女の優し気な言葉にアレスが顔を上げた。
少年の瞳は今の今まで涙を流していたのか、赤らんでいる。
「私と、遊ばない?」
イリスは爛漫とした笑顔をアレスに向けた。
「僕と一緒にいれば君も虐められるよ?」
初めて向けられた笑顔に少年は戸惑い、想ってもいないことを口にしてしまう。
「私の名前はイリス・カナン。
あいつらに私を虐める度胸なんてないわ」
イリスは胸に掌を置き、意思の宿った瞳をアレスに向ける。
「どうして僕を気に掛けてくれるの?」
「君の優しさに胸を打たれたから、君と一緒にいたいと想った。
だから、君も立ち上がりなさい。
此処に座っていたら、私の家に案内できないじゃない」
蹲る少年に対して、少女から手が差し伸べられる。
少年は少女の手を取り、立ち上がった。
「君の手って温かいね」
少年が初めて感じた人の温もりだった。