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第九十五話 不穏な気配

 古文書や各地に伝わる伝承から導き出されたのは、俺たちが暮らすこの大陸の周りに、外海への航海を不可能にする大渦が発生していると言う事。

 まるで、何者かが意図したように。


「我々をこの大陸から出したくない何者かがいるのなら、この大陸の外に、何か我々には知られたくないものがある筈です」

「それが、新大陸?」


 ベルナルドが提唱したのは、この大陸意外に知性を持った生物が存在する可能性。

 大陸の外へ出れないようにした者は、自分達の大陸がこの大陸によって侵略や略奪される事を恐れているのだろうか。


「あくまで仮説ですがね、本当に何があるのかを確かめるには、実際に大陸の外に出るしかない」


 出来る事ならいますぐ大陸の外へ出て確かめたいのだろう。

 話し終えたベルナルドの顔は、少し残念そうに見えた。   


「って、話してたらもう夕方じゃないっすか!」


 アメリアの言葉に窓の外を見れば、景色が茜色に染まっていた。

 遠くに見える海原に夕日が反射して、時折眩い光を放っている。


「ふむ……今夜はここに泊まっていかれては」


 と、何気なく突拍子も無い提案をするベルナルド。


「え?」

「ええっ!?」


 予想外の申し出に、俺だけでなくアメリアも驚く。


「話したい事もありますし、意外に広いんですよ、この家」


 こちらの驚きを他所に、飄々とした顔で続けるベルナルド。


「まあ、別にいいけど」


 別に宿を取っている訳でもないし、泊めてくれるというのなら断る理由も無かった。


「では、そういう事で」

「アタシの意見は無視っすか!?」


 一人抗議したアメリアの声は、誰に届くでもなく空しく響いていた。



                                   ※


「まったく、なんでボクがこんな事を……」


 不満を告げる相棒と一緒に、山積みになった本の塔を運ぶ。

 ベルナルドの提案で、アメリア宅に宿泊することになった俺達だった、が。

 アメリア曰く、 「泊まるって言うんなら、片付け手伝ってくださいっす」  ということなので、相棒と一緒に家の片付けをすることに。


「にしても、どうやったらこんなに散らかせるんだ」


 廊下や居間のみならず、家中には何十冊もの本が入り乱れていた。

 本以外にも、食器や等の日用品が無造作にあちこちに放置されている。

 それらを分類するだけでも、かなりの時間と労力を消費していた。

 この上収納と掃除まで済ませるとなると、一体どれだけ時間がかかるのか検討もつかない。


「カムロ殿、調査の件で……」


 と、目の前に一瞬風が巻き起こったと思った瞬間、軽装姿のスミレが、音も無く眼前に降り立っていた。

 実はこちらに発つ前に、ちょっとした調べ物を頼んでいたのだ。


「丁度良かった、スミレ! ちょっと手伝ってくれ」


 一仕事終えたところ悪いが、今は猫の手も借りたい状況だった。

 アメリアはあまり役に立たないし、ベルナルドは片付けが始まって早々に何処かへ消えてしまったし。

 スミレに手を貸してもらえば、もっと早く終わる筈。


「……はい?」

「そこそこ綺麗になったっすねーって、誰っすかその子!?」


 戸惑うスミレと、驚いたアメリアの声が交錯する。

 丁度こちらの様子を見に来た所のようだ。


「スミレと申す、宜しく」

「何だか良く分かんないっすけど、よろっす」


 互いに礼をし合い、そのまま片付けに入る二人。

 予想外の来客はあったものの、片付けそのものはどうにか進んでいた。    

 

「取り合えず、一段落かな」

「終わったー!」


 数時間かけて、何とか普通に生活できる程度に片付け終えた。

 外を見れば既に日はすっかり落ちており、真っ暗な闇の帳が下りていた。

 もう夕飯時を大分過ぎてしまったようで、気が付けば腹も随分と空いている。


「こう見えて料理は得意なんっすよ、ここは一つ、片付けのお礼に腕を振るうっすよ!}


 居間に戻った俺達に、上機嫌のアメリアから料理を振る舞ってくれるという申し出が。

 

「大丈夫なのか?」

「何言ってるんっすか、まあまあ座って座って」


 今までのアメリアの行動からして不安しか出てこないが、勢いに押されて席に着く。


「出来たっすよー!」


 数十分して運ばれてきたのは、ひき肉を野菜などと混ぜて焼いた、ハンバーグのようなドルゴーンという料理。

 それに続いて、サラダやパン等も運ばれてくる。


「意外に美味しい……?」


 ドルゴーンの程よく焼けた茶色の身は、混ぜる際に肉と具材をしっかりと練り込んであるのか、ほんの一口噛めば肉汁がたっぷり溢れ出してくる。

 薄い塩味の味付けも調度良く、ほんの少しだけ入れてあるスパイスが良いアクセントになっていた。 

 事前の予想とは違う結果に、戸惑いながらも食は進む。


「確かに、想像と違う味がする」


 相棒も同様に、この出来栄えには驚いたようだ。

 納得行かない表情をしたまま、どんどん食べ進めていく。


「どうにも納得いきませんが、何故か料理だけは得意なんですよね」


 と、いつの間にか席に着いていたベルナルドが、訳知り顔で解説していた。


「お前、手伝いもせずにどこいってたんだよ……」


 全く働いていないくせに食事だけありつこうとか、厚かましいにも程がある。 


「何で素直に褒めてくれないんすか!?」

「日頃の行いのせいです」

「師匠に言われたくないっすよ!」


 何時ものことなのか、慣れた様子で言い争いを始める二人。

 日頃の行いって、正直どっちもどっちなような気がするけど……

 そんな会話もありながら、この夜はそれなりに楽しく更けていった。

 

                            ※ 

 

 食事を終え、俺達はアメリアが案内してくれた部屋へ。

 大掃除の結果、無駄にガラクタが置いてあるだけの部屋が、こうして使えるようになっていた。

 満腹になったのか早々に眠り込んでしまった相棒を床に寝かせ、スミレと向かい合う。


「こっちに来たってことは、何か分かったのか?」


 スミレに頼んでいた事は、この所動きの無い仮面の集団についての調査。

 こちらを狙う素振りを見せていたのに、最近全く動きがない事が気になっていたのだ。


「それが……申し訳ない、何も」


 謝罪の言葉を述べ、頭を下げるスミレ。


「あれだけ派手に戦ってたら、嫌でも奴らの目に付く筈なんだが」


 召喚獣の世界で撃退した仮面の男は、エルフとドワーフ族を互いに反目させて争いを引き起こそうとしていた。

 その企みはどうにか阻止できたのだが、その件で更に俺は奴らに恨まれてしまった筈だ。

 共和国で一国の王なんていう目立つ立場にあったのなら、当然奴らの襲撃があって然るべきだった。

 しかし、奴等の襲撃は一度も無かった。


「それが、そもそも彼らの姿自体を見ることは出来なかった」

「いなくなったって事か?」


 サモニスのみならず、旧帝国や共和国でも奴らの姿は発見できず。 以前奴等がいた場所にも、何の痕跡も残されていなかったという。

 現在確認できた所では、奴らは全ての場所から蒸発するように消えていたのだ。


「諦めてくれた……って事は無いよな」

「恐らく」


 あの戦いで敗北した事によって、奴らの野暮そのものが綺麗さっぱり無くなったのならそれでいい。

 けれど、とてもそうとは思えなかった。 そもそも俺達は、奴らの考えの、ほんの一部分しか理解出来ていないのだ。


「助かった、引き続き頼めるか?」

「承知」


 頷き返したスミレの姿が次第に薄くなり、霧のように消えていった。


「また、何か起こるのか……」


 スミレが去った後の暗闇を見つめながら、一人呟く。

 これまで何度も修羅場を潜り抜けてきた経験が、心の何処かで警告を発している。

 まだ正確な事は何も分からない、それでも、言葉では表せない焦燥感を確かに感じていた。 

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