第九十話 結実する意思
戦いを終わらせる為に赴いた神殿の中で、俺は不気味な祭壇の上に導かれていた。
周囲を囲む黒い兵士の群れを前に、俺は札を構える。
「荒れ狂え、絶氷の凍牙! 我が敵に永劫の眠りを!」
祝詞が紡がれ始め、俺の手に握られた三枚の札が、空中に浮き上がって正三角形の位置に配置された。
そして、魔法陣の如き神秘的な光の文様が空中に描かれ始める。
「合誓召喚! 」
俺が両手を合わせると、その三角形の中央に全く新しい札が創り出される。
「クラス8、雪花の狩人!」
空中の札が激しく瞬くと、周囲一体を激しい吹雪が襲う。
それを為したのは、大地を震わせて現れた、青と白を基調とした体色の氷の結晶の如き姿をした狼だった。
「雪花の狩人の召喚時効果は、自分の攻撃力以下の相手の魔物を全て破壊する!」
猛吹雪に包まれた黒い兵士達は全て消滅し、周囲には再び静寂が戻る。
だが、不穏な空気はまだ辺りに漂っていた。
「これで終わり……じゃないよな」
そう呟いた瞬間、地響きが祭壇を揺らす。
揺れが収まった時、辺りに何者かの気配を感じた。
「お前達は!」
丁度正方形を模った祭壇、その四隅それぞれに、見覚えのある男女の姿が。
「遂に我らが主の復活の時だ!」
「さぁさぁ。面白くなってきたね!」
好き勝手な事を叫びながら、高揚した様子でこちらを見る四人。
自分達が奉じてきた神が復活して、気分は最高潮なのだろう。
だが……
「さあ与えてやろう、我が祝福を!」
悍ましい声が響き、漂っていた威圧感が一気に高まる。
気配そのものがまるで物理的な重みを持ったように空間を支配し、体が痺れたように固まる。
どうにか視線を周囲に向ければ、異変が始まっていた。
「何だこれは、聞いていないぞ!?」
「この命、主に捧げます」
「世界を支配出来るんじゃ……!?」
「はっ、用済みって事かよ!」
それぞれ四色の光に包まれた四人の男女が、段々と巨大な魔物へと姿を変えていく。
嘆きや苦しみの声も、次第に言葉にならない魔獣の叫びとなって消えていった。
同情する訳ではないが、こうなってしまうと哀れさを感じる。 いくら悪人とはいえ、こんな末路は惨い。
「この四体の魔物は……!」
現れたのは、蒼い鱗を煌めかせた東洋龍、凍海青龍剛功、燃え盛る翼を持った朱い鳥、星宿孤翼朱雀。
一つの曇もない純白の毛皮を持つ虎、迫帝白虎蓐収、尾の部分が蛇になった黒色の亀、天翁真夢玄武。
それぞれ、古代中国に伝わる四聖獣を模した四体の魔物達。
「四つの獣を一つにし、輓近に覇を広げん」
どこからか口上が唱えられると共に、祭壇全体に暗色の風が巻き起こった。
四体の魔物が、黒い竜巻の中で引き寄せあうように集まり出す。
「神威轟かせ、現下に降誕せしは四神の皇!」
魔物は空中で形を変え、四体それぞれが、人体の頭、胴体、腕、脚を模した形態に移行する。
四つのパーツが、轟音を立てて空中で一つに合わさっていく。
「クラス10、至神創皇・瑞勾陳!」
眩い黄金色の閃光を放ちながら眼前に現れたのは、巨大な竜頭の魔人。
全長はゆうに百mを超え、かなりの広さを持つ祭壇からもはみ出んばかりだ。
背部に八対の翼を持ち、胴体に中華鎧の明光鎧を着込んだその姿は、古代神話に登場する武神の一柱を想起して考案されたという。
「やっとお出ましって訳か!」
忘れるわけも無い、それはかつて何度も目にした魔物の姿。
強大な性能は元より、四枚の絵柄が一つに合わさり一体の強力な魔物を構成する、というM&M史上初の試みも相まって、強烈に記憶に刻まれている。
一見全く関連がなさそうに見える四枚を組み合わせることで、一つの壮大な意匠が浮かぶという面白い技法だった。
四体の魔物を場に揃える手間の面から実戦向きとはされなかったが、浪漫の面から言えば最上級の魔物だろう。
既に相棒を手に入れていた事と、二千円以上する小説を計四冊買う資金が無かった為に購入は諦めたが、手に入れられなかった事は未だに心残りだった。
その魔物が、今こうやって目の前に立ちはだかっているとは。
「さあ、銷魂と共に散るがいい!」
瑞勾陳の効果は、登場時に場の魔物と手札全てを相手の山札に戻すというもの。
あっけなく雪花の狩人は消滅し、握っていた札も全てが光の粒子となって消える。
「耐えきれるか、貴様に! 黄龍激弄覇!」
「がぁっ!?」
両手から放たれた金色の波動に吹き飛ばされ、石畳の地面に叩き付けられる。 余りの衝撃に受身も取れず、擦り切れた皮膚から血が流れ出し、全身の骨がぎしぎしと悲鳴を上げる。
朦朧とする意識の中で、右腕に巻いた細い御守りが目に入った。
戦いに出る前の、シィルの真っ直ぐな表情が脳裏に浮かぶ。 切に誰かの無事を願い、自身の髪を切ってまでその身を気遣う想いが、折れかけた心を包む。
何故か、体の痛みが薄れた気がした。
「諦める訳には、行かない!」
歯を食いしばって、どうにか立ち上がる。
既に目の前は半分暗くなっているし、足だって痛みで震えっぱなしだ。
でも、戦意だけはまだ衰えていない。
「ほう、まだ気力が残っていたとは」
本来のM&Mなら一撃で生命力を刈り取られていただろう。
紙一重で命の灯火が残ったのは、運が良かったのか、それとも……
「俺のターン、ドロー!」
どんな理由だって関係ない、まだ戦う力があるのなら、全力でそれを為すのみ。
「醜いな、力無き者が足掻く姿は!」
嘲るような魔物の言葉が、左耳から右耳へただ通り抜けていく。
今聞こえるのは、何かを訴えるように激しさを増す自分の鼓動だけ。
「行くぞ、相棒!」
右手に握った相棒の札を、今までに無い程強く握りしめる。
「真の想い充ちる時、俗界に虹霓が満ち渡る」
口上を唱えながら、俺は相棒の札を、思いっきり裏返した。
本来なら、M&Mのロゴのみが描かれている筈の裏面。 そこに今、全く新しい絵柄が鮮やかに描き出されていく。
「禁秘の威光よ、今目覚めん!」
札をひっくり返すなんて、これまでのM&Mには存在しなかった全く新しい召喚法。
にも関わらず、心には確信が満ちている。 この事態を打開できる力を、俺は今手にしたのだと。
「クラスEX! 暴君の煌燿龍!」
長く伸びた胴体と、七色に光り輝く全身の鱗、そして立派な鬣に、凶暴な四肢。
今までの西洋竜めいた姿とは異なり、相棒の姿は蛇に似た東洋龍の特徴を備えていた。
眩い閃光を放ちながら、相棒は相対する瑞勾陳に気炎を上げる。
「いくら新たな魔物を呼んだとて、我にはどんな力も通じない!」
その通り、瑞勾陳には自分以外全ての効果を受け付けない耐性と、一万五千もの攻撃力を備えている。
進化したとはいえ、暴君の煌燿龍の攻撃力は元と同じ一万。
「暴君の煌燿龍の、効果発動!」
「無駄だと言っている!」
暴君の煌燿龍の体が黄金色に光り輝き、瑞勾陳と同じ大きさまで巨大化する。
「何……!?」
「暴君の煌燿龍は、このターンの間、相手魔物一体の効果と攻撃力を得る!」
相手の攻撃力が幾ら高かろうが、それと同じ数値を得てしまえば問題はない。
「だが、それならば相打ちに……」
M&Mのルール上、攻撃力の同じ魔物同士が戦闘した場合は、相打ちとなって両方が破壊される。
「この瞬間、素材として墓地に送られた青鯖魚ストレンジフィッシュの効果発動!」
「自分魔物が戦闘する場合、この魔物をゲームから取り除いて、その魔物の攻撃力を千上昇させる!」
巨大な魚の影が一瞬相棒の体を包み、体から放たれる光は一層その眩さを増した。
「光明の閃煌憐光撃!」
相棒の口から放たれた閃耀が、黄金色の虚神を包み込んでいく
「馬鹿……な!」
断末魔の声を上げて、虚神は光の中へと――