六月一日画伯の謎解き週案簿
ハートフルな謎解きを目指しました。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
今日は5月27日、火曜日。
グラウンドではたくさんの子供達がサッカーをしたり縄跳びをしたり、楽しそうに遊んでいる。週末に大雨が降ってグラウンドがぐちゃぐちゃになってしまったけど、大分その影響はなくなったみたい。昨日グラウンドに出るのをぐっと我慢していた分、皆走り回れるのが嬉しくて仕方がないって顔をしている。
そんな笑顔で駆け回る子供達を尻目に、あたし梓馬千秋は2人の幼馴染と一緒に、図工室でいつものように噂話に華を咲かせていた。
「ねぇ、聞いた?また人魂が出たんだって!それも1つや2つじゃないの!」
机の向こう側に座る2人、梶茉莉花と雅小路れもんに嬉々として話しかける。
「それより鯉のぼりの方が問題よ。何かのメッセージか、もしかしたら犯罪予告なのかも」
「お花が盗まれたのも心配ですねぇ。どこに行ってしまったんでしょう?」
大人っぽい茉莉花は冷静に、マイペースなれもんはのんびりと、それぞれ別の話題を返してきた。
確かにどっちの話題も気になるけど、人魂だって十分インパクトのある話じゃない。2人共もう少しくらい興味を持ってくれても良いのに。
茉莉花とれもんの反応に不満を抱きつつ噂話を続けていると、図工準備室からひょろっとした男の人が姿を見せた。スケッチブックと一緒に、表紙に『六月一日勉』と書かれた分厚いノートのような物を持っている。シューアンボ、って言うらしい。
「皆さん、よくこんな場所で毎日お喋りしてて飽きないですね」
のんびりとした口調であたし達に声を掛けると、黒板前の机へと向かっていき、「よいしょ」を声を出しながら椅子に腰掛けた。うーん、おじさんくさい。
「画伯は気にならないの?最近たくさん事件起こってるじゃない」
「ウサギさんも逃げてしまったらしいですし、本当に色々起こってるんですよぉ?」
「事件ですか。ううん、ちょっと聞いた覚えが…」
画伯は興味なさそうに答えると、そのまま机の上に広げたシューアンボに目を落とす。
信じられない!事件の事を知らないのもだけど、それに興味を示さないなんて!
「ダメだよ画伯!そんなんじゃ子供達との話題に付いていけないよ!」
立ち上がって3人で画伯の元に詰め寄るけど、画伯は「はぁ」と応えるだけで会話を終わらせてしまう。
「…画伯、やっぱり図工室に籠っているから情報が遅いのね」
「お話、出来ないんですかぁ」
茉莉花は可哀想に、と言わんばかりに大袈裟にため息を付いた。れもんも頬に手を当てて残念そうな表情を見せている。
「はぁ、そうなんでしょうか」
なのに、当の本人は全然実感が湧いてないみたいで、素っ気ない反応を返すばっかり。
もう、ただでさえ子供達から(きっと他の先生からも)変な先生だって思われてるのに、これ以上人と距離が出来ちゃったらどうするの。
「仕方ないなぁ。あたし達が教えてあげる!」
「そうね、何も知らないのは流石に可哀想だし」
「良いですねぇ。お話しましょう〜」
何も知らない画伯の為に、あたし達はこの松河小学校で最近起こっている『事件』を1つずつ教えてあげる事にした。
折角教えてあげるんだから、有り難く聞いてよね!
その1 盗まれたお花
これはれもんが言ってた話だね。正直1番事件っぽくないかも。
今6年生が総合の授業で色んなお花を育ててるんだけど、そのお花が幾つか盗まれたんだって。
これはあたしも見た事あるよ。プランターっていう横長の植木鉢の中でお花が1列に咲いてるんだけど、所々ぽっかりと不自然に穴が空いてるの。土ごと盗られてるみたい。
不思議は不思議だけど、よく分からないんだよね。お花が欲しいだけなら、ハサミとかで切っちゃった方が早いでしょ?土ごとだと手も汚れるだろうし。
その2 暗闇で光る人魂
あたしが1番気になってる事件、人魂。火の玉、って言っている人も居るかな。
ここ最近、暗くなった頃に校舎の周りで白っぽく光る人魂が目撃されてるらしいの。あたしは直接見た事はないけど、クラスにも見たって人が居たよ。
学校の周りは木が多くてちょっとした森みたいになってるから、そこで死んだ人の魂が学校で彷徨っているんじゃないかって。
丁度この週末にも見たって人が居たんだよ。しかも1つや2つじゃなくて、一気に6つくらい見たんだって!
怖いけど、ちょっぴりワクワクしてこない?
その3 ボロボロの鯉のぼり
これは茉莉花が気にしてた事件だね。
昨日の月曜日、飼育委員の子が木の上に大きな布が引っかかっているのを見つけたらしいの。職員室に居た先生に言って取ってもらったら、校舎の隅で出しっ放しになっていた古い鯉のぼりだったみたいで。でも、ただの鯉のぼりじゃないの。
お腹部分がハサミみたいな物で切られていて、しかも所々血みたいな赤い染みがあったんだって。
ちょっと不気味だよね。茉莉花が言うように何かの犯罪予告とかだったら…。
その4 逃げ出したウサギ
これも鯉のぼりを見つけた飼育委員の子が気付いた事で、学校で飼ってるリンちゃんっていうウサギが逃げ出したらしいの。
正確に言うとね、その子が飼育小屋に行った時はリンちゃんも居たんだけど、足の辺りが泥で汚れてたんだって。週末は嵐だったけど、飼育小屋の中に居たなら足だけ汚れてるのは変でしょ?
だからその子が見つける前、しかも泥で汚れてるって事は嵐が来た後、リンちゃんは一度脱走したに違いないって、飼育委員の子達は主張してるみたい。
でも、どうやって出て、どうやって戻ったか、それが不思議なんだよね。
最近話題になっている話だと、こんな所かな。改めて考えると、どれも中々謎に満ちたものばっかりだ。
「どう?画伯。少しは興味出た?」
期待を込めて画伯に更に詰め寄ると、困ったような笑顔が返ってきた。
「あんまり、ですかね」
「えー!どうしてどうして!」
「あまり怪現象のようなものに関心が持てなくて。折角話してくれたのに申し訳ないです」
何で関心が持てないの、って問い詰めたい思いもあったけど、あたしはぐっと我慢した。
申し訳ない、なんて言われちゃったらこれ以上強く言えないじゃない。あたし達だって5年生だもん、人が嫌な事をする程子供じゃない。
どう画伯に声を掛ければ良いのか分からなくて黙っていると、図工室の扉がコンコンと音を立てた。
図工室に、あたし達以外のお客さんなんて来るんだ…。
画伯がどうぞ、と声を掛けると、立て付けの悪い扉がガタガタと音を立てて開かれた。
「おや、北上先生。こんにちは」
中に入ってきたのは、一昨年この学校に来たばっかりの北上晶先生だった。確か、今は6年1組の担任の先生だったはず。美人な先生だなーって思ってたから、凄く印象に残ってる。
「こんにちは、六月一日先生。今、お時間大丈夫ですか?」
北上先生は申し訳なさそうな表情で画伯に尋ねる。そう言えば画伯って六月一日って変わった名前だったっけ。
先に話してたあたし達に遠慮してるんだと気付き、あたし達はすぐに目で会話して意見を合わせる。
折角美人で有名な北上先生が、こんなぼんやりした画伯の所に来てくれたんだもん。あたし達は邪魔しちゃダメだ!
あたし達は無言で頷き合うとさっと画伯の机から離れて、遠慮がちな先生を招き入れる。
「大丈夫です、先生。私達の話は終わったから、気にしないで下さい」
「そ、そう?じゃあ、お邪魔するね」
大人と話すのが得意な茉莉花が笑顔で答えると、北上先生はほっとした様子で画伯の元へ寄っていく。
何が起こるんだろうとワクワクしながら2人の様子を見ていると、先生が手に持っていた紙袋を画伯に差し出した。
「六月一日先生、この前はご助言ありがとうございました。これ、大したものではないのですが、良かったら受け取って下さい」
「あぁ、あの時の。少しは参考になりましたか?」
「えぇ、とても。…結局、子供達の意見もあって少し内容は変わってしまったのですが、とても参考になりました」
「そうですか。なら良かった。また何かあったらいつでも相談して下さい」
「はい、是非」
少し距離があったけど、大体2人の話は聞き取れた。要するに画伯が北上先生に何かアドバイスをして、そのお礼をしに図工室まで来てくれたみたい。
短く会話を交わして、北上先生はそのままさっさと図工室を出てしまった。
先生が出ていくのを確認し、あたし達は再び画伯の元に駆け寄る。
「画伯、北上先生にアドバイスしたって、何で?何を相談されたの?」
詰め寄るように尋ねると、画伯は机の棚の中からメモ用紙を取り出し、何かを書きながらではあるけど答えてくれた。
「北上先生のクラスの子が1人、転校してしまうそうなんです。それでクラスの子達と何かプレゼントを作って渡したかったらしくて、どういうものを作ったら良いかと相談を受けていたんですよ」
顔を上げる事なく何かを書き続ける画伯の姿を不満に思ったのか、茉莉花が少し強い口調で問いかける。
「本当にそれだけなの?それだけなら、わざわざ画伯に聞く必要ないじゃない」
「それは自分も不思議でしたが、北上先生が言うには『斬新なアイディアが欲しかった』らしいです。色紙とか千羽鶴とかではありきたりですからね」
成程、確かに斬新さを求めていたんだったら、変人で有名な画伯に聞くのも分かるかも。
すると、ずっと何かを考え込んでいたれもんが思い出したように声を上げた。
「北上先生のクラスで転校となると、もしかしてレアさんの事でしょうかぁ?」
6年1組のレアさん。
あたしも聞いた事がある。確か何年か前にフランスからやって来た転入生じゃなかったかな。
「えぇ、レア=ベルナールさん。ご両親の都合でフランスに帰る事になったそうです。本人もとても残念がっているらしくて、それで何か形に残るものを贈りたかったそうですよ」
そう言えば、先週のクラブ活動の時、バレークラブの子達が何か会をやっていた気がする。あたしはバスケクラブだから直接は参加していないけど、同じ体育館でやってたから印象に残ってる。泣いてる子も居たような…。
そっか、あれは転校しちゃうレアさんを送る会だったのかな。
「北上先生、優しいのね。…それで、画伯はどんなアドバイスをしたの?」
「折り紙の花束です」
「…『折り紙の花束』?」
予想外の答えに茉莉花は画伯の言葉を繰り返す。
あたしも同じ気持ちだ。おしゃれに気を使わない画伯が、折り紙の花束を提案するなんて信じられない。
「レアさんが花が好きだと聞きましたので。1人1輪でも折れば結構立派なものになりますからね。本物の花と違って色も自由に選べますし。北上先生の話だと、そのまま採用された訳ではないようですが」
ふぅん、折り紙で作る花束か…確かに色紙のメッセージよりもインパクトがあるし、千羽鶴よりはずっと楽に出来そう。
人と話してるのにずっと下を向いて何かを書いている失礼な画伯にしては、確かに良いアイディアだ。
キーンコーンカーンコーン――
珍しく画伯に関心していると、中休みの終わりを告げるベルが鳴った。もう教室へ戻らないと。
「じゃあね、画伯。また放課後遊びに来るから」
ささっと挨拶をして図工室を出ようとすると、画伯から「待って下さい」と声を掛けられた。画伯に呼び止められるなんて、これも珍しい事だ。
何だろう、と思って3人揃って振り返ると、画伯は3枚のメモ用紙を差し出した。1枚1枚別の内容が書き込まれている。もしかして、さっきから書いてたメモって、あたし達に渡すためだったの?
「3人にお願いしたい事があるんです。引き受けてもらえませんか?」
翌日の水曜日の放課後、あたし達は図工室に勢いよく入り、ランドセルを手近な机に置いて画伯の元へ駆け寄った。
「画伯、調べて来たよ!」
画伯に頼まれた『おつかい』の報告をするためだ。
「ありがとうございます。お1人ずつ聞かせて下さい」
「じゃああたしから!」
ポケットに入れておいたメモ用紙を取り出し、調べた事を報告する。
「まず、人魂の目撃者に話を聞いてきたよ。あたしのクラスの市川君と、3組の観月さん。6年生の笠間さん。あと4年生の神谷君に多野君」
少ないって思うかもしれないけど、これでも結構大変だった。
人魂の目撃情報はあっても、それを誰が見たのかまではいまいち分からなくて、地道に聞き込みして回ったんだから。
「十分な人数です。それで、どこで、何を見たと言っていました?」
「皆大体同じだったよ。場所は校舎裏の森の近くで、白っぽい光がこう、ふわっと浮いているのを見たんだって。あ、でも結構地面近くで浮いてるって声も多かったかも」
画伯は「成程」と頷きながら、クロッキー帳にメモしていく。今回はちゃんと聞いてくれているみたい。
「あと、鯉のぼりとかリンちゃんに気付いた、飼育委員の子にも話を聞いてきたよ。2組の根岸さんだった。7時半頃に餌やりに行って、まずリンちゃんの異変に気付いたらしくて、でもその時は餌やりだけして教室に行こうとしたんだって。で、その時に木の上に何か大きな布が引っかかってるのが見えた、って言ってた」
「飼育小屋は、そのウサギ以外には特に変わった事は無かったんですか?」
「画伯のメモに書いてあったから聞いたけど、分からないって。何となく物の位置が違う気もするけど、嵐で揺れただけかもって言ってた」
「…そうですか。ありがとうございます」
あたしが調査したのはここまで。後は2人の報告を聞かないと、だね。
「じゃあ、次は私ね。私は鯉のぼりを取った体育の新田先生に話を聞いてきたわ」
今度は茉莉花がポケットからリングメモを取り出して、パラパラとページをめくる。
茉莉花を先生への聞き込み担当にしたのは、画伯にしては良い判断だ。
「鯉のぼりがあったのは校舎裏、飼育小屋近くの木の上で間違いないみたい。3mくらいの高さにあったから、職員室の箒を使って取ったそうよ」
「木には登らなかったんですね」
「雨が降った後で滑りそうだから、登るのは諦めたみたい。その鯉のぼりの写真も撮らせてもらったわ」
茉莉花はスマホを取り出し、何枚かの写真を見せてくれた。色んな角度から、切り開かれた鯉のぼりが写っている。古い鯉のぼりって事は知ってたけど、端っこの方とかほつれちゃってるじゃない。
画伯とれもんと一緒に写真を見ている間も、茉莉花は説明を続けた。
「写真を見てもらえば分かるけど、本当にお腹の部分が切られてたわ。それに、赤い染みも確かに付いてた。大分色も薄かったし血とかじゃないと思うけど、雨に晒されてたみたいだから何とも言えないわね」
「裏部分にも泥は付いていましたか?」
スマホをスワイプして次々に写真を確認しながら、画伯は問いかける。
「付いてたわ。…絵柄のある表側よりも、汚れていた気がする」
茉莉花の自信なさそうな答えに、画伯はスマホを返しながらお礼を述べた。
「ありがとうございます、十分ですよ。後は、雅小路さんですね」
そして、一緒に画像を見るために隣にいたれもんに視線を移す。
「は〜い、じゃあ、れもんからも報告しますねぇ」
れもんもポケットからスマホを取り出し、何枚かの画像を見せてくれた。
…聞き込みを頼まれていないのが、何ともマイペースなれもんらしい。
「れもんはプランターのお花を調べてきましたよぉ。ちゃあんと、写真も撮ってきましたぁ」
今度はれもんのスマホを、画伯と茉莉花と覗き込む。プランターのアップの写真では、以前見たように土ごとぽっかり無くなっている様子がしっかり写っていた。
でも、こうして見ると思ったよりもその数は少ない。土ごと花が無くなっているのは一部のプランターだけみたいだった。
しかも、前は気付かなかったけど、プランターによっては植えられている花の種類が違ってた。全部の種類が分かるわけじゃないけど、流石にチューリップとパンジーの違いくらいは分かる。
「…ねぇ画伯、これって、」
何で違う花が植えられてるの?と聞きたかったけれど、画伯があまりに真剣な顔で写真を見ているから、あたしは思わず口をつぐんだ。
「プランターの数は数えられましたか?」
「はい〜プランターは99個ありましたよぉ。6年生全体が94人ですので、幾つか予備で育ててるんでしょうかぁ?」
数が合わないのはれもんが数え間違えたんじゃ…とは思ったけど、口にはしない。れもんも頑張って数えたんだもん、それを幼馴染みのあたしが否定しちゃダメだ。
「あたし達からの報告はこれで終わり、だね」
頼まれていた事を全て説明しきったあたし達は、画伯がいつも居る机の前で画伯の言葉を待つ。
画伯は何かを考え込んでいるようで、クロッキー帳の上で鉛筆を動かしながらぶつぶつと呟いている。何か絵を書いているみたい。
「…どう?何か分かった?」
邪魔にならないように問いかけてみるけど、何も答えは返ってこない。こうなった画伯は、絵を書き終えるまで反応しない。いやって程、知ってるんだから。
仕方なく画伯の絵が完成するのをぼーっとしながら待っていると、10分程経った後に画伯が「そうか」と声を上げた。
絵も完成したみたいなのでクロッキー帳を覗き込むけど、画伯の絵はいつも難しくてよく分からない。だからあたし達は画伯って呼んでるんだけど、何を書いているのかすら分からないのはちょっと悔しかった。
「画伯、何か分かったの?」
再び問いかけると、画伯は少しだけ眉を下げて「ごめんなさい」と答えた。
「今は、何も言えません。少し確認が必要です」
画伯はそう言うと立ち上がり、クロッキー帳を持って図工準備室へと向かう。あたし達との会話はこれで終わり、という事らしい。
「え、ちょっと、画伯?」
「お話は終わりなんですかぁ?」
茉莉花やれもんが声をかけても画伯は振り返る事もなく、準備室の扉を開けた。本当に、これ以上は『何も言えない』って事なの?
「画伯、何か分かったんだったら、ヒントくらい…!」
「ごめんなさい。今は何も」
慌てて声を掛けたけど、画伯は同じ言葉で謝るばかりで、そのまま準備室に消えてしまった。
報告するだけして放ったらかしにされてしまった私達は、それぞれ戸惑いながら顔を見合わせた。
もう、どういう事なの…!
結局、特に何も進展の無いまま木曜日になってしまった。
画伯のメモに書いてあった事を調べてた時は、手応えもあって楽しかったのに、今は何だかすっきりしない気持ちだ。
「画伯、きっと何か分かったんだよね」
「だと思うけど。それなら何か言ってくれてもいいのに」
「昨日は結局報告しただけで終わってしまいましたもんねぇ」
中休みにいつものように図工室に向かいながら、あたし達は少し落ち込んでいた。
画伯が何も言ってくれなかった事もそうだけど、画伯の役に立てなかったのかもしれない事の方が悲しかった。画伯があたし達を頼ってくれたのにな…。
ぼんやりとした足取りで図工室への角を曲がろうとした時、誰かの話し声が聞こえた。
このもさっとした声は、画伯?
隠れるように壁に身を寄せて図工室の方を覗き見ると、細長い画伯の後ろ姿の向こうに小柄な影が見えた。
「あれ、北上先生?」
ついこの前図工室に来てたのに、また画伯に用事があったのかな?
…その割には、何だか北上先生の表情が暗い気がする。
「ねぇ、何を話しているのか聞こえる?」
「あんまり、ですねぇ。ちょっと距離もありますから」
「二人とも静かにっ。画伯が何か言ってる」
声を出さないように三人でお互いの口元を押さえていると、小さいけれども画伯達の話し声が聞こえてきた。
「自分は何も言いません。この後どうするのかは、先生に任せます」
「…すみません、ご迷惑をお掛けして…」
「いえ。先生の立場を考えれば、止められないのも無理はありませんよ」
「…そう、でしょうか」
「はい。先生のクラスは、良い子達ばかりで羨ましいです」
「…はい…私も、そう思います」
そう言うと、北上先生の目から涙がすーっと流れた。ハンカチで目元を拭う北上先生の肩に、画伯がポンと手を置く。
慰めているみたいだけど、何だかその様子がドラマのワンシーンのように見えた。2人だけの世界、というやつだ。
流石にここで出て行くのは空気が読めてなさすぎる…!
すぐにでも飛び出して「どういう事なの画伯!?」って聞きたい気持ちをぐっと我慢し、あたし達は行きとは打って変わって逃げるように教室へと戻った。
「どういう事なの画伯!?」
放課後、あたし達は教室の掃除が終わるやいなや図工室へ飛び込み、定位置でスケッチブックを広げていた画伯に詰め寄った。
「どうして北上先生泣いてたの?何を話してたの?」
「ちゃんと説明して下さいよぉ」
いきなり入ってきたあたし達に驚いたのか、画伯はしばらくぼうっとしていたけど、納得したように「あぁ」と声を上げた。
「そうか、中休みに皆さん来ないと思ったら、北上先生とのやり取りを見ていたんですね」
「あ、えっと…」
中休みの事は言い訳出来ない。咄嗟の事だったとは言え、盗み聞きしちゃったのは本当だから。
「そんな顔しないで下さい。別に怒っている訳じゃありませんよ」
画伯はそう言ってあたし達を慰めると、立ち上がって図工室の椅子を自分の机の前に並べた。そこに座りなさい、って事みたい。
「ちなみに、北上先生との話はどこまで聞いてたんですか?」
「そんなには。先生のクラスは良い子達ばっかりですね、って言ってたのは聞こえたわ」
茉莉花がそう答えると、画伯は「そうですか」と優しく微笑み、元の椅子に腰を下ろした。
「丁度良い機会です。皆さんにはお教えましょう」
「…北上先生とのお話の事を、ですかぁ?」
首を傾げれもんが尋ねると、画伯から思いもよらない答えが返ってきた。
「今回の事件の真相ですよ」
「まず皆さんにお伝えしておきたいのですが、今回調べて頂いた四つの噂、事件は、全部繋がっています」
突然の画伯の言葉に、あたし達は思わず顔を見合わせる。真相を教えてくれる気になった事も驚きだけど、全部繋がってる、って…。
「全部?全部って、人魂も、鯉のぼりも、リンちゃんも、お花も?」
「はい、全部です。実はこれらは、1つの目的を果たそうとして生じた副産物なんですよ」
フクサンブツ、の意味がよく分からなかったけど、目的が1つだって事は理解出来た。
「その目的、って何なの?」
ストレートに画伯に尋ねると、あっさりと答えが返ってきた。
「プランターのお花の入れ替えです」
「…え?」
あたし達は思わず揃って気の抜けた声を上げた。
プランターのお花の入れ替えって、お花は土ごと盗まれたじゃない。
「盗まれた訳じゃないんです。別のプランターに入れ替えようとしていたんですよ。ほら、雅小路さんが調べてくれたように、6年生が使っているはずなのに、その人数以上のプランターがあったでしょう」
そう言えば、プランターの数は6年生の人数より5個多かったんだよね。ただの予備とかじゃなくて、ちゃんと意味があったのか…。
「でも、校舎裏に空のプランターは無かったですよね。あれは、元々プランターに植えられていた花を移したからなんです。逆に、花が植えられていたプランターからは花が減り、まるで盗まれたように見えてしまったんです」
「じゃあ、お花の数自体は変わってないって事なんですかぁ?」
「そういう事ですね。数えてみれば確実ですよ」
数えるのはともかく、画伯の言葉には納得出来る。
新しいプランターに入れ替えてたのだとしたら、土ごとお花が無くなっていた事にも、1個のプランターに別の種類のお花が植えられていた事にも説明が付く。
「でも、何のためにお花を入れ替えたの?」
「それについては最後に説明します。次は人魂ですね」
画伯はそう言って棚の中から大きな懐中電灯を取り出し、机の上のボンと置いた。
質問に答えてくれなかったのは少し不満だったけど、それよりも画伯が人魂の話をすると言って懐中電灯を出したのが気になった。
まさか、とは思うけど。
「…もしかして、それが人魂の正体?」
「そうです。人魂とは懐中電灯の光の事だったんですよ」
恐る恐る聞くと、画伯はいつものように淡々と答えた。そんな訳ない!
「嘘!だって全然違うもん!」
思わず立ち上がって懐中電灯のスイッチを入れると、光が真上に伸び、天井を丸く照らし出した。
ほら、やっぱり人魂とは似ても似つかないじゃない!
「画伯、流石に無理があるわよ。どう見たって懐中電灯の光だもの」
「いくら遠くから見たとしても、間違えないような気がします〜」
茉莉花とれもんも、あたし程じゃないけど不満そうだ。懐中電灯が人魂だったら、あちこちで騒ぎになってるよ!
「そうですね、確かにこれだけだと人魂には見えません。では、これならどうでしょう」
画伯はあくまで穏やかにそう言うと、今度は水の入ったペットボトルを取り出した。飲むのかと思ったけど、天井を照らすように上向きに置いた懐中電灯の、更にその上にペットボトルを置いた。
すると、灯りでも付けたかのように、辺りが一段階明るくなった。ペットボトルがチカチカと光っている。
「ひ、人魂…!」
「これならそう見えるでしょう?」
目を丸くするあたし達の姿を、画伯は優しい表情で見つめている。
「水の中で光が乱反射するのを利用した簡易的なペットボトルライトです。今は分かりやすく懐中電灯を使っていますが、スマホのライトでも同じ事が出来ますよ」
光るペットボトルをぼうっと見つめていると、画伯は懐中電灯のスイッチを切って元の棚の中に閉まった。
「ここで問題です。先程、今回の目的は花の入れ替えだと言いましたが、このペットボトルライトは何に使われたのでしょう。では、梓馬さん」
「えっ、あたし!?」
急な出題に思わず声が上ずる。そんな、いきなり言われても…!
「落ち着いて考えれば分かる事です。人魂はいつ、どこで目撃されました?プランターがあるのは?」
ええと、人魂が目撃されたのは確か先週からで、場所は校舎の裏手、森の方。で、プランターがあるのも校舎の裏。
あれ、って事はもしかして…。
「人に見つからないよう遅い時間に、お花の入れ替えをしてて…その時手元が見えるように、明かり代わりにした?」
自分の考えを整理するようにゆっくり答えると、パチパチという小さな拍手が返ってきた。
「正解です。日中に行えばどうしても目立ってしまいますからね。見つからないようにするためには、遅い時間に入れ替えを進める必要があった。そこで活躍したのが、このペットボトルライトという訳です」
花の入れ替え、要するに土いじりをしてるんだもん、きっと片手にライトを持って作業なんて出来なかったはず。でも、このライトなら地面に置いても使えるから、確かに活躍したんだろうな。
「じゃあ土曜日に、沢山の人魂が目撃されたのは…」
「夜に嵐が来る事が分かっていましたからね。それだけの人数が集まっていたのでしょう」
たくさん人が集まっていたから、その分たくさんの人魂、じゃなくてペットボトルライトが目撃された、って訳ね。
それは分かる。でも…。
「嵐が来る前だから人がたくさん居た、ってどういう事?何をしていたの?」
人魂と人数の関係は分かったけど、そもそも何でそんなにたくさんの人が居たのかがピンと来ない。嵐が来るんだったら、普通は家から出ないでじっとしてるんじゃない?
まだまだ疑問だらけのあたし達に、画伯は変わらず優しい笑顔で応えてくれる。
「良い質問ですね。丁度良いですし、次に行きましょう。鯉のぼりの話です」
「…鯉のぼりが、嵐と関係あるの?」
鯉のぼりの話を一番気にしてた茉莉花が姿勢を正した。
画伯は一層目を細めて「その通りです」と茉莉花の問いを肯定する。
「花の入れ替えをしている最中、運悪く嵐が来る事が分かりました。あの嵐は結構急でしたよね。予報も前日くらいから出ていたはずです。花の入れ替えをしている最中だったんです、きっと慌てたでしょうね」
「プランターが飛んで行ってしまうから、ですかぁ?」
「そうですね。それもあるとは思います」
…何だろう、画伯にしては随分ハッキリしない答え方だ。
何か別の理由があったのか気になったけど、画伯はそのまま話を続けていく。
「理由はどうであれ、とにかく嵐から花を守らなければと思った事でしょう。では、そのために何をすれば良いと思いますか?これは、梶さんよりも雅小路さんの方が分かるかもしれません」
「れもんですかぁ?」
「雅小路さんの家ではたくさん植物を育てていますよね?天気が悪い時、どう対策していますか?」
「そうですねぇ…動かせるものであれば室内に移動させてますねぇ。後は添え木に紐で固定したりネットをかけたり、でしょうか」
れもんがいくつか家でやっている対策を挙げていく。画伯は聞きながら時折頷きを見せていた。
「花の入れ替えは隠れてやってる事ですから、プランターを室内に移動させる事は出来ませんよね。また、そんなに背の高い花ではありませんから、紐で固定するのも難しいでしょう。数も結構ありますからね。そうなると、何かを被せるのが1番簡単ですね?」
最後は問いかけるように画伯は茉莉花の方を見やった。あたしの時と同じ、これが茉莉花に対する問題、っていう事らしい。
茉莉花は俯いて黙り込んでしまったけど、すぐにハッと顔を上げた。珍しくテンションが上がっているみたい。
「そっか、だから鯉のぼりはお腹の部分が切られていたのね!1枚の布状にして、花に被せるために!」
「その通りです。何かシートの代わりになる物を探していた際に、たまたま仕舞い忘れていた鯉のぼりを見つけ、それを利用する事にしたのでしょう。四隅の部分が少し擦れていましたし、石か何かで押さえていたのだと思われます」
茉莉花が撮った鯉のぼりの写真を思い出す。そう言えば、端っこの方がボロボロになってたような気がする。
「でも、赤い染みは?ただ花に被せただけじゃ、染みなんて付かないわよね?」
少し落ち着きを取り戻したらしい茉莉花は、今度は冷静に画伯に尋ねる。
確かに、あの赤い染みについては今の説明じゃ納得出来ない。
「その赤い染みは、恐らく食紅です」
「ショクベニ?」
「食べ物とかに色を付けるものですよ。お菓子作りとかで使いませんか?」
「あ、使います〜。色んな色があってキレイですよねぇ」
そう言えば、前にれもんがカラフルなクッキーを作ってくれた事があった。あの時はそんなに気にしてなかったけど、あれは食紅というもので色を付けていたのか。
「その食紅を、何に使ってたの?」
「先程お伝えしたように、食紅は色を付けるためのものです。となれば、使い道は一つですよね?」
そう、一つしかない。『色を付けるため』に使った。でも何に?
これまでの話を聞く限り、どう考えても鯉のぼりじゃない。そうなると、もう答えは限られてくる。
「…花に、色を付けるため?」
恐る恐る考えを口にすると、画伯はニッコリと笑みを浮かべ、「正解です」と頷いた。
花に色を付けるって…自分で言っておいてなんだけど、何のためにそんな事を?
「以前から色を付けるため食紅水を塗っていたんでしょう。だから、それが嵐で取れないように鯉のぼりをかけた。そして、鯉のぼりに赤い染みが付いてしまい、それがまるで血のように見えた。これが真相です」
赤い染みが血じゃない事には安心したけど、新しい疑問が生じてしまった。花に色付けて、犯人は何をしたかったんだろう。
「最後に、飼育小屋のウサギの話ですね。これはとても簡単な話です」
あたし達の疑問に気付いていたんだろうけど、画伯はそのまま次の話へと移ってしまった。
「飼育小屋を開けた時にウサギが逃げ出してしまった。その時に泥が付いてしまった。でも、週明けに飼育委員が来る前に見つけて飼育小屋に戻した。実際に起こった事はこれだけです」
画伯は淡々と説明を続けていく。あたし達はすっかり画伯の雰囲気に呑まれてしまい、ただ黙ってその言葉を聞く事しか出来なかった。
「この話のポイントは、『ウサギが逃げたかどうか?』ではないんです。『ウサギが何故逃げたか?』それを考えれば自ずと繋がりが見えてきます」
ウサギのリンちゃんがどうして逃げたか、そんなのすぐには分からない。
でも、それがポイントって事は、飼われるのが嫌になったから、とかそういう理由じゃないんだろうな。
「これも非常に簡単で、飼育小屋の扉が開いていたから逃げた、ただそれだけなんです。重要なのは、」
「…どうして、扉が開いていたか?」
あたしと同じように黙って話を聞いていた茉莉花が、ポツリと呟く。
「そうです、どうして扉が開いていたのか。その答えは鯉のぼりにあります」
茉莉花の言葉を受けて、画伯はまた満足そうに笑顔を見せた。
「先程自分は嵐から花を守るために鯉のぼりを被せた、と言いました。でも、実際に鯉のぼりはどこで見つかりましたか?」
「校舎裏の木に、引っかかってたんだよね」
「そうです。恐らく風で吹き飛んでしまったのでしょう。かなり高い位置にあったため、職員室の箒を使ったという話でしたね。きっと花の入れ替えを行った人物も、同じように取ろうとしたでしょう」
その理由はあたしにも分かる。鯉のぼりが見つかったら、花の入れ替えをしている事に気付く人が居るかもしれない。それに、仕舞ってなかったとは言え学校のものを勝手に使ってるんだもん、見つかりたくはないはずだ。
「木に引っかかってしまった鯉のぼりを取ろうとして、飼育小屋の扉を開けた。さぁ、何故だと思いますか?」
「…もしかして、箒ですかぁ?」
れもんが首をひねりながら答えた。飼育委員が箒で掃除している所ならあたしも見た事がある。
「そう、花の入れ替えを行った人物も、長いものを手に鯉のぼりを取ろうとしたのです。ただ、飼育小屋にある箒は子供用です、鯉のぼりを取るには長さが足りなかったのでしょう。体育倉庫や教室の箒だったら違ったかもしれませんが、鍵がないと入れないですからね。そして鯉のぼりは見つかってしまい、今のように騒ぎになっている、という訳です」
飼育小屋の鍵は数字を合わせるだけの簡単なものだ。先生とか、飼育委員とか、番号を知っている人なら誰でも出入り出来る。
結果的に飼育小屋の扉は開かれて、同時にリンちゃんも逃げ出した…。
「さぁ、これで全てが繋がりました。まだ明らかになっていないのは、『誰が』そして『何のために』花の入れ替えをしたか、この点のみです」
「もうヒントは揃っています。後はそれを組み立てていけば、答えは見えてきます」
そうだ、もうほとんどの謎は解かれてる。後はそれを整理していけば良い。
たくさんの人魂、じゃなくてペットボトルライトが目撃されたんだから、犯人は1人じゃない。複数犯だ。
それに、きっと犯人は何か理由があって急いでいたんだと思う。何のためにお花を入れ替えたのかは分からないけど、入れ替えるよりも一から育てた方が目立たなかったはずだもん。種からじゃなくても、育っているものを買ってくる事も出来たはず。
「犯人、は…」
そうだ、それにまだ全部が繋がった訳じゃない。
北上先生はどうして泣いていたの?クラスの子達を褒められて、嬉しくて泣いた?そんな訳ない。何か別の理由があるはずだ。
「犯人は、北上先生…」
ポツリと口に出した瞬間、画伯達の会話に出てきた「止められなかった」という言葉が思い出された。
ピースが、ピタリとはまった気がした。
「ううん、北上先生が担任している、6年1組の皆、だよね」
「6年1組の…?」
「多分北上先生は知ってるだけだよね。先生が関わってたら、勝手に飼育小屋に入ったり、鯉のぼりを切ったりしなかったんじゃないかな」
茉莉花とれもんが不思議そうな顔であたしの方を見ている。ただ1人、画伯だけは優しく笑みを浮かべたまま、あたしに問いかけた。
「6年1組の皆さんは、どうして花の入れ替えを行ったのでしょう?」
「…何をしたかったのは分かんないけど。きっかけは、レアさんの転校だよね?」
クラブ活動の時に見かけた金髪の女の子の姿が思い出された。クラブの子達だってあんなに悲しそうだったんだもん、きっとクラスの子達はもっと悲しかったはずだ。
「画伯言ってたよね。レアさんへのプレゼントとして、北上先生に折り紙の花束を提案したって。でも、先生は少し内容が変わったって言ってた。多分、折り紙じゃなくて、本物のお花をプレゼントにしようとしたんじゃないかな」
「え、でも実際にしたのは花の入れ替えでしょう?それじゃあプレゼントとは言えないんじゃ…」
「いえいえ、花は直接贈らなくてもプレゼントになり得ますよ」
茉莉花の疑問には、画伯が答えてくれた。
「フラワーアート、と言うのが一般的でしょうか。花の色を画材として、絵や模様を描くんです。花そのものの美しさよりも、絵画的な美しさを楽しむアートですね」
テレビとかで見た事がある。色んな色の花が咲いてて、少し離れてみると1つの絵になってた。
確かにあのキレイな光景をプレゼントされたら、あたしだったら絶対嬉しい。
「成程〜、何かを描こうと色を揃えるために、花の入れ替えをしたんですねぇ」
「はい、その通りです。パンジーもチューリップも、ただ植えるだけでは色はバラバラになってしまいますからね。1つのプランターの中で花の色を揃えるため、入れ替えをしていたのです」
れもんが撮ってくれた写真を思い出す。言われてみれば、プランターの中の花は種類は別々だったけど、色だけはそれなりに揃っていた。
そっか、食紅を使ったのは、色をきちんと揃えようとしたから…。
「後は、プランターの花で何を描こうとしていたのか、だよね?」
本当に、これが最後の謎だ。
期待を込めて画伯を見つめると、意外な言葉が返ってきた。
「はい。ただそれは…今お答えするのはやめておきましょう」
思わず肩の力が抜けてしまった。ここまで来て、最後だけ教えてくれないなんて…。
「是非今日1日、考えてみて下さい。明日には答えが分かるでしょうから」
画伯はそれ以上の事は言ってくれなかった。言葉通り、あたし達に最後の謎を考えて欲しい、という事みたい。
こうして、あたし達だけが参加した画伯の謎解きは終わった。
翌日、金曜日の中休み。
いつものように図工室へ向かっていると、校舎裏にたくさんの生徒が集まっているのが見えた。
少し離れて北上先生の姿もある。
人だかりの中心には見覚えのある金髪の女の子が居た。泣きながらも満面の笑みを浮かべて、周りの子達に抱きついている。
周りの子達もよく見たら目元を拭って涙を流しているようだ。
そっか、今日はレアさんの…。
「だから、それを見せようとしたんだね」
プランターの花は赤、白、青の3色に分かれていて、それぞれが2列ずつ並べられていた。
フラワーアートと言うには、花の種類が揃ってない分、形もいびつだし色もまばらだけど。
けど、きっとレアさんの目には、キレイな母国の国旗に見えたに違いない。