鷹を殺した狩人
童話風。
昔々あるところに、一羽の鷹がいました。
棲んでいるのは広い広い森の奥。
その森には、たくさんの動物や植物が生きておりました。
その鷹は体が大きく、爪が鋭く、嘴も器用で、空舞う姿は風のよう。
そして頭も良かったので、とても狩りが上手でした。
たくさんたくさん狩りをして、たくさんたくさん獲物を食べました。
すると、鷹の体は更に大きく、爪や嘴は更に頑丈に、空飛ぶ姿はまるで風を従える王様のようになったのでした。
そして、鷹が狩りをする度、鷹の森は少しずつ小さく、生き物は少なくなっていきました。
困ったのは、その森の近くで暮らしていた人間たちでした。
「鷹さん鷹さん、この森で狩りをするのは止めてくれませんか。あなたの狩りが上手すぎて、このままでは生き物がいなくなってしまうのです」
森から一番近い村の狩人が、一人でやってきて声をかけました。
──なぜ、お前の頼みを聞かねばならぬ。
鷹は居丈高に鳴きました。
この森で一番強いのは鷹でした。
見るからにその人間はたおやかで、自分に敵いそうにありません。
その肉は柔らかそうで、耳のひとつでも喰いちぎってやれば、恐れ戦いて逃げるだろうと思いました。
「生き物がいなくなれば、この森が死んでしまう。そうなれば、あなたも棲む場所がなくなってしまうではありませんか」
──そんなもの、ただ別の森に移れば良いだけのこと。
鷹はおかしくて嗤いました。
鷹はどこの森に行ったって、きっと誰より上手く狩りができるのです。
そこの獲物がいなくなれば、また別の森へ。
そうすれば、何も困ることなどないと鷹は思いました。
「……そうですか。では、あなたを見逃すことはできませんね」
狩人は、悲しそうに首を振ると、きりりと弓に矢を番え、鏃を鷹に向けました。
鷹はもう一度嗤いました。
鷹が留まっているのは高い高い木の枝の上。
狩人がどんなに力持ちでも、人間の力ではここまで矢が届くはずがありません。
──しかし。
狩人の放った矢は、ひゅるりと風を纏って、あっという間に鷹の翼を貫いたのです。
どさり、と地に落ちた鷹は最初、きょとんと目を丸くしました。
動かない体の周りにじわじわと広がっていく赤が、初めて見る自分の血だとわかり驚いたのです。
そして、かさりかさりと落葉を踏み近付いてくる狩人の足音に、自分の置かれた状況を理解して恐怖しました。
弱そうな人間だと、油断しなければよかった。
狩人の言葉に、耳を傾ければよかった。
それ以前に、もう少し、他の生き物のことを考えてやれば──
がさり。
目の前に狩人のブーツが映り、果てしない後悔の中、鷹は獲物になる気分を知りました。
恐怖と痛みで踠くことすらできない鷹を、狩人の柔らかな手が優しく抱き上げました。
恐る恐る見上げた狩人は、ばつの悪そうな顔で笑うと、鷹を抱いたまま歩き始めました。
「鷹さん、その怪我が治るまで、私の家で暮らしませんか?」
狩人は、そのとき、鷹を殺しませんでした。
それから、鷹は狩人の家に住むことになりました。
矢で貫かれた翼は、草の匂いのする緑色のねばねばを塗られて臭いし、白い布でぐるぐるときつく覆われて窮屈でした。
狩人は毎日、朝と夕にごはんをくれました。
それは明時に鳴く鳥の肉であったり、川のせせらぎに飛び跳ねる魚であったり、森で採れる果物を干からびさせたものだったりしました。
狩人の狩りに付いていくこともありました。
狩人の弓の腕は確かなもので、狙ったものは百発百中。
「もしどうしても矢が届かないほど遠くの獲物を狙わなければならないときは、風の精霊が力を貸してくれるのだ」と、狩人は笑って言いました。
一羽だけで生きてきた今までとは全く異なる生活に、鷹はぱちくりと目を瞬かせます。
鹿や山猫すら仕留めてきた鷹は、森で暮らしていた頃はいつでもお腹いっぱいでしたが、狩人のごはんは量が少なくて、お腹いっぱいにはなりません。
しかしお腹ではない別のところがいっぱいになって、それはお腹がいっぱいになるより、とても幸せなことでした。
翼の傷が癒えて、一度森に戻ってからも、鷹は狩人の家を訪れました。
今まで小さいからと見向きもしなかった柔らかい兎の肉や、種ばかり大きくてすぐ潰れてしまう食べにくい果物や、人間が立ち入れないほど険しい崖に生える茸などを手土産に。
狩人と一緒に食べるごはんは、とても美味しかったから。
それから、鷹と狩人はたくさん同じ時間を過ごしました。
何度も一緒に狩りをしました。
何度も一緒にごはんを食べました。
狩人は同じ村の男と結ばれて、たくさんの子供に恵まれました。
鷹は子供たちに翼を引っ張られたり、頭を叩かれたりもしましたが、爪や嘴が子供たちを傷つけないよう注意を払いました。
不思議なことに、子供たちにされることは少しくらい痛くても、嫌な気持ちにはなりませんでした。
そして、狩人はいつしか年老いて、お別れの時がやってきました。
「鷹さん鷹さん、私の子孫たちをよろしくね」
夫に先立たれた後は女手ひとつで子供たちを育て上げ、その子供たちに見守られながら、狩人の心臓の音は少しずつ小さくなりました。
──なぜ、お前の頼みを聞かねばならぬ。
鷹は怒って言いました。
初めて会った時と同じ言葉でしたが、あの時とは異なって心の中には色んな想いがあり、それらがぐるぐると混ざって苦しいのです。
「ふふ、そう言いながら、結局はお願いを聞いてくれるのでしょう?」
狩人は最期に笑って、静かに息をしなくなって、そしてどんどん冷たくなっていきました。
子供たちが泣き崩れる中、狩人の髪飾りをひとつ、嘴にくわえると、鷹は窓から勢いよく外へと飛び出しました。
狩人の家から、風を纏って遠く遠く。
一緒に狩りをした森を超え、美味しい果物の採れる山を超え。
そして今度は、空を目指して高く高く。
その日の天気は雲ひとつない青空で、金色のお日様だけが浮かんでいます。
翼が耐えられる限界まで高く飛び上がると、鷹は髪飾りを大事に大事にくわえたまま、地面に向かって風を切り進みました。
そして、一度も翼を休めることなく羽ばたいて、そのまま地面にぶつかりました。
初めて会ったとき、狩人は、鷹を殺しませんでしたが、自分が死ぬ最期のとき、狩人は鷹を殺したのです。
大きな体はそのままに、こころだけをばらばらに壊して。
こうして、森を壊しかけるほどたくさんの生き物を殺し、人間たちに恐れられた大きな鷹は、森からいなくなったのでした。
めでたし、めでたし。