第七十九話 戦いの渦の中へ
伝説の召喚獣らしき怪物に襲われて壊滅したという、シィル達のかつての故郷。
そこに何か手掛かりがあるかもしれないと、俺は相棒の背に乗ってグの国の旧首都を訪れていた。
「酷いな……」
建造物の類は粗全てが倒壊しており、そこが街であったということすら分からない程完膚なきまでに粉砕されていた。
ここが首都だったとシィルに教えられていなければ、恐らくそのまま通り過ぎていただろう。
目を覆いたくなるような破壊の跡が広がっており、それは上空からでもはっきりと確認できた。
ここを調べた所で、得るものは何も無いかもしれない、そう諦めが心を過る。
と、一面の瓦礫の中に、異質な存在感を放つ何かが目に入った。
「相棒、あそこに降りてくれ」
「これは……何だ?」
高さは4.50m程、白磁の陶器のような材質で作られており、所々に彫刻のような意匠が施されていた。
塔のようにも見えるそれは、周期的なリズムで不気味に紅く発光し点滅を繰り返している。
まるで、生き物が鼓動を刻むように。
「ご主人、いやな感じがするよ」
側に立つ相棒が、服の端を不安げに握っている。
異様な光景に心の奥がざわつくのは、こちらも同じだ。
何だか分からないけど、このままにしておくのは不味いと直感が告げている。
「相棒、こいつを思いっきり――」
相棒を龍に戻らせ、破滅の虐殺獄炎砲で一気に破壊させようとした、その時。
「がっ!?」
甲高い悲鳴のような音が響き渡り、瞬間的に激しい頭痛が頭中を襲った。
同時に塔の点滅が激しさを増し、目が眩む程の赤い閃光が視界を覆う。
その光に体が覆われたと思った瞬間、俺と相棒は、青々とした草原の只中に立っていた。
「何が……?」
状況を把握しようと周囲を見回せば、どこか見覚えのある町並みが視界の隅に入った。
そのまま街の方へ歩けば、次第に景色は記憶と一致していた。
恐らくここは、今朝方まで俺がいたモ国の街近郊だろう。
「戻されたって事か……」
転移魔法のようなものだろうか?
原理は分からないが、あの場所からここまで飛ばされたらしい。
「だったらもう一回!」
こんな現象が起こるのなら、尚更あれをそのままにしておく訳にはいかない。
もう一度あの場を訪れ、あの塔を破壊しようと動き出した、が。
「カムロ、ここにいたのか」
呼び掛けたのは、どこか慌てた様子のイスク。
その服装は普段の動きやすい軽装とは違い、きちんと鎧を着込んだ正装だった。
「俺を探してたのか?」
「ああ、頼みたいことがあるんだが」
イスクの頼み、それは――
※
ドの国、共和国でも有数の強国であり、ここ最近の不穏な情勢に乗じて更に勢力を拡大しているらしい。
モの国の隣に位置するこの国が、行き場をなくしたグの国とモの国の住人に対して、自国への受け入れを表明して来たのだ。
暫定的な行政機関を組織するのがやっとだった難民達にとって、これは渡りに船と言える申し出だった。
そして今日、具体的な条件を決める会談が、この街の郊外で開かれることになったのだ。
イスク達が暮らしているものより数段豪華で広い天幕の中に、ドの国から訪れた役人と武将達、グの国でかつて官僚として働いていた者達、グの国で生き残った者の中で最も地位の高かったイスク。
そして何故かこの重要な会議に同席を求められた俺が集まっていた。
「であるからして、ドの国としては……」
原稿だろうか、何か紙を手に持ったドの国の役人が、つらつらと堅苦しい言葉を述べている。
イスクから聞かされたのは、何かあった時の為に一応待機しておいて欲しいと言う事だった。
ドの国の近隣国からの評判はかなり悪く、イスク個人としても余りいい印象を持っていないらしい。
居るだけでいいって言われてもなぁ。
話を聞いているだけってのも、正直暇で仕方がない。
そう思っていたのだが……
「ちょっと待て、この三等市民とは一体何だ!」
ドの国から提示された条件を見て、激昂したイスクが叫ぶ。
「ドの国には、一等から三等までの階級が存在し、他国からの移民は基本的に三等市民として扱われるのです」
直接向けられていないこちらでも震え上がるような怒気を受けても、役人は平然と受け答えをしていた。
そのまま役人は、ドの国に存在する階級制度について詳しく説明し始める。
一等市民は支配層、二等市民はドの国の一般的、三等はそれ以外の国民と厳しく階層が分けられている。
三等市民は名目こそ市民だが、実際は権利に大きな制限を課せられており、住む場所から職業まで、完全に国から指定されたそれを守らなければならないとの事だった。
「まるで奴隷ではないか……!」
「それれぞれの国民が、それぞれに合った役割を全うする、実に合理的な仕組みではありませんか」
怒りを抑えきれない様子のイスクとは違い、役人は自国の制度を全く疑問に思っていない様子だった。
「受け入れられないのであればこの申し出そのものを拒否して頂いて構いません」
別の役人が、こちらを嘲るような態度で話に入る。
「最も、その時はそれなりの対応をさせて頂きますが」
成程、さっきからまるでイスクの態度に動じていないのは、圧倒的に武力で優っているという自身があるからか。
そう言えばこの天幕の周囲にも、ドの国の軍勢が威容を見せ付けるように並んでいたっけ。
「……足元を見てくれる!」
グの国から命からがら逃げ出してきた避難民と、盗賊に支配されていたモの国の生き残りでは、いくら数をかき集めたところで強大なドの国の軍勢に勝ち目はない。
イスクもそれを察したのか、悔しげに唇を噛んでいた。
「カムロ、お前はどう思うのだ?」
と、不意に隣に座るイスクから呼びかけられた。
「俺は……」
急に意見を求められも言葉に窮してしまう。
勿論俺個人としては反対だ、だけど、たった一人の考えを押し通して良いのだろうか?
ここは一旦会見を打ち切って、皆に相談してから決めた方が……
「先程から気になっていたのですが、貴方は一体何者なのですか?」
と、役人が不信気に問い掛けきた。
恐らく、最初から官僚や武将でもないものがこの場にいた事に不信感を持っていたのだろう。
そう言えば名前を言っていなかったなと気付き、こちらが名乗ろうとした、その時。
「こいつはカムロ・アマチ、私が知り得る限り最も強い男だ!」
何故か誇らしげな顔をしたイスクが、大声で答えていた。
最も強いって、それは言い過ぎだと思うけど……
と、役人の後ろに座っていた軍人が、徐ろに口を開いた。
今まで腕を組んで偉そうに座っていただけで全く発言していなかったのに、何かあったのか?
「カムロ・アマチ……だと!?」
椅子から半分ほど腰を浮かせた軍人は、何故か酷く緊張した面持ちで軍人こちらへ問いかけた。
「あ、はい」
何故名前を聞いただけで驚かれたのか分からず、間抜けな返事をしていた。
「成程、何故敗残兵程度がモの国を取り戻せたかと思っていたが、そういう事か!」
「ええと、何がですか?」
「これは不味いですよ」
「ああ、本国に持ち帰るべきだろうか……」
事態が把握できていないこちらを全く無視して、目の前で武将と役人達は集まって相談を始めてしまった。
こちらが何も言っていないにもかかわらず、どんどん話が進んでいくような気が。
そのまま暫し相談を続けた後、武将と役人はいきなりこちらに向き直って。
「貴方が相手であれば、こちらとしても対応を考えざるを得ませんね」
「カムロ・アマチ、首を洗って待っているがいい!」
そう言い残し、慌てた様子で武将は軍勢を引き連れて帰ってしまった。
放置された天幕の中には、訳も分からず呆然と立ち尽くす俺達が残されていた。