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第八十二話 撃砕の旋律

 怒涛の如き唸りを挙げながら街を覆い尽くした黒い塊。

 黒味掛かった緑の体色に、薄い羽で低空を飛行するそれは、あちらの世界でいなごと呼ばれていた昆虫に良く似ている。

 しかし同じなのは見た目だけらしい、以前退治した雀蜂と同様に、およそ2.30mはあろう巨大な体躯を備えているそれは、どちらかと言えば昆虫より怪獣に近いだろう。

 何百、いや、何千何万匹もの巨大な蝗が、砂嵐のように全てを包み込もうとしていたのだ。

 一匹だけでは耳障りでしかないだろうその羽音が、臓腑を底冷えさせる重低音となって周囲に響き渡っている。 

  

 あちらの世界での蝗は、穀物などの食料を奪っていくものとして知られていた。

 だが、こちらでは違うらしい。

 凄まじい量の群れを呆然と見つめているこちらの目の前で、蝗は如何にも美味しそうに建物の外壁を激しい咀嚼音を立てながら噛み砕いており、その周りには体を食いちぎられたと思わしき人間の残骸も転がっていた。

 最早雑食と言える程度を超えている。  


 既に街の半分を占拠した集団は次第に規模を増しており、このままでは全体が包み込まれるのも時間の問題だった。

 手を(こまねいていれば、ようやく発展しかけたこの街は全てを食い尽くされ、何も無い更地と化してしまうだろう。 

 そんな事は、許せなかった。

 

「俺のターン、ドロー!」


 決意と共にカードを引き、蠢く怪虫達と対峙する。

 

 まずはこの破壊を食い止めなければ。 

 

「手札の魔法マジック、物質合成を発動!」


 手札にあるのは、風属性の魔物モンスターが三体、これを素材にして――


「勇壮なる意志を掲げ、吹き荒ぶは旋風の使者!」 


 祝詞が唱えられると、三枚の札が空中に浮き、眩く輝きながら神秘的な魔法陣を形作っていく。

 

召喚コール! クラス8、粋凶鳥ボルテクス!」


 三枚の札が合わさった瞬間、魔法陣から光が炸裂した。

 翠色の光の中、黒き雲霞を吹き飛ばして現れたのは、右手に持つ大斧と背中に生えた対の白羽を備え、豪壮な鎧で身を包んだ鳥人戦士。 


「粋凶鳥ボルテクスの、効果エフェクト発動!」

「次の相手ターンが終わるまで、全ての相手魔物モンスターの攻撃力は0になる!」

 

 鳥人が羽を何度も大きく揺らし、生じた白い風が蝗達を包み込む。

 白い風に包まれた蝗達は、まどろんだように動きを止めた。

 この効果は、現在場にいる魔物だけでなく、新たに召喚された魔物に対しても有効だ。

 続々と数を増す蝗達も、暫くはこれで無力化できる。


「粋凶鳥ボルテクスの攻撃、バシニングガスト!」


 鳥人が大斧を振り回し、何匹もの蝗が粉砕されていく。

 だが、一度に撃破出来たのは精々数十匹で、目の前を埋め尽くす蝗に対しては気休めも良い所だ。

 これだけの数を一網打尽にするにはどうすれば……


 街中を走りながら手立てを思索していた所、崩れ掛けた建物の中に、身を寄せ合って隠れている人達を発見した。

 恐らく逃げ遅れたのだろう、ここは盾になってでも避難させないと。

 瞬時に判断を下し、急ぎ建物の中に飛び込んだ、そこには。


「シィル!?」

「カムロさん!?」


 人々の中心で、皆を励ましているシィルの姿があった。


「いきなり蝗達が押し寄せてきて、逃げる間も無かったんです」

「大丈夫、ここは何とかするから、シィル達は逃げてくれ!」


 粋凶鳥ボルテクスにシイルと人々を庇わせつつ、街の外へと逃がす。

 と、去り際にシィルから、蝗について興味深い事を聞かされた。


「蝗について幾らか知っている事があるんです、お役に立てるかどうかは分かりませんけど」

「……成程、それなら!」


 話を聴き終わって、思わず声を上げて喜んでいた。

 その内容は、今の事態を打開するに足りる事実だった。


                                 ※


 街の外までシィルたちが避難し終わるのを確認し、効果時間が終わって再び動き出した蝗達に向き直る。


「俺のターン、ドロー!」


 気合を込めて引いた札は、今まさに必要としていた魔物。  


「この魔物は、自分の場のクラス8以上の風属性魔物の上に重ねて召喚出来る!」

「破滅を! 終焉を! 満たされぬ魂を以って現界うつつに掻き鳴らせ!」


 祝詞が唱えられると共に、鳥人は光の粒子となって消え、一旦弾けた粒子がまた集まって新たな姿を浮かび上がらせる。


「召喚! クラス9、終曲を奏でる演奏者シュピーレン・フィナーレ・レイスティング!」


 周囲に響き渡る軽快な電子音と共に呼び出されたのは、鍵盤が幾つも付いた電子楽器に手足が生えそろったような形状の、少しコミカルな雰囲気を漂わせるいきもの。

 M&Mの設定によれば、世に出れなかった不遇の演奏者達の怨念が集まって自然発生した謎の生物、らしい。


 シィルが教えてくれた蝗の特性、蝗達は特定の音に強く惹かれる特性があるらしく、格段甲高い音に強い反応を見せるという。

 普段シィル達が奏でている音楽は低い音が中心の重厚なものが多い印象だったが、恐らく蝗を引き寄せない為に自然とそうなったのだろう。

 この特性を利用すれば、一点に蝗達を集めることが可能だ。


「さあ、集まって来い!」


 号令を告げれば、終曲を奏でる演奏者から、高らかに行進曲が奏で出された。

 その軽快な曲調に釣られるように、蝗達がこちらへ引き寄せられていく。


「これで終わりだ! 狂騒の葬送曲トラウアー・コンジート!」


 人型を模した電子楽器、その背部に装着された何十ものスピーカーから、一斉に激しい律動の葬送曲が流れ出す。

 音響は物理的な破壊力を持った振動となって蝗を襲い、その体を粉々に分解していく。


「終曲を奏でる演奏者の効果発動! この魔物が相手魔物を撃破した時、攻撃力パワーを500上昇させてもう一度攻撃が出来る!」


 こちらの言葉通り、電子楽器の演奏は止むことなく、何十体もの蝗達へ向け奏でられ続けた。

 この効果は、1ターンに何度でも発動することが可能。

 つまり、自分より攻撃力の高い魔物がいない限り、相手の場の魔物が完全に消えるまで攻撃を続けることが可能なのだ。

 数分も立たないうちに、視界を埋め尽くすようだった蝗達の残りは数十体程度へと激減していた。

 だが、全てを倒し終わる前に、蝗達は踵を返して何処かへと逃げ去ってしまった。

 恐れを成したのかもしれないが、その蝗の動きは、何者かの意思が介在し統制されたものに見えた。


「誰かいる……?」


 と、半壊した建物の屋上で、何者かの動く気配を感じた。


「出てこい!」

「うふっ、良く分かりましたね」


 薄気味悪い笑みを浮かべて現れたのは、下部に大きく裂け目が入った臙脂えんじ色の旗袍チャイナドレスを着た、青白い顔の美女。

 色濃く目尻に隈を浮かべた不健康そうで落ち着いた雰囲気と、大胆な服装や西瓜のように膨らんだ胸が不釣り合いで、妙な違和感を感じる。

 その女性の背後には、命令を待つ兵士のように整列した蝗の群れが。


「お前が、こいつらを」

 

 恐らく、何らかの手段で蝗達を操り、この街を襲わせたのだろう。  

 基本的に女性には手を掛けない主義だが、流石に見過ごせない。


「すみませんが、勝てない戦いはしたくないですから」

「待て!」


 が、こちらが攻撃を開始するまえに、女性は一瞬で姿を消していた。

 あの様子からして、最初から俺とは戦わないつもりだったのだろう。


「また転移魔法か……」


 確信は無いが、以前出会った中華風の服装の男と少年、二人の雰囲気と似通ったものを感じる。

 仮面の組織とは別の何かが、俺の周りで動き出しているのか……?


「カムロ! 無事だったか」

「イスク」


 と、背後からイスクに声を掛けられた。

 蝗達と戦闘していたのか、体や鎧のあちこちには生々しい傷が刻まれていた。

 

「シィルから聞いた、世話になったな」

「いや、大したことはしてない」


 実際首謀者には逃げられたし、街を見渡せば幾つもの建物が崩壊していた。

 完全に滅びるのはどうにか防げたが、これではまた建て直すのに一苦労だろう。


 その光景を目にして、心の中にある考えが浮かんでいた。


「イスク、話があるんだ」


 じっと目を見て話すこちらの気持ちが伝わったのか、無言で続きを促すイスクに、目を閉じ、少し時を置いてから続ける。

 これから告げる内容の重さに、思わずそうしていた。


「さっきの頼み、受けようと思う」 

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