第八十七話 終局への累加
あの時、破壊の嵐が去ったものの、ルクの街にはまだ砂塵が舞っていたっけ。
「王様の件、引き受けるのは良いんだけどさ、一つ約束してくれないか」
皆の責任者という大事を背負うのだ、少し位こちらから要求してもいいだろう、なんて思っていた。
「構わないが……何を?」
別に無理難題を吹っ掛ける訳ではない、約束して欲しいのは、たった一つの簡単な条件。
それは――
※
「……ムロ、カムロ!」
虚ろな感覚の中で、誰かが名前を呼ぶ声だけが響く。
二度寝三度寝した時のような疲労感を体全体に感じながら、ゆっくりと目を開いた。
「カムロさん!」
「し、シィル!?」
半覚醒の意識が、体に抱きついたシィルの柔らかな感触で一気に醒める
「このまま、ずっと目が覚めなかったらどうしようって……心配で!」
「悪い……」
ぎゅっと体にしがみついたまま泣き崩れるシィルに、状況の良く分からないままではただ謝ることしか出来ずにいた。
「お前は三日も寝込んでいたんだ、オレも心配したぞ」
そんなに寝ていたのか、通りで体のあちこちが痛い訳だ。
「あれからどうなったんだ? ドの国は?」
と、ようやく考えが現在の状況に向いた。
「まずは、今オレ達が居る場所を説明しよう」
「場所って、ルクじゃないのか?」
「あそこは、もう……」
ルクについて、悲しげな顔をして言葉を詰まらせるシィル。
ここはアージス、ルクの西南に位置する小さな街らしい。
「ってことは、ドの国に攻められたのか!?」
俺がド国王の暗殺犯だと勘違いされて、ド国がこちらに攻め込んだのではないだろうか?
「いや、そうではない。 ド国も我らと同様の状況でな、ここにはド国から逃げて来た者もいる」
それは一体どういうことなんだ?
と俺が質問する前に、俄に外が慌しくなり出した。
今になって気づいたが、ここは俺の家でなく、野外に張られた天幕の中のようだ。
「イスク様、て、敵が!」
「来たか……」
駆け込んできた兵士と共に、外へ駆け出すイスク。
「俺も行く!」
状況はまだ良く分からないが、ここで寝ているのは耐えられない。
「無理をしないで下さい、さっきまで寝込んでいたのですよ!」
「大丈夫、もう治ったから。 心配してくれてありがとな」
止めるシィルを振り解き、一気に天幕を捲って外へ。
天幕の外に出て分かったが、ここは周りから少し高くなった台地になっている場所で、その地形を活かして簡易的な砦が建設されていた。
砦の正門付近で、武装した兵士たちが列を為して集まっている。
「……カムロ様! 目覚められたので!?」
俺に気付いて道を開けてくれた皆の間を抜け、兵士達の最前列へ。
「あれは……!?」
地平線の向こうから、凄まじい量の黒い津波が大地の上を這って押し寄せているように見えた。
だがそれは波ではない、よく目を凝らせば、波飛沫の一つ一つが、蠢く人の形を取っていることが分かる。
それは、数えるのも馬鹿らしいほどの数が集まった、黒い兵士達の軍勢だったのだ。
「正直オレにはさっぱり見当も付かん、だが、あれが尋常の存在で無い事だけは分かる」
一面漆黒に塗られた兵士は辛うじて人型を保っているものの、顔はのっぺらぼうのように平坦で、そこに生物の温かみはまるで感じられない。
「あれが、ルクの街を襲って……」
「凄まじい勢いだった、オレ達も逃げることしか出来ずに……済まん」
兵士達はその量も驚異的だが、戦闘力も常人を上回っているらしく、イスクのような武将以外ではまるで刃が立たなかったらしい。
そのイスクも、圧倒的な数の差はどうしようもなかったそうだ。
イスクを攻めることは出来ない、あれが俺の考えているものなら、普通の人間が戦えただけでもまだ良い方だから。
「皆は下がってくれ」
一歩前へ進み出て、迫り来る黒い軍勢と対峙する。
「行けるか、相棒?」
いつの間にか俺の隣にいた相棒は、こんな状況にもまるで恐れを見せずに勢い良く頷いた。
「勿論! ずっと寝てた分、暴れるよ!」
後から聞いたのだが、相棒も俺と同様にあの蔦に力を奪われていたらしい。
この時目が覚めていたから良かったが、まだ寝ていたら結構危なかったかもな。
「俺のターン、ドロー!」
裂帛の気合と共に札を引く。 手札には、思った通り相棒の姿が。
だが、このままでは使えない。
「魔法発動! 愚鈍な葬儀屋!」
「自分の手札を残り一枚になるまで墓地に送り、その枚数分次のターンに追加でドロー出来る!」
本来この魔法は、墓地で効果を発動できる札を墓地に置き、次のターンにドローする札を増やす為のもの。
だが、次のターンまで長引かせる気はない。
「自分の場、手札に他のカードが無く、相手の場に三対以上モンスターが存在する時、このカードは無条件で場に召喚出来る!」
右手で翳した札が、眩い紅い光を放っていく。
「破壊と暴虐を司る紅き龍よ、忌わしき戒めを解き放ち、この世の全てを焼き尽くせ!」
「召喚! クラス10、暴君の大災害龍!」
祝詞が唱え終えられ、周囲全てを包み込む閃光と共に紅き龍が姿を現した。
「行け、相棒!」
空高く舞い上がった相棒は、凄まじい速度で一気に黒い軍勢の前に移動し。
「殲滅の虐殺獄炎砲撃!」
紅き暴龍から放たれた業火が、地面を埋め尽くす黒い影を残さず包み込む。
炎が消えた後には、ただ一人の生き残りも無く。
「凄い……!」
「これで、街に戻れる……」
自分達を追い遣った脅威が去り、安堵の声を漏らす兵士達。
「いや、まだ終わりじゃない」
喧騒の中で、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟く。
あれが俺の知っているものならば、この程度で終わるとは思えない。
これは、まだほんの序の口の筈。
※
戦闘が終わり天幕に戻った俺は、今起こっている事を説明する為に皆を集めた。
天幕の中央に置かれた長机の周りで、イスクを始め武将達が並ぶ。
その机の中心には、共和国の地図が置かれていた。
「ここがムルズ、ここがグの国の首都……」
朱色の墨を付けた筆を持ち、赤い塔が建てられた場所に丸を付けていく。
「そして、ルク」
この会議が始まる前に知ったのだが、ルクの街にもあの塔は建てられていたらしい。
今更言っても仕方がないが、もし気付けていればこうなる前に止められたかもしれないのに……
「最後に……この辺りに大きな街はあるか?」
俺が筆を持っていったのは、共和国の北西付近。
「ええと、確かキの国の首都が」
唐突に出た質問に、控えていた文官が戸惑いながらも答える。
キ国はド国に比べればまだ小さいものの、そこそこの勢力を持った国らしい。
だが、最近の騒乱で他の国と同様に荒廃してしまったとか。
「じゃあ、多分ここだな」
人が沢山集まる場所なら、あの塔が建てられた条件と一致している。
キ国の首都に丸を付け、4つの円を直線で繋いでいく。
「これは……」
4つの直線は、綺麗な正方形を象っていた。
思いもよらなかったであろう事実に、皆の中に動揺が広がっていく。
「あいつらの言っていた事、あの塔の存在、そして俺の記憶」
ようやくだけど、全部が一つに繋がった。
皆の会話が収まるのを待ってから、一つ深呼吸をして話し出す。
これから話す信じ難い内容を、皆が信じてくれることを願って。
「……俺達の敵は人間じゃない、召喚獣だ」