第七話 地の底の出会い
ミドン中心部で助けた少女に案内され、俺は少女達の拠点まで歩いていた。
前方をゆっくり歩く少女は、口数も少なく、どこか緊張している面持ちだった。
恐らく、いきなり現れた見知らぬ存在への怯えと好奇心が入り混じっているのだろう。
ミドンに仕事を探しに来た傭兵という説明は一応信じてもらえたようだが、まだまだ警戒されているようだ。
暫く歩いてから、ミドン郊外の一角へ辿り着いた。
今までも相当荒れ果てた町並みだったが、更にそれを煮詰めたような光景が見渡す限り広がっている。
倒壊した建物の残骸や、無造作に積まれた廃棄物で、大通りと思われる場所ですら迷路のようであった。
その中を少女は慣れた様子でスイスイ進んでいく、このガイドが無ければ容易に迷子になっていた所だな。
微かに日の差す中を進んでいると、不意に目の前の進路が下方向へ進み始めた。
そのまま俺達は四方が壁に囲まれた薄暗い地下通路へ入って行く。
辿り着いた先にあったのは、人の背丈ほどはある古びた大きな扉と、警戒するように立つ統一された服装の男達の姿。
少女は男達の顔を見つけると、ほっとした顔で駆け寄っていった。
少女が男達に俺の説明をしている間、この奇妙な地下都市を見渡す。
昔は墓地だったのだろうか、いくつも積み上げられた人骨が放置されたそこは、立っているだけで体の芯から冷え込むような寒気に包まれている。
壁のあちこちには、統一されたマークと標語のような落書きが幾つも描かれており、ここがドルガス帝国に対する抵抗組織の本拠地であることを示していた。
ここまでは事前に聞かされた作戦内容通り、取り敢えずは順調かな。
偶々助けた女の子が抵抗組織の仲間で良かった、善行は積んでおくものだな。
旧マーム王国の抵抗組織を支援し、帝国を内部から妨害する、それが公国から与えられた作戦だった。
まだ襲撃の傷が十分に癒えておらず、共和国との関係もあって、表立っての行動は起こせない公国が考え出した苦肉の策らしい。
サモニスとの国境にも程近い旧マームで騒動が起これば、それだけサモニスへの脅威は減る、また上手い具合に事態が進んでマーム王国が再び独立を果たしても、サモニスにとって利あれど害無し。
元々サモニス以外のこっちの国には興味があったし、復讐――なんて大それた事を言うつもりは無いが、確かに帝国に恨みはある訳で、断る理由は元から無かった。
ジングからはたった一人で敵地に潜入するなんて無謀だとか言われたけど、むしろ俺にとっては一人の方が色々と都合が良い。
それにしても、ここはサモニスとはえらい違いだ。
あちこちの建物は幾度と無く繰り返された戦闘で無残な姿を晒しているし、ここに来るまでに見かけた普通の人でさえ目に生気が無い。
抵抗組織の人々は幾分か活気に溢れているものの、その明るさはどこか違和感があり、燃え尽きる前の線香花火を連想させた。
「リーダーが会いたいそうだ」
ぶっきらぼうな口調をしたスキンヘッドの男に連れられ、地下通路奥の多少きちんとした造りの部屋まで案内される。
かろうじて装飾品が幾つか置かれている他は、極めて簡素な作りの机と椅子が置かれているのみ。
ここが本当にリーダーの部屋なのか?
「ご苦労様です」
多少不安になった気分は、振り返ったリーダーを見て何処かへ吹き飛んでしまった。
粉雪のような純白の髪、強い意志を感じさせる凛々しい碧眼の目、そして整った顔立ちと体型。
どこか近寄りがたい印象を受けるものの、今まで持っていた美人の定義を塗り替える程の美しい女性がそこにいた。
「申し訳無いのですが、二人きりにしてもらえますか?」
こちらに一瞬視線を向けてから、彼女は俺を連れてきた男に落ち着いた口調で話し掛けた。
「済みません、どうしてもこの方と一対一で話がしたいのです」
少し揉めていたものの、彼女の意志の強さに推されたのか男は退出していき、部屋には俺と彼女の二人だけが残される。
「まずは、礼を言わなければいけませんね」
1m程の間隔を開けて立ち、じっとこちらを見つめて一つ一つ言葉を紡いでいく彼女。
透き通った、それでいて凛々しい声に、こちらはなんだか魔法を掛けられている気分になる。
「別に、大した事はしてないさ」
慣れていない美人との会話に動揺したのか、思わず変な口調で返してしまった。
「そういう訳にはいきません!」
俺の内心を知ってか知らずか、少しずつ距離を詰める彼女。
近づく間隔と比例して、俺の鼓動が早まっていく。
「本当に、ありがとうございました」
手を握ってお礼を言われてしまった。
俺のパニックは頂点に達し、そっぽを向いて頷く事しか出来ない。
「傭兵という事ですけど」
「ああ、仕事を探していてな……丁度良い、ここに加えてもらえないか」
内心では口調を修正しようと動揺しっぱなしだが、口からは自然と気取った言葉が発せられる。
「……どうして?」
「偶々行き着いた所が抵抗組織のアジトだったから、って理由じゃ駄目か?」
「傭兵仕事をするのであれば、帝国側に着いた方が有利な筈では?」
「帝国は気に入らないんでね」
「それだけ……ですか?」
口調を直すのは諦め、作戦を実行することに意識を集中し始めたものの、こちらでも上手く行かない。
唐突にやって来て仲間に入れてくれってのは、流石に怪しすぎたか?
仕方無い、お涙頂戴は気が進まないけど……
「同情を引くようで、あまり言いたくなかったんだが……」
一旦言葉を切り、彼女が注目するのを待ってから再開する。
「俺は、この前までキルストに住んでいた」
「もしや……」
彼女の表情が一瞬で曇る。
どうやらあの事件はこっちでも知られていたらしく、効果は予想以上に出ていた。
「ご想像通り、かな」
別に嘘を付いた訳ではないが、死んだ人達を利用したようで、胸に少しだけ鈍い痛みを覚える。
「分かりました、貴方を歓迎します、私達の仲間として」
「良いのか?」
「貴方の言葉に隠し事はあるかもしれませんが、悪意は感じませんでしたから」
少し引っかかる言い方だったけど、取り敢えずは目標達成、かな。
一瞬気を緩ませた、その時。
低い唸り声のような音と共に、突如部屋全体が激しい振動に包まれ、壁に立てかけられた旗や、天井の一部が落下し始めた。
咄嗟に彼女を抱きかかえるように庇い、床に倒れこむ。
「大丈夫か?」
次第に揺れは収まり、背中に幾つか軽石の落下を受けたものの、なんとかどちらも無事のようだった。
「だ、大丈夫ですから、その、離して……」
「す、済まない!」
絞り出されたような声に、慌てて手を離す。
倒れこんだ拍子に、彼女の柔らかい部分を掴んでしまったようだ。
不可抗力だと自分に言い聞かせたものの、鼓動は早鐘の如く打ち鳴らされていた。
つとめて冷静さを装いながら、地上へ駈け出した彼女の後を追う。
入った時とは別の通路から出たそこには、あの蜘蛛数機に囲まれる抵抗組織数人の姿と、燃え盛る建物。
その手に武器は無く、どうやら非戦闘員のようだった。
「そんな、この出口がもう発見されるなんて」
予想外の光景を目にし、思わず膝から崩れ落ちた彼女、その絶望に染まった顔を見たら、体が勝手に動き出していた。
「どうやら、初仕事のようだな」
彼女の肩に軽く手を乗せてから、ゆっくりと蜘蛛達へ向け歩き始める。
「待ってください、貴方一人では……!?」
逃げ惑う抵抗組織達を通路へ避難させ、立ちはだかるように蜘蛛と相対する。
心配そうな彼女の声が響くが、心中は代わり映えのしない敵に多少食傷気味だった。
まあ、ここでの初戦闘なら丁度いい位か。
「俺の先攻! 俺のターン!」
本来なら審判が先攻後攻を決めるのだが、当然今はそんな場合では無く、勝手に先攻を宣言する。
その声と共に、右手にはM&Mの初期手札である五枚のカードが握られていた。
そのカード達を確認すれば、既に奴らを葬る必殺のコンボが完成している。
思わず笑みを浮かべそうになるが、それを堪えて蜘蛛達を睨みつけ、口から勇ましい言葉を発していく。
「手札の魔法、物質合成を発動!」
この魔法を使えば、幾つかの魔物カードを合成し、その素材に応じて強力な魔物を呼び出せる。
俺の手札には、水属性の魔物が三体、これを素材にすれば、あの魔物を呼び出せるはず。
「荒れ狂え、絶氷の凍牙! 我が敵に永劫の眠りを!」
祝詞が紡がれ始めると、俺の手に握られた三枚の札が、空中に浮き上がって正三角形の位置に配置された。
そして、魔法陣の如き神秘的な光の文様が空中に描かれ始める。
「合誓召喚! 」
俺が両手を合わせると、その三角形の中央に全く新しい札が創り出されていた。
「クラス8、雪花の狩人!」
空中のカードが激しく瞬くと、蜘蛛達が全て直立不動の氷像と化し、燃え盛っていた炎も全てがかき消される。
それを為したのは、大地を震わせて現れた、青と白を基調とした体色の氷の結晶の如き姿をした狼だった。
「雪花の狩人の召喚時効果は、自分の攻撃力以下の相手の魔物を全て破壊……って言っても、聞いてないか」
戦闘終了を確認してから、俺は呆然としたままの彼女に駆け寄り、手を差し出す。
「言い忘れていたな、俺はカムロ・アマチ、召喚士だ、これから宜しく」
「……私はエリス、エリス・シュレイと申します、こちらこそ」
手を握り返したエリスの柔らかな表情は、先程よりもっと綺麗で――