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第八十五話 策励する陰謀


 容赦の無い夏の日差しに照らされながら、通りを埋め尽くす通行人の群れを眺めていた。

 この場所はルクの街と違って標高が低く、その分空気に熱が篭って蒸し暑い。


「結構栄えてるんだな……」


 整備された道の周りには、二階、三階建ての立派な建物が並んでいる。

 行き交う人々の服装もそれなりに整ったものが多く、一定以上の生活水準を保っている事が感じられた。

 ド国首都、ムルズ。

 ここに俺が訪れたのは、先日のある会話が原因だった。 


                                         ※

 

 自宅に訪れたイスクは、机を挟んで向かい側に座り、深刻そうな顔をして話し始めた。


「ドの国を攻める?」

「まだ正式に決まった訳ではないが、皆の中ではその意見が大半だ」


 いきなりの事に驚く俺がまず聞かされたのは、ドの国がこちらを攻めようとしているとの事実。

 既に国境付近では、こちらに攻め込む軍勢が続々と集っているらしい。

 交渉を持ちかけても梨の礫で、まるで聞く耳を持ってくれないそうだ。

 こっちの考えが甘かったって事なんだろうけど、あれ程被害を出してまだ攻める気があるとは。


「あっちから攻められる前に、こっちからって事か」


 攻め込まれる前に攻め込んでしまえ、という考えは、確かに一理ある。

 だが……


「やはり、戦いたくは無いか」

「そうだな、出来れば穏便に済ませたいけど……」


 敵を侮っている訳ではないが、この前戦った感触からすれば多分こちらが勝つ。

 勝つには勝ったとしても、かなりの被害が出ざるを得ないだろう。

 

「本当に、ドの国はこっちを攻めるつもりなのか?」


 確信はないが、ドの国が本気で戦争を起こす気が有るとは考えられなかった。

 どうにも気持ち悪いというか、なんとなく違和感が拭えなかったのだ。


「それは……」


 イスクに聞いたところで、俺に分からないことが分かる訳もなく。

 結局もやもやした気持ちを抱えたまま、この場は解散となった。


 イスクと別れてから、布団に寝転び悶々と暫く考えこんでいた。

 様々な考えが浮かんでは消え、気づけば朝の光が差し込む時刻に。

 目を覚ました相棒が、こちらの迷いを察して問いかける。


「どうするの、ご主人マスター?」


 その言葉で、纏っていなかったものが一つに固まる。


「難しく考えるのは、性に会ってない、よな!」


 布団から飛び起き、思い切り伸びをして気合を入れた。

 動かずに考えていたって仕方が無い。

 この前中華服の女性から聞いた情報もあるし、一度行ってみれば何か道が開けるかもしれない。

 もし罠が仕掛けられているのなら、罠ごと打ち砕くだけだ。


「じゃあ!」

「行くぞ、ドの国へ!」

  

 にしても、この前はドの国が攻めてこなそうだからドへ行こうと思っていたのに、今度は攻めてきそうだから行くことになるとは。


「なんだか皮肉だな」

「んー?」


 思わず口から出た言葉に、相棒が不思議そうな顔をする。


「いや、なんでもないさ」

 

 その頭を撫でながら、未知なる場所へ思いを馳せていた。


                              ※


 通りを歩きながら、これからの行動について考える。

 取り敢えずドの国に来てみたはいいものの、これからどうしようか。


「ご主人! ここおいしそうだよ!」


 と、相棒が定食屋を見つけて声を上げた。

 その言葉通り、平屋建ての中からは食指を刺激する匂いが漂っている。


「遊びに来たんじゃないんだぞ……」


 多少呆れつつも、止めることなく建物に入っていった相棒に続く。


「確かに美味いな」

「でしょー!」


 定食屋で頼んだチィーラという料理に、相棒と二人で舌鼓を打つ。

 あちらの世界のラーメンに近いだろうか、細い麺にスープの味が細やかに絡んでいて、トッピングの野菜もいいアクセントになっている。


「って、こんな事してる場合じゃない」


 少しだけのつもりが、すっかり夢中になってしまった。

 料理は美味しくて腹も膨れたが、それが本来の目的ではない。


「あんたら、よく食べるねえ」


 と、定食屋の店主が、感心したように話し掛けて来た。


「済みません、こいつ大食いで」


 気づけば、俺が三杯程、相棒に至っては8か9杯を軽く平らげていた。 


「いや、こっちとしちゃむしろありがたいんだけど。 その格好を見ると、旅人さんかね?」

「ええ、まあ」


 店主の質問に曖昧に答える、旅人なことは旅人なのだが、なんだか後ろめたい。


「だったら気をつけたほうがいいよ、最近物騒でね」

「ちょっと前にこっぴどく負けたってのに、上は何考えてんだか……」


 こちらが答えるよりも先に、話に常連客が割り込んだ。 

 店主はそのまま常連客の方を向き、いつの間にか俺を放ったらかしにして話に夢中になっていた。


「お代、ここに置いときますね」


 この様子では暫く喋り込んだままだろう。

 机の上に代金を置き、そのまま店外へ。


「これからどうするの?」


 店主達の会話からして、ドの国に戦意があることはほぼ間違いないだろう。 

 報告の通りだとすれば準備は着々と進んでいて、最早引き返せない所まで来てしまっている。

 事態は小手先の交渉で止められる段階を超えてしまっているのだろう。

 となれば……

 

「直接会ってみるか」

「こっちの王様に?」

「一応、立場だけで言えば俺も王だしな」


 ドの国の体制については、一応の知識を得ていた。

 確か、帝国に近い専制君主制だった筈。  


 実際にドの王に会って話をすれば、急に戦争を止めるとは行かないまでも、今すぐに戦いを始める事を中止してくれるかもしれない。 

 

「もしかすると、俺に対して何か誤解してるかもしれないしな」

「マキヤさんみたいに?」

「……まあな」


 余り思い出したくないが、マキヤさんには酷い誤解をされていた。

 あの時のように、ド国でもこちらに対して思い違いをしている可能性がある。

 こちらが争いを望んでないことを示せれば、あるいは……


                                   ※ 


「そろそろ、かな」


 とっくに日も沈み、時は夜半過ぎ。

 街の中心にある王宮付近で、潜入作戦を開始した。


「よぉっし、ここはボクが暴れて……」

「いや、駄目だからな」


 張り切る相棒を抑え、カードを天に掲げる。


「勇壮なる意志を掲げ、吹き荒ぶは旋風の使者!」 


 祝詞が唱えられると、三枚の札が空中に浮き、眩く輝きながら神秘的な魔法陣を形作っていく。

 

召喚コール! クラス8、粋凶鳥ボルテクス!」


 三枚の札が合わさった瞬間、魔法陣から光が炸裂した。

 翠色の光の中、黒き雲霞を吹き飛ばして現れたのは、右手に持つ大斧と背中に生えた対の白羽を備え、豪壮な鎧で身を包んだ鳥人戦士。 


「粋凶鳥ボルテクスの、効果エフェクト発動!」

「次の相手ターンが終わるまで、全ての相手魔物モンスターの攻撃力は0になる!」

 

 鳥人が羽を何度も大きく揺らし、生じた白い風が王宮を包み込む。 

 蝗と戦った時と同様に、これで王宮を守る衛兵達は暫く無力化されただろう。


 その隙に、ボルテクスに乗って高い塀を超え、王宮の中庭へ飛び入った。


「広いな」

「王様の部屋ってのは、どこにあるんだろう?」


 ボルテクスを札に戻し、薄暗い王宮の中を彷徨う。 

 多少行動を止めたとはいえ、そこまで余裕が有る訳でもない。


「こういうのは、一番奥って相場が決まってるんだけど……」

「ご主人、あれ」


 焦る気持ちを抑えて探索していると、相棒が何かを発見した。

 指差す先に見えたのは、他のそれとは明らかに違う、豪華な縁取りが成された一際巨大な扉。


「よし、入るぞ」


 重厚な扉をゆっくりと押し開け、周囲を警戒しながら部屋の中へ。

 お香だろうか、独特の落ち着いた香りが漂う室内は、様々な調度品がこれでもかと飾られた空間だった。

 高価そうな壺や鮮やかな色彩で山河が書かれた掛け軸等、同じ王でもこっちの六畳間とは大違いだ。

 慣れない雅な空間に目移りしていると、薄い簾の掛かった寝床で、半身を起こしてこちらに向けている人影に気付いた。


「貴方がドの国の王ですか?」


 努めて穏やかに話しかけたが、返答はない。

 突然の訪問者に驚いているのだろうか。


「俺は怪しい物じゃありません、貴方が攻め込もうとしているエ国の王、カムロ・アマチです」


 また返答はなし、こちらの出方を伺っているのか? 


「行き成り不躾かもしれませんが、俺は戦争を止めたくて……」


 信用して貰えるかは分からないが、とにかく話して見る他無い。

 そう考え話続けても一向に返事はなく、それどころか、目の前の人物は動く気配すら見せない。


「あの?」


 流石に不審に思い、失礼と思いながらも簾を開け中を覗き込む。

 すると、そこには。


「これって……!?」

「ご主人!?」


 寝間着には不必要なほど優美な服に包まれて、ド国皇帝は目の前に現れた。

 だがそれは、左胸に大穴を開けられ、苦悶の表情を浮かべたまま絶命した、変わり果てた姿だった。 

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