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その日、前途有望たる天才青年、二宮卓也は人生最大、いや、最低のドン底にいた。
社会に出る日を一日でも先送りするために入った下らない専門学校に通うのは青春の浪費だと賢明にも悟った俺は、親の仕送りで維持しているアパートおよびネット環境下でリア充なんて糞食らえ! と、セカイの中心で叫びつつ、さりとて胃袋を満たさねば人としての尊厳は保てないわけで、仕方なしに体重百キロには届こうかという人間ATM、もとい自称カノジョに連絡とって、俺の人生の貴重な時間をわざわざ割いて、昼飯をおごらせてやろうと街へ繰り出したわけだ。俺のようなイケメンとファミレス入って、、私、この人と付き合ってるんだからねアピールできればメシ代持ちでもおつりがくると思うのだが、ごめんなさい。私、もう貴方に渡せるお金がないのときたもんだ。金をケチって大魚を逃がすとは先見の明のない女だ。まあ、俺としてもあんな女と歩くのは激しい自己嫌悪に陥るので願ったりだけどな。
しかし腹が減っては戦はできぬ。俺はめげずに専門学校に無駄と知りつつ通う社会の豚共に片っ端からメールした。が、返事はみな、生温かいものばかりであった。
二宮青年は窮した。ついでに財布の中身もレッドゾーンに入った。親にエマージェンシーを送るのはふた月に一度と決めている俺にはもうこの手も使えなかった。それでなくても今月の支払い自体がヤバイ。今までなんとか凌いでいたが、今回はさすがに無理かもしれない。待ってくださいなどと言おうものならたちまちブラックリストに名前が載って、要注意人物としてマークされてしまいそうだ。今まで大事に守ってきた純潔をムリヤリ奪われるような激しい嫌悪を抱いた俺は精神のどこかが麻痺していたのであろう。腹も減ってたしな。
「アンケートお願いしまーす」
天使の声のように聞こえた。ついでにその子も天使のように可愛かった。こんな子がカノジョになってくれれば、俺も憧れのリア充の仲間入りかな、などと考えつつ、行動せねば結果は出せよう筈もない。俺は彼女からアンケート用紙を受け取り記憶にも残らないようなつまらぬ質問の解答欄を埋めていった。
「有難うございまーす。粗品ですが、よかったらどうぞー」
それよりも、君の営業用じゃない方のスマイルの方がいいかな、などとありがちな台詞が頭を過ったが、ポケットティッシュの魅力も抗い難いものがあった。
「もしよろしれば、アチラの建物で行ってるアンケートにもご協力お願いできませんかあ。ドリンクとドーナツのサービスもありまーす」