第九十六話 過去と今と
アメリア宅に泊まった次の日の朝。
居間で朝食を取ってから、向かいに座るベルナルドに話し掛ける。
「話したいことってのは何なんだ?」
「出来れば、余人を交えない方が良いのですが」
カップを持ちながら、視線を隣に向けるベルナルド。
「うーん、朝の1杯は堪らないっすねー!」
その先には、脳天気な表情のアメリアが。
確かに、これでは真面目な話など出来そうもない。
「相棒、頼む」
「しょうがないなぁ…」
「ちょ、なんなんすかー!? ていうかこの子見た目の割に力強……」
相棒に首根っこを捕まれたアメリアは、そのままずりずりと引き摺られていった。
「これで落ち着いて話ができます」
ベルナルドは静かにカップを置き、やれやれといった感じだ。
もう慣れたが、自分の弟子に対する扱いが少し辛辣じゃないだろうか。
「本題に入る前に、まずは礼を」
「あんたを倒さなかったのは別に」
ベルナルドであそこで命を奪わなかった事に恩義を感じているようだ。
けど、あれくらいで礼を言われるのは心苦しい。
哀れみを感じたわけではなく、単純に倒すべき敵ではないと思ったからだ。
「私が感謝の気持ちを持っているから礼を言うんです、貴方の気持ちは関係ありません」
こちらの答えを、身も蓋もない言葉で遮ったベルナルド。
そういう言い方は無いだろう、というか本当に礼を言う気があるのだろうか。
相変わらず無表情で、何を考えているのか全く分からない。
「にしても、ここで貴方に会うとは思っていませんでした、驚きましたよ」
全く予想だにしなかった再開だったから、こっちはかなり驚いた。 けど、ベルナルドは平然としていた気がする……
「何故皇帝が戦争を起こしたか知っていますか?」
と、不意にベルナルドが問い掛けてきた。
「大陸を全部手に入れたかったんだろ」
戦った時に本人がそう言っていた、大陸全土を帝国の支配下に収めると。
「では、何故大陸を全て手に入れようとしたんでしょうか」
続けざまに質問を投げ掛けるベルナルド。
確かに、理由について深く考えたことがなかった。 普通に考えれば、自身の欲や国家の反映のためだろうが、わざわざベルナルドが質問すると言う事は、そんなありきたりな理由じゃ無さそうだし。
待てよ、このタイミングで話題に出てくるということは。
「……もしかして、昨日の話が関係してるのか?」
ベルナルドが遺跡から導いた、この大陸の外にいるかもしれない存在。
まさか、皇帝はその事を知って。
「元々皇帝は、帝国領土に残されている遺跡に只ならぬ関心を抱いていました。 そして、この大陸の外に存在する何者かについて知ったのです」
何かを思い出すように、宙を見つめながら話すベルナルド。
どことなく、その顔は寂しげに見えた。
「遺跡に存在する数々の遺物を残した者と、この大陸に我らを閉じ込めた者が同じ存在だとすれば、彼らは凄まじい技術力を有していることになります」
何度も戦った人造召還獣の元になったのは、遺跡に遺されていた対召喚獣用兵器だった。
あれ程強力な兵器を作れるのなら、明らかにこの世界の水準とは異なった技術を持った存在なのだろう。
「その何者かに対向する為に、皇帝はこの大陸を一つに纏めようとした」
「大まかにはその通りです」
無表情で頷くベルナルドを前に、俺は少し考えこんでしまった。
だとしても、俺は皇帝がやったことを許せない。
もっと良いやり方が無かったのか、他の国と穏便に協力は出来なかったのか。
皇帝が死んでしまった今は、考えても仕方ないのだけれど。
「話したいことって、それか?」
「いえ、これはまだ前置きです」
椅子に座り直し、深刻な表情をしたベルナルドの雰囲気に押され、思わずこちらも姿勢を正す。
「私は皇帝の考えなど関係なく、ただ自身の好奇心を満たすためだけに研究を続けてきました」
それはなんとなく分かっていた。 人造召喚獣を駆ってこちらと戦う時のベルナルドは、心底楽しんでいるように感じられたから。
「今でもそれは変わっていません、しかし…… あの時の貴方の言葉で、少しは世の中の為に働いてみようと思ったのです」
――もし後ろめたく思っているのなら、これから世のため人のためにその頭脳を使うんだな――
確か、そんな風な事を言ったと記憶している。
ベルナルドが助言を素直に受け入れる性格には思えないが、あの時は俺に自身の兵器を破壊されて動揺していたのだろうか。
何にせよ、人の役に立ちたいというのは歓迎すべきだが。
「それで、新大陸の件をまた調べ始めたのか」
「あの子が勝手に発表してしまったのは予想外でした。 まあ、その後の反応は予想通りでしたが」
残念ながら今の世界の常識からして、新大陸説は余りにも突飛すぎる。
それはベルナルドも承知していたようで、自説が否定されたというのにあまり落胆した様子は見せていなかった。
「貴方は、どうするつもりですか?」
どうする? というのは、この事実を知ってどう行動するかという事だろう。
新大陸が本当に存在するのなら、俺は……
「もしこの大陸以外に人が住んでいる場所があるのなら、単純に行ってみたい」
帝国も共和国も既に行った、勿論大陸の全てを旅したわけでは無いが、どうせ行くなら全く未知の場所に行ってみたい。
「それが、悪意を持った存在なら?」
「今のまま、何もしなければそれでいい。 けど、もし皆に危害を加える用なことがあれば」
もう二度と、誰かが苦しんだり居なくなったりするのは嫌だった。
「……俺は、戦う」
たとえ誰が相手だろうと、悪意を持って人々の暮らしを脅かすものなら戦う。
少なくとも俺には、その為の力があるんだから。
「その答えを聞いて、安心しました」
と、不意に立ち上がり歩き出したベルナルドが、相棒たちが出て行った方とは別の扉を開けた。
「どこに行くんだ?」
「付いて来て下さい」
どうにも状況が把握できないが、ここは素直に付いて行ったほうが良いだろう。
流石に罠を張っているという事は無いだろうし。
「私がこの街を選んだのは、帝都から程遠く、私の存在を知るものが少ないからです」
廊下を歩きながら喋るベルナルド。
犯罪者扱いで手配されている身からすれば、顔を知られている場所には留まれないだろう。
ここは適度に田舎で、住民達もあまり帝都の出来事に興味は無さそうだった。
「しかし、それだけが理由ではありません」
廊下の突き当りの床には、下方向への扉が。
一見貯蔵庫にも見えるそれを開けると、先が暗さで見えなくなるほど長い階段が現れた。
この家にこんなものがあったとは。 少し驚きながらも、先を歩くベルナルドに遅れないように続く。
「私の目的を果たすためには、海に近い港町でなければならなかったのです」
明かりの殆無い階段を暫く降り続けると、潮の匂いが鼻につんと漂ってきた。
どうやら、ここは海へ直接続いているらしい。
「これは……!」
長い階段を抜け、開けた視界の先に見えたのは。
人目を避けるような暗い洞窟の中に作られた小さな港と、そこに浮かぶ黒い塊。
ここで使われている木造船とは全く異なる、金属で作られた船だった。