第七十八話 想いを繋げて
盗賊達との戦いも終わり、イスク達が待っている街の外へと向かった。
「イスク、大丈夫だった?」
「お前、何故ここに? 逃げて来たのか?」
門の前から街をじっと見つめ、見張りのように立っているイスクに呼びかければ、まるで幽霊を見たかのように驚かれた。
「いや、違うけど……何で?」
「まさか、お前が全て倒したのか!?」
「あ、ああ」
どうやら、イスクはあの状況から生きて帰れると思っていなかったらしい。
「そんな、あれだけの数を……信じられない」
と、会話を聞き付けたのか、避難している人達の数人程集まってきた。
「これからどうするんだ、奴等の報復があったら!」
「いえ、その心配は無いと思います」
「何故そう言える!?」
「ええと、実は――」
モの国は盗賊団が支配していたこと、その盗賊団は首領も含め略全員を自分が倒したので、報復などは恐らく無いだろうと言うこと。
それらを掻い摘んで説明したが、反応は思わしくなかった。
「まさか、そんな馬鹿な」
「いくらあんたが強い召喚士だからって、たった一人で国をどうにかする規模の盗賊団を全滅させて、首領も倒したって話があるかよ」
「自分を売り込みたいからって、適当な事言ってるんじゃないのか?」
こんな感じで、皆はさっぱり信じてくれなかった。
まあ、行き成り話を聞いて信じろって方が無理なのかもしれないが。
「ご主人を馬鹿にするの!?」
激昂し掛けた相棒を片手で制す、ここで龍化されると流石に不味い。
「じゃあ、実際に見てもらったほうが早いと……」
そう言ってこの場を収めようとした、その時。
「おーい、みんな! 大変だ!」
市街の方向から、こちらへ呼びかける大声が聞こえた。
「何だ? まさか。敵の襲撃か!?」
「いいから来てくれ!」
言われるまま、俺達は市街へ歩き出す。
まあ、こちらは何があるのかを知っているのだけど。
「これは……」
あちこちの地面に空いた大穴と、未だ燃え盛るのを止めない激しい炎や、多数の人間を閉じ込めたまま凍りついた氷柱。
建物の多くは倒壊や融解し、跡形もなく消滅しているものもあった。
後からこうやって容赦の無い破壊痕が広がっているのを見ると、自分でも少しやり過ぎだった気がしてくるな。
その光景を見て、皆は暫く圧倒されたように無言で黙りこんでいた。
それからの経緯は、余り特筆するものでもなく。
ゴゴの国は滅び、かつてモの国と呼ばれた場所は、グの国からの民達によって一先統治されることになった。
逃げてきた人々の中にはかつての官僚等もいたそうで、今の所はそんな人達でどうにか行政を回しているらしい。
俺の扱いは、今は雇われの傭兵と言った所だろうか。
あの戦いの後からは、少しだけ周りの対応も変わった気がする。
変に気を使われたりお世辞を言われたり、全く異質なものに対する目を向けられたり。
サモニスや帝国でも経験したけど、派手に活躍し過ぎると逆に怖がられる。
だからといって実害がある訳ではないから、別にそこまで気にするものでもないが。
本来の目的である伝説の召喚獣探しの方はまだ全く手がかりもない状態だけど、取り敢えず安定した住処を持てただけでも上々……か?
※
ゴゴの国が滅んでから数日が経ち、かつてゴゴの国と呼ばれていた場所に平穏が少しずつ戻り始めていた。
グの国からの避難民に加え、盗賊から逃げ出していたモの国の住人達が次第に集まり、破壊され尽くした国土の復興を始めていた。
その破壊の中には召喚獣によるものもあり、修復をしている住民を見て少し申し訳ない気分になったりも。
適当に街を散歩していると、不意に目の前に人影が走り込んできた。
突然の事にこちらが反応する前に、その大きな人影は、素早い速度で。
「済まなかった!」
思い切りこちらに頭を下げていた。
よく見れば、伸びた黒髪に長身痩躯、凛とした雰囲気を纏った姿は、あの女性のものだった。
「イスク? どうしたのさ」
こちらが知っていたイスクの気質からは全く予想外の行動に、呆気に取られながらもどうにか言葉を返す。
「オレは、お前の事を誤解していた。 強きものを尊ぶべしというグの教えに、オレは背いていた」
そう言って、もう一度深々と頭を下げるイスク。
後頭部から垂れる結ばれた黒髪も、どことなく萎れたように見えるから不思議だ。
「いや、良いって別に……」
実を言うと、あれからイスクとは数日会っていなかった。
怖がって姿を見せないのかと思っていたけど、単に顔を合わせるのが気不味かったって事なのか?
「許してくれるのか! 何と心の広い奴なんだ、礼を言うぞ!」
感激した様子のイスクに、武人らしい大きな掌で思い切り握られる。
その手は意外に柔らかくて、少しだけ照れてしまう。
「えっと……どういたしまして」
あの戦いで沢山の人に怖がられてしまったけど、こうやって素直に礼を言ってくれる人もいる。
今までだってそうだったけど、皆が皆こちらを拒絶する訳じゃない。
多少戸惑いながらも、自分の中の靄が晴れたような気分になっていた。
「これから困ったことがあれば、何でも言ってくれ!」
最後に軽快な口調でそう告げて、イスクは勢い良く去った。
爽やかな一陣の風が、駆け抜けていったようだった。
心なしか軽やかな足取りで散歩を再開する。
と、聞き覚えのある旋律が耳に届いた。
「これは……」
何かに導かれるように、その音を辿って歩いて行く。
暫し歩いたそこは、瓦礫と瓦礫の間に偶然出来た空き地のような場所。
小さな公園程度のそこに、数十人くらいの人が集まっていた。
人達の目線の先には、小さな木箱の歌唱台に乗って歌う、小さな歌姫の姿が。
草原で聞いた曲とは違う、温かい太陽が照らす柔らかな日差しのような歌声が流れていた。
そのままシィルは、数十分の間歌い続けていた。
「シィル」
即席の音楽会が終わってから暫し後、少しだけ疲れた様子で空き地の脇に座ったシィルに呼び掛ける。
「カムロさん!」
顔を上げて反応したシィルの表情は、大きな達成感に包まれているようだった。
「歌ってたのか?」
「はい、どうにか平和な場所に辿りつけたけれど、みんなまだ不安みたいですから。 少しでもそんな気持ちを無くせたらって」
「そっか、偉いな」
「いえ……」
頬を朱に染めて照れるシィルを見て、素直に可愛らしいという感想を抱く。
「私、カムロさんに言われて、思い切って人の前で歌ってみたんです」
こちらをじっと見つめ、嬉しそうに語るシィル。
「そしたら、皆さん凄く喜んでくれて……」
心からの喜びがまじまじと伝わり、聞いているこちらまでも温かい気持ちになる。
「あの……ありがとうございました」
真剣にお礼を言われて、照れるというか、どうにも変な気分になっていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、今日はよく礼を言われる日だなって」
「はい……?」
照れ隠しに呟いた言葉は、シィルには意味不明だろうな。
シィルが誰かの為に歌いたいと思った気持ち。
自分以外の人に向けられたその思いは、誰かの為に戦う俺の思いと、根っこの部分で同じものなのかもしれない。
そんな事を考えながら、不思議そうな顔をするシィルを見つめていた。