表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/120

第八十八話 絆を結んで

 俺がまだ普通の少年としてあちらの世界で暮らしていた頃、M&Mのある小説が発売されていた。

 本を買えば特典としてカードが何枚か付いてくる類の、よくある関連商品の一つだったと記憶している。

 その中で繰り広げられていたのは、とある邪悪な召喚獣に関する物語。

 強大な力故に遥か昔に封じられたその召喚獣の目覚めと、対向する正義の召喚士陣営の戦いが描かれていた。

 

 本の内容と、これまで経験した共和国の出来事が、余りにも似通っていたのだ。

 召喚獣は封印された状態にありながら、思念のみを外界に飛ばし、自身の意のままに動かせる下僕を作り出す。

 下僕達の暗躍によって、世界には戦乱の渦が巻き起こり、膨大な数の命が失われる。

 その惨劇に呼応するように各地には謎の塔が建ち、失われた人間達の魂を吸収して塔は不気味に赤く光り輝く。

 数多もの犠牲の上に邪悪なる召喚獣は復活し、自身の軍勢を率いて世界を闇に染めようと動き出す……

 

 改めて考えてみれば、何故ここに至るまで気づかなかったのかと思う程の相似具合だ。

 恐らく最初の召喚獣強奪事件からここまで、全ては召喚獣自身の手によって起こされていたのだろう。

 相棒の例があったのだから、他にも自分の意志を持つ召喚獣がいる事に不思議はない。

 だが、まさか召喚獣がここまでの大事を引き起こすとは……


                                  ※


 会議では、この内容を要約して説明した。

 流石に前世とかは言えないので、昔聞いたサモニスの伝説という内容だったが。

 最初は半信半疑だった皆も、最後の方にはどうにか信じてくれた……筈。


「その邪悪な召喚獣を倒すためには、どうすれば……?」


 敵の正体がはっきりすれば、それから問題になるのは、どうやってその敵を倒すかだ。


「手はある」


 そう答え、地図の上を指さす。 


「塔の位置と、それが描き出す図形」


 地図上には、綺麗に赤く模られた正方形が浮かんでいる。  


「それは、敵のいる場所を示しているんだ」


 正方形の四方を結ぶように対角線を二本引き、丁度中心で交わる場所。


「ここには、何かあるか?」

「確か……共和国で最も高いオロス山です」


 俺の問に、近くにいた文官の一人が答えた。


「なら、ここだな」


 確か小説の中でも、召喚獣は高い山を自身の復活地点に選んでいたはず。


「では、オロス山に敵が?」

「恐らくは、な」


 今までは全く検討もつかなかった敵の正体と居場所を知り、俄に顔に生気が戻る武将達。


「今すぐ攻めましょう!」

「待て、まだ我らも損害を回復しきれていない」

「しかし手を拱いていては……」


 説明を終えて机から離れた俺の前で、武将達はがやがやと色めきだって話し出す。

 ここから先は専門家の判断を待ったほうが良いだろうと判断し、一人天幕の出口と歩き出した。


「どちらへ?」

「少し外の空気に当ってくる、話が纏まったら呼んでくれ」

「は、はぁ……」


 当惑する文官を残し外へ出る。 外はすっかり日も沈んでいて、空には一面の星が瞬いていた。


                             ※


 天幕から少し歩いた草原の一角に腰を降ろし、冷ややかに頬を撫でる夜風に身を任す。

 周りには動く気配もなく、時折遠くから動物の遠吠えのような音が聞こえるのみ。


「ご主人マスター

「どうした、相棒?」

 

 と、いつのまにか隣に座っていた相棒が、不安げにこちらを見つめていた。

 いつもの無駄なくらい元気な様子とは違い、どうも活気が無い。 


「召喚獣が敵だなんて、想像もしてなかったよ」

「嫌か?」


 自分と同じく意思を持つ召喚獣と戦うことに、抵抗感を感じているのだろうか?


「そうじゃないけど……」


 言い淀んだ相棒は、少し沈黙してから。


「ご主人は、召喚獣を嫌いにならない?」


 じっとこちらの瞳を見つめ、真摯にそう問い掛けた。


「馬鹿だな」

「な! どういう意味さ!」

  

 自分の真剣な問いをはぐらかされたと思ったのだろう、相棒は激昂してこちらに詰め寄る。 

 華奢な手には似付かわしくない馬鹿力で服の襟を握られ、少し手を伸ばせば届きそうな距離まで体が接近する。


「嫌いになる訳無いだろ」


 逆に腕を引き寄せ、正面から相棒の細い体を抱きしめる。

 相棒は、サモニスやムルズの惨劇を前にして、俺がどれ程怒っていたかを覚えていた。

 自身の最も触れたくない出来事を想起させる光景を前にして、憤りを隠そうともしない姿を側で見ていた。 

 だから、それを引き起こしたのが自身と同様の、意志を持つ召喚獣だと知って怖くなったのだ。

 積もりに積もった怒りが、召喚獣全体に向かうのではないかと。


「ご主人……」

「お前を嫌いになるなんて、あり得ないよ」

 

 けど、そんな事は起こりえない。 

 例え他の召喚獣全てが敵になったとしても、相棒だけは。


「ありがとう、ご主人」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、鼻詰まりの声で礼を告げる相棒。


「礼を言われることじゃないさ」


 改まってそんなことを言われると、何だか恥ずかしくなってしまう。

 照れ隠しに頭を掻きながら、暫く泣き止まない相棒の体温をずっと感じていた。


                                    ※   


 アージス近郊の砦、簡易的だが建てた自宅の中で、俺はイスクと机を挟んでいた。


「じゃあ、決まったんだ」

「ああ、様々な場所から軍勢が集まってくれたからな」


 あの会議から数日後、俺達の軍には、戦乱や黒い兵士達によって行き場を失った者達が続々と集まっていた。

 黒い兵士達は共和国中で暴れ回っており、最早軍としての体裁を保っている勢力が少なくなっていたのがあるだろうが、俺が実際に黒い兵士たちの群れを薙ぎ払って撃退した事が大きかったのだろう。


「にしても、皆あんな荒唐無稽な話を信じてくれるとは思わなかったよ」

「実際に目の前で信じ難いことが起こっているのだ、信じざるを得なかったのだろう」

 

 伝説の召喚獣が蘇って世界を滅ぼそうとしているなんて、普通に考えれば与太話もいい所だ。


「で、まだ俺が一番上なんだよな」

「他に適任者がいないのだ、仕方あるまい」


 不満を告げるこちらに、少し申し訳無さそうな顔になって答えるイスク。

 沢山の人が集まったのだから、その中に俺より相応しい人物の一人や二人いそうなものだけれど、結局俺が王様のままで変わりはない。

    

「明日、か」

「しかし本当にいいのか、お前一人で……」


 明日の朝、召喚獣打倒のための戦いが始まる。 その中で俺は、たった一人で召喚獣そのものを叩く役割を担っていた。


「山の上まで大軍勢で行ける訳もないし、適役だろ?」


 小説の通りなら、敵は山頂に陣取っている筈。

 黒い兵士達を皆が足止めしているうちに、俺が兵士を操る元凶を倒せば、戦いはその場で終わる。

 軍人のイスクからすれば受け入れ難いかもしれないが、俺にとってはいつものことだ。


「オレは、お前を本物の戦士だと心から思っている」

「どうしたんだよ、急に畏まって」


 不意に深刻な表情をしたイスクに、不意を付かれ戸惑う。


「黙って聞け」


 軽く笑ったイスクは、また深刻な表情に戻って話し出す。


「お前に会うまで、自分より強い奴と戦った事が無かった」


 その言葉で最初に会った時のイスクを思い出す、あの時は誤解で突っかかられて大変だったっけ。


「最初は嫉妬もしたが、今は違う。 今は本気で、お前の事を尊敬している」


 滔々と話すイスクの声からは、少しの迷いも偽りも感じ取れなかった。


「だから、死ぬなよ」


 たった四文字の短い言葉の中に、イスクの思い全てが詰まっているように思えた。


「勿論」


 死ぬつもりはない、今までだってそうだったように、どんな敵が相手だろうが勝つつもりだ。


「そうか、余計なお世話だったかもな」

 

 何時もの快活な表情に戻ったイスクは、そう告げて去っていった。

 

「イスク!」


 家の外に出たその背中に、思わず呼び掛ける。 振り向かず足を止めたイスクに、思わず叫んでいた。


「イスクも、死ぬなよ!」


 軽く右手を上げて答えたイスクは、そのまま歩き出す。

 心なしか、イスクの足取りが軽くなったように思えたのは、気のせいだっただろうか。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ