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第九十三話 出会いと再会

 新大陸、という単語がある。

 そもそも俺達が暮らすこの大陸の事を、特に何とか大陸という定義で呼ぶ事は無かった。

 一応の名前は付いているものの、普通の住人は、俺達が暮らすこの場所の他に、世界が広がっている等と思ってすらいなかったからだ。

 海に出て漁や貿易する人々はいるが、船の性能からして航行距離は近海に限られ、新たに発見するにしてもせいぜい離れ小島程度が限界だった。

 前世の感覚で言えば、まだ地球が平らだと思っていた時代に近いだろう。

 しかしその中にも、未知なる新天地を求めて冒険を試みるものが少なからず存在した。

 帝国南部に位置する小さな港町、ヨーク。

 こことは違う別の大陸、つまり新大陸について唱えていたのは、ここに住む一人の学者だった。

 

 あの夜、瑞勾陳ずいこうじんから告げられた、新たな敵に関する情報。

 瑞勾陳の言葉が真実かどうか、それは分からない。 けど、今までのように後手後手に回るくらいなら、可能性が不明でもこっちから動いてみた方がいい。

 敵にいいようにやられて、何人もの人が死んでからでは遅いのだから。

 首になる覚悟で軍に長期休暇を申し込んだのだが、意外にあっさりと申請は通ってくれた。

 マキヤさん曰く、変に動かれるよりは休んでくれた方が都合がいいと思っているそうだ。

「隊長の立場が悪くならないように、私が色々手を打っておきますよ」 とは、これまたマキヤさんの言葉。

 そういう細かいことが苦手な身としては、本当に頭が下がる。

 

 秋口に入ったものの、まだまだ厳しい日差しがここヨークには照りつけている。

 海から吹き付ける風が多少は暑さを和らげてくれるものの、それはそれで磯臭さと塩のベタ付きが少しうっとうしかった。


「んで、この家がその学者さんの?」

「ああ……そうだと思うんだけど……」

 

 街の人に情報を聞いてやってきたのは、市街から少し外れた海岸沿いに建てられた一軒家。

 かなり古い家なのか、錆びついて赤茶けたままになった門は半分壊れていてその役割を果たしていない。

 外壁は伸び放題の蔦に覆われており、どこが窓でどこが壁かも分からない状態だった。


「にしても、人が住んでるとは思えないな」


 庭もほぼ手入れされていないようであり、掃除されていない落ち葉があちこちに積もっている。

 さしずめ、前世で見たホラー番組に出てきた幽霊屋敷と言った所だろうか。


「あ、開いてる」

「勝手に入っちゃ駄目だって」


 と、いつの間にか玄関に移動した相棒が、勝手に扉を開いていた。

 咎める間もなく中に入っていった相棒を追いかけて、そのまま家の中へ。


「うわぁ……」


 予想通りと言うべきか、屋内も外と同様に、いやそれ以上に荒れ放題といった様相を呈していた。

 狭い廊下は山積みされた本で一杯になっており、辛うじて人一人が通れる通路が確保してあるのみ。  

 当然明かりは確保されておらず、辛うじて窓らしきものから差し込む光で、どうにか進路が確認できるのみ。


「済みません、誰かいらっしゃいますか?」

「だれかー! いないのー?」


 本の塔を崩さないようにしながら、出来るだけ慎重に廊下を進む。 

 こちらの呼びかけに応える声はない、もしかすると、既に引っ越してしまった後なのだろうか。


 ……け…… 


 と、耳の奥に、何か微かな違和感が。


「ん?」

「どうしたの?」

「いや、今何か」


 …すけて……


 今度ははっきりと聞こえた、救助を求める誰かの声が。


「気のせいじゃない!」

「ちょ、ご主人マスター!?」


 戸惑う相棒を残し、急いである部屋の中へ飛び込んだ。

 本を倒さないようにしていたので、実際速度はそこまで出なかったが。

 

 入ったそこも、廊下と同様に本の塔に選挙されていた。

 と、数は多いが一応整えられた本の群れの中で、一角だけ均衡が崩れ、無造作に本が積み重なった場所が。


「相棒も手伝ってくれ!」

「もう、何なのさ!」


 本の群れを掻き分け、その下に埋まってあるものを掘り起こす。

 何だか分からない様子の相棒も、頬を尖らせながら手伝ってくれた。

 次第に本が無くなっていき、隠れていたものが浮かび上がってくる。


「し、死んでる……!?」


 それを見て、思わず声を上げる相棒。

 塊の下にいたのは、うつ伏せになった状態の人間。

 さっきから聞こえてきたのは、この人が救助を求める声だったのだ。


「大丈夫ですか?」

「い……生きてます」


 こちらの問いかけに答えた声、それは、か細い女性のもの。   

 彼女の名は、アメリア・ネストス。

 俺達が探していた、新大陸について唱えた学者その人だった。


                            ※


「いやー、助かったっす!」

 

 後頭部に手を当てて、照れた様子で笑うアメリア。

 余り外見を気にかけない性格らしく、大きなレンズの眼鏡を掛けている事以外は、赤茶けた髪はボサボサで服装もジャージや作務衣のような動きやすいものであり、その服ですら皺が目立っている。

 俺達は小さな机を囲み、本を避けてどうにか確保した場所に腰掛けていた。


「これ、さっきのお礼っす」


 と、アメリアが雑然とした室内を慣れた様子で進み、やけに黒黒として粘ついた飲み物をお礼と言って注いでくれた。

 流石に毒は入っていないと思うが、なんとなく飲みにくい。


「自分の本に潰されて死にかけるって……」

「はは、ほんと笑っちゃいますよねー」


 本の整理をしていたところ、誤って本の塔を一部倒してしまい、連鎖的に崩壊した本の雪崩が直撃したらしい。

 元々力のあるほうではないアメリアは本を押し退けることも出来ずに、そのまま数時間ほど埋まっていたとの事。

 家に誰かが入ってきた気配を感じ、僅かな望みをかけて俺に呼びかけていたそうだ。


 事の顛末を聞いて呆れ顔の相棒にも、全く意に介していない様子のアメリア。


「それで、アタシに何の御用っすか?」

「あ、ああ……新大陸の事についてなんだけど」

「えっ!?」

「え……?」


 本題を切り出した瞬間、周囲の空気が一変した。


「うう、反論異論ならもうお腹いっぱいっすよ…… もうあんな大それたこと言いませんから……」


 急に焦点の合わない目になって、ガタガタと体を震えさせるアメリア。

 どうやら、思い出したくもない記憶を呼び起こしてしまったらしい。


 新大陸の件について、学会等からかなり批判を受けている事は知っていた。

 知っていたが、ここまで大きな傷を負うようなことがあったとは。


「いや、別に間違ってるとか言いに来たんじゃないんだけど」

「そもそもあれを言い出したのはアタシじゃなくて、師匠なのにぃ……」


 師匠? 新大陸について考えだしたのは、アメリアではなくその師匠なのか?


 と、玄関の方向から物音がし、こちらへ向かってくる足音が。


「何やら騒がしいですが、来客ですか?」

「師匠! 師匠のせいでまたアタシに厄介事が!」


 膨れ顔でアメリアが呼びかけた人物が、おずおずと部屋に入ってくる。 


「お前は……!?」


 その人物を見て、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受ける。


「これはこれは、驚きました」


 サイズの合っていない白衣に、無造作な髪を荒れ放題にした中年の男。

 そして、青白い顔にくっきりと刻まれた隈を備える不健康そのものといった顔。

 男の名は、ベルナルド・ミドキズ。

 かつて帝国軍最新軍事技術研究所所長を勤めた研究者であり、ある意味全ての元凶とも言える人造召喚獣の開発の、その張本人である男だった。

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