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第九十四話 海原の囲い

 新大陸について訪ねにアメリア博士の家へやって来た俺達が出会ったのは、ベルナルド・ミドキズだった。


「成程、あんたの代わりにアメリアが説を発表してた訳か」


 アメリアは新大陸なんてこの世界の常識からすれば大分突飛な説を思い付く様な性格には見えなかったが、ベルナルドなら納得だ。

 過去の遺物が発想の源に会ったにせよ、あれだけ奇妙奇天烈な人造召喚獣を造り出せる事からは、ベルナルドが常人と大分異なる思考回路をしていると察せる。


「私はもう表舞台には立てない身ですから」


 旧帝国体制崩壊後、ドルガス皇帝の一派は帝国から粗一掃されていた。

 ベルナルドが所長を務めていた研究所でも同様で、旧帝国派の研究員は全て解雇されていた筈だ。

 その中でもベルナルドは、合法非合法に関わらず自分の知識欲を満たす為だけに研究を続けていた悪質研究者として半ば犯罪者の様な扱いを受け、帝国全土に手配されていた。

 とても表舞台に出て研究を発表する事など不可能だろう。


「だからって、アメリアに押し付けなくても」

「そ、それは」


 当然の不満を告げたつもりだったのだが、何故か慌てた様子を見せるアメリア。


「元々発表するつもりなど無かったのですが、アメリアにどうしてもと言われてしまいましてね」

「凄い発見をすればアタシの知名度もちょっとは上がるかなー なんて……はは」


 冷静に答えるベルナルドとは対照的に、アメリアは首の後ろを掻いて照れる。


「自業自得じゃん……」

「うぐっ」


 呆れ顔の相棒の突っ込みが、言葉の短刀となってアメリアに突き刺さった、気がした。


「そんな事より!」


 と、急に大声を出して手を叩いたアメリア。

 空気を変えようとしたのだろうが、気不味い話題を逸らそうとしているのが丸分かりである。


「師匠と知り合いだったなんて、カムロさんも研究者なんすか?」

「いや、研究者ではないんだけど」


 予想していなかった問いに、少し驚く。

 そういえば、今の身分は公式的にはどうなるのだろうか? サモニスの軍人か、ただの召喚士か。 ちょっと前までは、一国の王だったんだよな。 


「じゃあ、どういうご縁で? アタシが言うのもあれですけど、師匠は積極的に人付き合いする性格じゃないし」


 眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせ、無邪気に続けるアメリア。


「えーと、なんていうか」


 純粋な好奇心で問いかけられ、返す言葉に詰まってしまう。

 何度も命を奪い合う戦いをした中、とは流石に言い出しにくい。


「一言で言えば、因縁……ですかね」

「まあ、そんな所かな」


 因縁か、言い得て妙だな。

 幾度と無く戦いを繰り広げた割に、何故か俺はベルナルドに対して憎しみを抱いてはいなかった。

 気取った言い方をするなら、好敵手のように感じていたのかもしれない。


「ふーん、何だか良く分かんないっすね!」


 納得したのかしていないのか、きょとんとした顔で頷くアメリア。

 自分から聞いておいて……と言葉に出さないがまた呆れ顔になる相棒。

 いつもの事なのか、ベルナルドは特に反応を見せていなかった。


「って、世間話をしに来たんじゃない」


 アメリアのせいで話がずれてしまったが、そもそもここに来た目的は全く果たされていない。


「新大陸、ですか?」

「ああ、聞かせて貰えるか?」


 流石と言うべきか、察しがいい。


「貴方には借りがありますからね、良いでしょう。 私が知っている事でよければ」


 鷹揚に頷いたベルナルドは、ゆっくりと机の前に腰を下ろした。


                                          ※ 


「人造召喚獣制作の為に遺跡を探索していた時、発見した古文書の中に気になる文章があったのですよ」


 古文書に書かれていた内容は、かつて世界は今の文明よりも遥かに栄えていたという事と、人間と召喚獣の間に戦いがあった事。

 ここまでは以前ベルナルドから聞かされていたが、それ以外にも興味深い事実が分かっていたという。  


「まず、この大陸から外に出た者が居ないことは知っていますよね?」

「ああ、船の性能がまだ長距離に耐えられないんだっけ」


 一般的に普及している木造船では、近海以外の航海はかなり厳しいと聞く。


「確かにそれもあります。 しかし、手前味噌ではありますが、近年船舶の性能向上は目覚しいものがあります」


 手前味噌というのは、特に帝国において科学技術が急激に発達していることを言っているのだろう。

 そう言えば、帝国軍の船はそこそこ近代的なものが多かったような。


「にも関わらず、たった一隻もこの大陸の外へ出た船が無いのは、不自然だとは思いませんか」

「何が言いたいんだ?」


 相変わらずというか、ベルナルドの話は中々核心が見えてこない。


「話は変わりますが、船乗りの間には、昔から伝わる伝承があるそうです」


 ここで話が変わるのかよ!? とは流石に口から出せずに、黙って頷く。

 こちらの苛立ちを知ってか知らずか、ベルナルドは飄々とした態度で話し出した。

 

 時期も分からない程昔から、帝国の船乗り達の間にはある伝説が受け継がれてきたらしい。

 かつてこの地を収めた王は凄まじい力で大陸全ての富と叡智を手に入れ、まだ誰も知らぬ新天地を新たな征服先として求めた。

 王は何十隻にも及ぶ大船団を組織し、遂に王の乗る船が未知なる大海原へと進み出でようとした、その時。

 突如海上に巻き起こった大渦によって、船団のほぼ全てが壊滅的な被害を受けたという。

 混乱の中で王も死亡し、生き残ったのは僅か数隻の船のみ。

 大陸の民はこの出来事を、人の領分を越えてしまった傲慢なる王に下された神の裁きだと解釈し、二度と外海へは乗り出さないことを誓った。

 という内容だ。


「詳しく確かめたわけではありませんが、これに似た伝承が、共和国にも存在しているそうです」


 あくまで伝説という扱いで、流石に本気で信じているものはそれ程いないが、未だに船乗りは外海に出る事に心理的な抵抗を感じるらしい。

 嘘か真かは不明だが、話に出てきた大渦を実際に目撃したとの話もあるとか。


「私が発見した古文書には、もう少しはっきりとした形で記されていました」


 ――この大陸の周りには激しい海流が隙間なく流れており、通常の方法では航行することは不可能だ、と。 

 

「つまり、船で大陸の外には出られないってことか?」

「恐らくは」


 成程、それなら今まで誰も外海に出られなかった事にも納得がいく。 

 でも、この大陸の周りを丁度良く大渦が囲むなんて、果たして有り得るのだろうか。  

 何か奇妙な違和感を感じるというか。


「しかし、自然にそんな事が起こり得るのでしょうか?」

「どういう意味っすか?」

 

 全く話に付いていけない様子のアメリアはさておき、どうやらベルナルドも同じことを考えていたらしい。

 自然に起こりえないのなら…… 


「まさか……!」


 ベルナルドは、こう言いたいのではないだろうか。

 船乗り達の伝承や古文書にある大渦。 それは、誰かが意図的に設けたものであり。

 まるで、この大陸から外へ誰も逃がさないようにする為の囲いだと。


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