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第八十四話 卑陋の胎動

 宴の日に不気味な女から告げられた言葉。

 それが明らかにこちらを誘い出す為の罠だろうという事は予想できた。

 が、敢えてそれに乗ってみるという手もある。

 

 今の所、どの国もここを攻めようという気にはなっていない筈。

 凄まじい腕前の召喚士カムロ、そして同等の実力を持つ謎の仮面剣士、これらの存在によって、俺達はかなりの戦力を有していると思わている。

 そう警戒させている限り、積極的に喧嘩を売ろうだなんて思う国はいないだろう。

 だからここで少しの間国を開けたとしても、そこまで深刻な問題は起こらないかもしれない。

 

 けど今は、それよりも重要な課題があって……


「カムロ様、あと二十枚程頼めますか?」


 書類を持った文官が、机の上にどさっと束を乗せた。

 机上のあちこちにはまだ未処理の書類がうず高く積まれていて、書類の柱に圧迫されているような気分になる。

 新設された公邸の一室で、俺は慣れない事務仕事と格闘していた。


「こういうのは、他の人がやってくれるって話じゃなかったのか?」

「すみません、こちらも人手不足で、色々追い付いてないんです」


 書類を持ってきてくれただけの文官に文句を言っても仕方ないが、思わず不満を表してしまう。

 これまではなるべく俺への負担が掛からないようにしていたそうだが、国自体が発展し始めた事もあって、こちらにも仕事を回さないとやっていけなくなったらしい。

 最も、今の仕事はただ書類を見て可か不可か判子を押すだけなので、そこまで面倒なものではなかったが。

 書類の大半は、これから始まる新たな街造りへの提案だった。

 例えば街道の整備だったり、新しく移住してきた人達へ新居を作ったりとか。


「カムロ様は何か案は無いのですか?」


 と、文官が俺に質問を投げ掛けてきた。


「あんまりそういうのには詳しくないんだ、悪いな」

「いえ、無いのならいいのですが」


 頭の中になら提案は幾つもあった、あっちの世界であった社会基盤の整備とか、行政サービスとか色々。

 けど、うろ覚えの知識でこういった事に口を出しても碌な事にならない気がするし、別の世界の知識で国が発展したとして、何だか違和感を感じてしまうだろう。

 最も散々M&Mを使って戦ってきた俺が言えた事ではないかもしれないけど。 


 それにしても、ただ椅子に座っているだけというのは疲れる。

 ここに書類仕事が得意な人、例えばマキヤさんでもいればなぁ。 

 相棒は俺以上にこういった仕事が苦手だし……


「はぁ……」


 溜息を付いた所で、仕事の進む早さが変わるわけでなく。

 朝から昼過ぎまでの6.7時間、暫く座りっぱなしで過ごしていた。


                                  ※


「やぁっと終わった」


 書類の山から開放され、久しぶりに外の空気に触れる。

 季節は既に夏本番に差し掛かろうかという時期だったが、ここは標高が高いらしく余り暑さを感じなかった。

 どこまでも済んだ空の青と、遠くに浮かぶ積乱雲の白が目に眩しい。


「カムロさん!」

「シィル、待ってたのか?」


 と、建物から出るのを待ち構えていたように、駆け寄ってくる影が一つ。

 それは、両手に風呂敷を抱えたシィルだった。

 

「はい! あの、少し時間開いてますか?」

「ああ、別に暇だけど……」


 今日の仕事は終わったし、これから自主的に見回りにでも行こうかと思ってた所だった。


「ええと、その…… 実は……」


 シィルは照れた様子で暫く何か言い難そうにもごもごしていたが。

 意を決した表情になってから、一気に口を開いた。


「い、一緒に昼食を食べませんか!?」


                               ※  


 まだ白雪の残る山から吹き下ろす涼やかな風が、時折草原を揺らしている。

 それは心地良い感覚を伴って、俺達の体に触れていた。


 街外れの草原に三人、薄く敷かれた御座の上に弁当を囲んで座る。


「うん、美味い!」

「確かに、美味しいよ」


 シィルが作ってきたピオという料理は、小麦粉を練って皮を作り、野菜や挽肉等を包んで焼いた、あっちの世界にある焼売しゅうまいのようだった。

 野菜と肉のバランス、焼き加減、下味など全ての調和が見事に取れていて、正直店で売っても良いと思えるほどの出来。

 噛む度に味の染み込んだ肉汁が溢れ出し、時折香辛料のぴりっとした味わいが舌を楽しませてくれる。

 予想以上の味に、相棒も俺も舌鼓を打っていた。


「良かったぁ、ちゃんと作れてたか心配だったんです」

「でも、急にどうしたんだ?」


 これ程美味しい料理を食べさせてもらったのは嬉しいが、それだけに理由が気になる。


「この前のお祭りの時に、迷惑を掛けてしまったので、そのお詫びにと」

「別にいいのに」


 成程、酔っ払って絡んできたのを気にしていたのか。

 いつもの落ち着いたシィルとは違った感じだったけど、別にあれはあれで可愛かったのに。


「あの、色々ありがとうございます」


 と、急にシィルはこちらへ頭を下げた。

 突然お礼を言われて戸惑っていると、それを察したのかシィルは言葉を足す。


「皆も言ってるんですよ、カムロさんのお陰で、暮らしが楽になったって」

「大したことはしてないって」


 俺はただ、自分に出来る事をしただけだ。

 単に何かと戦ってただけで、実際に街を立て直したり、皆の暮らしが良くなるように頑張ったのは別の人。

 それを自覚していたから、シィルの純粋な感謝の気持ちが照れくさかった。


「でも、ありがとうございます」

「……どういたしまして」


 もう一度感謝を告げてくれるシィルが、今の俺には少し眩しく感じられた。

 真っ直ぐにこちらの瞳を見つめられ、何かに囚われたように視線を逸らせなくなる。

 そして―― 


「あー! なんかいい雰囲気になってる!?」

「な、なってないって!」

「なってないですよ!?」


 何だか変な空気に成り掛けたが、相棒の叫びに救われた。

 ……救われたのか?


 それからは何故か機嫌を損ねた相棒を宥めるのが大変で、シィルとの間に生じた良く分からない感情も、いつの間にか消えてしまっていた。


                                  ※


 カムロ達が暮らすルクの街は順調に発展を遂げていたが、全ての場所がそうだった訳ではない。

 南西部の一角に存在するドキ地区。

 ここは蝗による被害の最も大きかった地区であり、最早原形を留めているものが存在しない程破壊しつくされていた。

 あまりに破壊の度合いが大きすぎた事や、この地区の生き残りが粗いなかった事等から、元通りに再建しようにもその手掛かりすら掴めずにいた。

 その為実質的に復興は他の地区が優先され、ここはただの荒れ果てた空き地となっている。

 瓦礫や蝗の残骸が転がるだけのここに好んで近付こうとするものはおらず、行政が介入するまで、暫くはこのままの状態が続くものと思われていた。


 その荒地に、誰にも気付かれる事なく、不気味な建造物はいつの間にか鎮座していた。

 高さは4.50m程、白磁の陶器のような材質で作られており、所々に深く刻まれた文様のような意匠が施されている。 

 文様は鼓動を刻むように紅く発光し、周期的に不気味な点滅を繰り返していた。

 それは、カムロがかつてグ国で発見し、破壊しようとした、あの塔だった。

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