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悪いな。おもしろい映像にならなくて。俺は再び札束に目をやる。律儀に数えたわけではないが、この厚み、重み。たぶん百万円だ。帯でまとめてあるし。すげえ。
それにしても俺みたいな素人に、ツカミでいきなり百万円をポンと渡すか? 下請けハンパねー。てゆーか二択ヤベー。財布とスマホ、取り上げられてもお釣りがくるジャン。この調子で二択をクリアしていきゃウン百、いや、ウン千、下手すりゃ億、いや、まてまて。最初に見せ金掴ませといて、最後に没収てオチはバラエティの鉄板。一般参加者が奈落に落ちる様を茶の間に届けるのがメディアの使命ではないか。と、なると、俺は早くもテキの術中に嵌ったのか? 冷静さを取り戻すと自分のサービス精神を軽く呪った。
俺はもう一方の青の箱に目をやる。
もし、俺が市民の代表でも気取って馬鹿正直に青の箱を開けたらどうなったのだろう。その中には俺のスマホと財布があって、スタッフが出てきて、はい、お帰りはこちらとなったのだろうか。正直、そっちの方がまだよかった気がする。まあ、百万円を取り損ねた男として電波に乗るのは避けたいところだ。俺は急に青い箱の中身が気になった。それとなく辺りの気配を探る。わざとらしく靴紐を直すフリをして机の下も窺う。隠しカメラはないようだ。札束をポケットに詰め込む。
木々がざわめく音だけが聞こえる。俺はついに不審者のように辺りをきょろきょろと見回し、青い箱の蓋に手をかけた。まさか爆発なんてしないよな。
箱に手を掛けたまま逡巡すること数十秒。意を決し、えいやっ、と、蓋を開けた。すると中には二つに折られたコピー用紙があるだけだった。なんだ。やっぱりこっちがハズレだったんだ。心配して損した。
俺はコピー用紙を手にとって開いた。
『おめでとうございます。見事、賞金をゲットしたようですね。でも貴方、両方の箱を開けちゃいましたね。ズルはいけませんよ。でもご安心下さい。これはまだチュートリアル。ルール違反をしたからといっても、いきなり失格にはなりませんから。とりあえず、1ペナとして記録しておきますね。あまりペナルティが溜まると、せっかくの賞金もなくなっちゃうのでご注意を。では、引き続きがんばって下さい』
用紙を持つ手が小刻みに震える。背筋に悪寒が走る。やはり向こうはこちらを見ているのか? いや、そもそも俺が赤を先に開け、そのあと青も開けると読んでいたのか? なにかのテレビ番組で見たことがある。人間や動物の行動は行動学とかメンタリズムだかで、ある程度読めるし、操ることも可能だって。では、俺がとった行動はすべて予定通り? 俺が青を先に開けることはありえなかった? 赤を開けて百万円を手にした奴は欲をかいて青も開けるってことか? いや、俺は欲をかいたわけじゃない。気になっただけだ。そう、自分に言い訳したが、結果は同じことなのですぐに考えるのをやめた。偶然にきまってる。とても嫌な気持ちになった。金を手にしたのに、青も開けたことをひどく後悔した。このゲームを仕組んだ奴は、俺をこんな嫌な気分にして楽しんでやがるんだ。どうしようもない変態だ。
俺は道を塞ぐ机をどけ、前へと進んだ。