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第九十七話 黒き鮫

 ボク達は何だか大事な話しがあるっぽい二人を残し、さっきまでいた部屋から廊下へと出ていた。


「まったく、なんでアタシがいちゃ駄目なんすかね……」


 ボクに引っ張られて伸びてしまった服の袖を触りながら、残念そうに呟くアメリア。

 その点についてはボクも同意だけど、正直アメリアが一緒にいたら深刻な話は出来ないとボクも思う。


「相棒ちゃんはそこんとこどう思ってるんすか?」

「ボクは別に」


 ご主人マスターに限って、ボクを疎む事は無いだろう。

 まあ、あっちの性格の悪そうな奴がどう思ってるかは分からないけど……


「っていうか、相棒って本名なんすか? 本名だとしたら変な名前っすね」


 ボクの答えを聞いていないのか、アメリアは続けざまに質問を投げ掛ける。


「ボクの話聞いてる……?」


 多少呆れながらも、ボクは僕の名前について説明した。

 本名の長ったらしい名前は好きじゃ無い事、ご主人がボクを相棒と呼んでくれることが嬉しいから、他人にもそう名乗っている事を。

 更に、ボクとご主人の間には深い絆がある事もちゃんと話しておいた。 


「なるほどー、カムロっちとボーちゃんは長い付き合いなんすね」


 懇切丁寧な説明にも、相変わらず分かっているのかいないのかさっぱりな返答が返ってくる。

 え、ちょっと待って、ボーちゃんってもしかして。


「……何その呼び方!?」

「可愛くないっすか?」


 きょとんとした顔で逆に問い掛けるアメリア。

 なんというか、悪人ではないのだろうけど、どうにも会話していると疲れてくる。    


「そういえば、アメリアとベルナルドの方はどうなのさ」


 気を取り直して、さっきからずっと気になっていたことを聞いてみた。


「どうって?」

「師匠って言ってるけど、具体的にどういう付き合いなの?」


 あの偏屈そうな中年男、わざわざ弟子を取るような性格には思えなかった。

 自分の研究にしか興味が無いって口ぶりだったし、家だってこんなに散らかしてる。

 アメリアは、なんであんな奴の弟子になったのだろう。


 ボクの質問を聞いて、アメリアは珍しく深く考えこむように顎に手を当ててから、ゆっくりと喋り出した。


「師匠は師匠っす、色々教えてくれて、この家だって師匠がいなかったら住めなかっただろうし」


 滔々と話す落ち着いた口調からは、さっきまでのお気楽さがすっかり去っているように思えた。


「アタシの父親、シガント・ネストスと師匠は同僚だったらしいんすよ」

「らしい?」


 ボクの言葉に、アメリアはふっと少しだけ笑みを見せた。


「仕事で忙しかったらしくて、お父さんはあんまり家に帰ってこなかったっすから、仕事の話も殆ど聞かなかったし」


 その時のことを思い出しているのか、アメリアは視線を宙に向ける


「で、家に置いてあった色んな本を読んで、アタシは科学に興味を持ったんすよ」


 一旦言葉を切り、表情が少しだけ深刻なものに変わる。  


「……アタシが八つの時、研究所の事故でお父さんが死んだって聞かされたんすよ。 いきなりの事で訳が分からなくて、暫くは何も手に付かなかったっすねぇ」


 深く息を吐き出すアメリア。

 突然の告白に、ボクは何を言っていいのか分からなくなる。 もしここにご主人がいれば、ボクには思い付かないような温かい言葉を掛けてあげられたのだろうけど。  

 すっかり黙ってしまったボクを気にしていないのか、アメリアの話しは続く。


「それからっす、師匠に出会ったのは」


 研究第一だった父に愛想を尽かし、母親は既に家から出て行ってしまっていたらしい。

 天涯孤独のみとなったアメリアを引き取ってくれたのが、あのベルナルドだったのだ。

 正直、あのベルナルドがそんな人だったとは思いもしなかった。

 

「師匠は何考えてるかわからないし、人として色々欠けてる部分もあるかもしれないっすけど、研究者としての実力と、研究にかける熱意は本物っすから」


 ベルナルドの事を話すアメリアの温かかい声で、その言葉が嘘でないとが伝わる。   


「まだまだ未熟っすけど、いつかはお父さんも師匠も越えるような、立派な科学者になりたいって、そう思ってるんすよ」

「お気楽な人だと思ってたけど、意外に色々考えてるんだね」

「どういう意味っすか!?」


 ボクの言葉にすごい勢いで突っ込みを入れ、一気にさっきまでのお気楽さに戻るアメリア。

 ご主人がいたら何て言うだろうか、人間は普段の態度を見ているだけでは内面まではさっぱり分かんない、とか言ったりするのかな。


「ん……?」


 と、不意にある事に気がついて、アメリアとの会話を中断した。


「なんすかー、まだ馬鹿にするんすかー」


 自分の真剣な話を適当に流されたと思っているのか、半目のアメリアは不機嫌さを隠そうともしない。


「そうじゃなくて、ご主人マスター達の声が聞こえなくない?」

「確かに、何も聞こえないっすね」


 ボク達が廊下に出てから、既に三十分程が経っていた。

 いつからかは分からないけど、さっきまで聞こえていた筈の部屋の音が、さっぱり聞き取れなくなっていたのだ。

 もう話しは終わったのだろうか、だったら、ボク達を呼びに来てもいいのに。


「ご主人、どうした……の?」


 呼び掛けながら扉を開ける、が、そこには誰の姿もなかった。

 簡素な机と、空になった椅子があるのみ。


「あれ、いないっすね」


 続いて部屋に入ってきたアメリアも、無人状態の部屋を見て不思議そうな声を上げる。


「何処に行って…… ねぇ、あれは?」


 部屋の中をさまよっていた視線が、あるものを見て一点に固定される。


「あの扉は……」


 ボク達が部屋を出る時には閉まっていた筈の、丁度ここから反対側にある扉が、開けっ放しになっていたのだ。 


                                            ※


 ベルナルドに案内された地下の港、そこで見たものは、この世界のそれとは全く異なる船。

 全長は3,40m程、黒々とした流線型の船体は、前世を含め今まで見たどの船とも違っている。

 甲板と呼べるものは存在しておらず、船よりもどちらかと言えば車や新幹線に近い印象を受ける。

 あえて例えるなら、大海を自由に泳ぐ魚。 それも、人を食らう凶暴な鮫だろうか。

 生命の息吹を感じない無機質な鋼鉄の体は、どこか寒々しい威圧感を放っていた。

 

「大陸近海に存在するという大渦、それを超える為に建造した、新型船です」


 言葉を失ったままの俺の反応を見て、満足そうな声で話し掛けるベルナルド。


「これ、一人で作ったのか?」


 いくら知識があったにせよ、これだけの物を一から作るのは並大抵の手間ではないだろう。

 それこそ、国家規模の取り組みが必要になるやもしれない。 


「基本構造は帝国にいた時から考えていましたから、まあ、材料を手に入れるのには少し苦労しましたが」


 だというのに、何でもないように答えるベルナルド。

 少しの苦労でどうにかなるものなのか……?


「名前はもう付けたのか?」

「まだ付けていません、これを操る者が名を付けるのが相応しいでしょうから」


 ということは、ベルナルドはこれに乗らないのだろうか。

 疑問に思うこちらを察したのか、ベルナルドは話を続ける。


「これで大渦を越え、新たなる大陸に辿り着いたとて、そこから先は全く未知の場所です」


 遺跡の情報にも、新大陸については何も書かれていなかったらしい。

 安全なのか危険なのか、そもそも新大陸があることすら未確定なのだ。 


「残念ながら、今の私の戦闘能力は微々たる物と言わざるを得ません。 未知なる脅威と相対して、生き残れる確立は低いと言わざるを得ないでしょう」


 帝国に所属していた時のように、人造召喚獣をいくらでも徴用出来るならともかく、一個人に戦力を用意するのは困難だと思えた。

 ベルナルド自体はただの学者なのだ、実際に生身の体で戦うのは不得手でも仕方がない。


「ですから、これを相応しいものに譲渡し、その方に新大陸を探索して頂こうと思ったのです。 誰に託すかは決めていませんでした、出来れば名のある武将の力を借りたい所だったのですが、それも無理でしょうし」


 現在指名手配中の身であるベルナルドには、外部に協力を求める事も出来なかったのだろう。


「……ですが、貴方になら」


 そう言って、船からこちらへ視線を向けるベルナルド。

 俺の戦闘力なら、例え全く未知の敵が相手でもどうにかなると踏んでいるのだろう。


 少なくとも今までの話に不審な所は無いし、嘘を言っているとも思えない。

 瑞勾陳の言葉が本当なら、この提案は願ってもない事だけど……


 俺が返答しようとした、その時。


「な、なんなんすかこれ!?」

「うわー、おっきい船ー」


 さっき俺達が降りてきた階段から、騒がしい声が響いた。

 振り向いたそこにいたのは、まんまるに目を見開いて驚く相棒とアメリアの姿。


「相棒!? アメリアも」


 恐らく俺達がいなくなっていたことに気付いて、後を追ってきたのだろう。


「あの扉は開けないように言っていた筈ですがね……」

「す、すみませんっす。 でも、気になっちゃって……」


 静かに窘めるベルナルドと、素直に頭を下げるアメリア。 


「ベルナルド」

「答えは決まりましたか?」


 こちらの呼び掛けに、ベルナルドがアメリアとの会話を打ち切ってこちらを向く。


「ご主人?」

 

 俄に高まった深刻な空気を感じ、不安気に問いかける相棒。

 安心させるように、その頭を優しく撫でる。


 ベルナルドは、じっと俺の言葉を待っている。

 暫しの沈黙の後、俺はゆっくりと口を開いた。 


「この船を、俺に預けてくれ」 

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