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第八話 少女達の思い

 カムロが抵抗組織レジスタンスの仲間になってから少し経ったある日、地下通路の一角を歩く小さな影があった。

 真紅の髪をゆらゆら揺らしながら、頬を膨らませ、肩を怒らせて早足で進む姿は、一見すればただの可愛らしい少女。

 だが、よく見れば只の少女ではないことが分かるだろう。

 尖った形状の長い耳、背中から生えた薄い紅色の羽、そしてスカートの後部からはみ出た尻尾。

 彼女はカムロの相棒、暴君タイラント大災害龍ディザスター・ドラゴンが形を変えた姿である。 

  

「まったく、ご主人(マスター)ったらデレデレしちゃって……」


 こっちに来てから、ご主人(マスター)はあのエリスとか言う女の人に夢中だ。

 本人はバレてないと思ってるみたいだけど、明らかに他の人と接する態度が違うし、そもそも喋り方からして変だし。

 せっかく直に触れ合えるようになったんだからもっとイチャイチャしたいのになぁ。

 毎日いっしょに寝てくれるのは良いんだけど…… 

 

 そんな訳で、ボクは絶賛家出中なのだ。

 頼りになる相棒がいきなり居なくなれば、ご主人(マスター)はとっても困る。

 そしたらボクの重要性を再確認して、これからはもっと大事にしてくれるようになるはず。

 もしかして、いきなりちゅーとかされちゃったり……!?


 そんな期待に胸を膨らませていた時、突然目の前が真っ暗になり、おでこに強い衝撃を感じて何かに体が弾かれた。

 反動で尻餅をついてしまった、ぶつけたお尻とおでこがじんじん痛む。

 痛みに耐えて目を開け、慌てて前を確認すると、そこにはボクと同じ体勢で座り込む女の子が。

    

「ごめんね、大丈夫?」


 優しく話しかけたつもりだったけど返事がない、もしかして怒ってるのかな?

 と、目の前のフードを付けた女の子の姿に見覚えがあることに気付いた。


「もしかして、この前ご主人(マスター)が助けた子?」


 その問いかけに、女の子はきょとんとした顔を浮かべるだけだった。


 女の子と連れ立って歩きながら、ボクは自分のことを説明していた。

 別の世界からやって来たこと、カードの中に入っていたこと、大好きなご主人(マスター)のこと。

 だけど女の子はずっと黙ったままで、まるでこちらに手応えがない。

 

「……それで、僕は家出して来たのさ」


 ここまでのあらましを話し終えても、女の子は全くの無反応だった。

 困ったな、子供のあやし方なんて知らないし。

 頭を抱えて考えこんでいた時、不意に女の子が口を開いた。


「な、名前……」


 ようやく応答してくれたのは嬉しいけど、名前がなんだろう?


「い……イェン」


 もしかして、この子の名前……?

 戸惑っていると、女の子が不安そうにこちらに視線を向けてきた。

 黙っていても仕方ないし、ここは思い切って。


「イェンって言うんだ、よろしくね!」


 飛び切りの笑顔と共に、右手を女の子へ向け差し出した。


「う、うん!」


 その手を、ぎこちなく握り返すイェン。

 イェンの手は、少し力を込めれば潰してしまうのでは、と怖くなるくらい小さかったけど、確かな暖かさがあった。


「……よろしく、タイちゃん」


 イェンも少しだけ表情を緩めて笑い返してくれたことに、なんだか嬉しくなる。

 ……ちょっと待って、タイちゃんって何?

 まさか、ボクのこと!?


「な、長かったから……駄目?」


 ついカッとなりそうになったけど、潤んだ真っ直ぐな瞳でこちらを見つめられて、何も言い返せなくなってしまう。

 

「はあ……それでいいよ」


 仕方なく頷いて、ボクらはまた宛も無く歩き出したのだった。  


                            ※


 あの襲撃を加味し、地下本拠地の奥深くに移されたリーダーの部屋で、エリス・シュレイが一人何事か小さな本に書き込んでいる。

 可愛らしいマークが描かれた本の表紙には小さな字で『日記』と書かれていて、エリスは時折遠くを見つめ、記憶を思い起こしながらその日記に書き込んでいるようだった。

   

 抵抗組織レジスタンスの活動は、彼が加入して大きく動き出しました。

 金と黒が混じった特徴的な髪をした彼の名は、カムロ・アマチ。

 傭兵と名乗った彼は、凄まじい腕前の召喚術士であり、帝国の人造召喚獣達を造作もなく蹴散らす実力を持っていました。

 大の大人が数人がかりでも歯が立たないあの鋼鉄の獣たちを、彼が操る召喚獣はいとも容易く粉砕していくのです。

 わずか一週間足らずで、私達抵抗組織レジスタンスの支配地域は三倍ほどに膨れ上がりました。

 ミドンの街を私達の手に取り戻すのも目前といった状況になったのです。


 それにしても、彼は何者なのでしょうか。

 召喚術を使うということや、彼自身の発言から、サモニス出身であることは間違いないのですが……

 あれ程の術士が只の傭兵として放浪していて、偶々都合良く私達の仲間に入ってくれるなんて、出来過ぎているような。


「……なんだか、カムロさんの事ばかり書いていますね」


 自分で書いた内容なのに、日記を見て私は少し苦笑してしまう。

 日記を書くのを中断し、軽く伸びをして椅子の背も足りに寄りかかった。

 

 ここ最近の日記の内容は、カムロさんのこと一色だった。

 あの時、襲われていた仲間を庇うように鋼鉄の蜘蛛に立ちはだかった姿を見てから、すっかり私の心は彼に掴まれてしまったようだ。

 その後も、彼はとても頼りになる仲間として活躍してくれている。

 日記に書いた内容も決して誇張と言う訳ではなく、実際彼の助力が無ければ私達はいずれ帝国の兵力の前に膝を屈していただろう。


 このまま順調に行けば、私達の国を取り戻す日も近いかもしれない。

 でも、その時彼はどうするのだろうか。

 平和になった後、彼はまた何処かの戦場に行ってしまうのだろうか。

 私はいつまで彼と―― 


「リーダー、大変です!」


 そんな考えに耽っていた時、突如部屋の扉が開かれて、慌てた様子の仲間が走り込んで来た。

 

「ど、どうしたんですかいきなり!?」


 ノックぐらいして、と言い掛けたが、その尋常ではない様相を見て止める。


「これを見てください!」


 彼の手に握られていたのは、一枚の薄いチラシ。

 その見出しに書かれていたのは、全く予想外の内容。


「どうして……!?」


『かつてのマーム王女、エアリアス・キルト・マームが帝国への恭順を誓う!』  

 

 全文を読めば、行方不明になっていたマーム王国のエアリアス王女が帝国軍領内に現れ、帝国への恭順を誓った。

 王女の存在を頼みにしていたマーム国内での反抗政府活動も、これによって次第に収束するだろう。

 等と書かれているではないか。


「こんな、ありえない!」

「リーダー……」


 このチラシに書かれていることは、全くのデタラメだ。

 例え帝国側が何を言おうと、どんな証拠を用意しようと、私にはそう断言出来た。

 何故なら、私こそがそのマーム国第一王女、エアリアス・キルト・マームだから……!


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