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第七十七話 野望の刻

 古びた石畳の上を、馬車は軽快な音を立てて進む。

 初夏の爽やかな日差しが車窓から差込み、時折涼しげな風が頬を撫でる。

 皆を無駄に刺激したく無いので召喚獣に乗っていくのを止めたのだが、偶にはこうやって穏やかな旅を楽しむのも悪くないかもな。


 シィル達と行動を共にして数日、旅は特に問題も無く進み、現在地は目的地であるモの国付近。

 モの国に辿り着けば、グの国から避難して来た民衆達も少しは安心出来るだろうか。


「モの国の国境が見えてきました」


 と、馬車が急に歩みを止めた。

 何かあったのかと前方を見れば、馬に乗ったまま静止したイスクの姿が。  


「おかしい、旗が立っていない……?」


 視線の先を見れば、重厚な造りをした関所らしき建物が。

 その言葉通り、普通関所にある筈の国の旗が立っておらず、どことなく不穏な雰囲気が漂っていた。


「オレが様子を見てくる、お前達はここで待っていろ」

「俺も行きます」


 一人駆け出したイスクを追って、共に関所へ向かう。

 まだ信用されていないのか無言で睨まれたが、強く静止されなかっただけでも幸いだろうか。


 馬に載った分早く付いたイスクは、俺よりも先に関所の光景を目にしていた。


「これは……!?」


 暫く整備がされていないのか荒廃した関所には、あちこちに激しい戦闘の後が残っていた。

 散乱する瓦礫、べっとりとこびり付いた紅い血痕、白骨化し掛けた死体の数々。

 関所と言うものを訪れたのは初めてだが、元からこんなだった……訳ないか。 


「ここを通りたきゃ通行料を……って、この間の!」


 現れたのは、見覚えのある荒々しい服装の男達。


「答えろ、何故賊風情がこの関所を!」


 それは正しく、先日俺が追い払った盗賊達だった。


「ここは俺達の物になったんだよ、俺達、ゴゴの国のな!」

「国だと!?」


 驚愕するイスクとは別に、頭の中には別の印象が浮かんだ。 

 午後の国って、なんとなくほのぼのした名前の国だな……


「呑気にお喋りするつもりはねぇ! 死にな!」


 そもそもまともに会話するつもりが無かったのだろう、話を一方的に打ち切って男達は襲い掛かってきた。

 直情的と言えば良いのか、ところどころ破けた意匠の格好と言いどこか世紀末って言葉が思い浮かぶ奴らだ。 


「イスクさんは、皆を頼みます!」

「何を言っている、オレが戦う!」


 こちらの肩を掴まんばかりの勢いで食って掛かるイスク。

 真正面から本気の殺気を浴びせられて正直かなり怖いが、ここで引けない訳があった。


「肩、まだ直ってないんだろ」


 いつのまにか、敬語口調が抜けていた。

 

「な……! 気付いていたのか」


 槍の穂先を弾き飛ばされた時、イスクは反動で自分の肩を痛めていた。

 シィルはしっかり気付いていたらしく、もし荒事になれば助けて欲しいと頼まれていたのだ。

 

「罪滅ぼしって訳じゃないけど、ここは俺がどうにかする!」

「くっ、任せたぞ!」


 悔しそうに去っていくイスクを見送り、周囲をすっかり取り囲んだ盗賊達と相対する。  


「盗賊が国を作るってのか!」


 さっきの話が本当だとすれば、モの国をこいつらが乗っ取ったらしいのだが……


「新しい時代が始まったのさ! 力さえあれば、誰でも覇者になれる時代の幕開けだ!」

「力さえあれば……か」


 こんな奴らが国一つを制するとは、どうやら予想以上に共和国の情勢は混乱しているらしい。


「だったら、お前達には無理だな!」

「ほざけ!」


 武器を手にした男たちは、口々に荒々しい言葉を投げ掛け、一斉にこちらへ武器を向けた。


「召喚士相手だろうが、これだけ数がいれば!」


 カードを引く時間を稼ぐ為に、わざわざ話に付き合っていたが、もうその必要も無い。

 

「自分のフィールド、手札に他のカードが無く、相手のフィールドに三対以上モンスターが存在する時――」


 数十秒後、関所があった場所は、燃え盛る紅蓮の炎のみが支配する煉獄と化していた。


「馬鹿……な」


 苦しそうな呻き声に、チクリと痛むものを感じる。

 どうにかそれを考えないように押さえ込むが、きっとこれは何時まで経っても慣れないものなんだろう。


「ここで俺達を倒したとて、頭領に叶うわけがねぇ……」


 直撃を間逃れた盗賊の一人が、意識を失う直前うわ言のように呟いていた。

 頭領……? こいつらの統率者だろうか。

 成程、どうやらそいつを倒さなければ、この騒動は治まりそうに無いな。


 すぐ側に降り立った相棒の気配を感じながら、男が最後に見ていた方向をじっと見つめていた。

                   ※


「ここが王都……だよな」


 相棒の背に乗って着いた王都は、先程の関所と同様無秩序に荒れ放題な状態だった。

 恐らくかつては、国の象徴に相応しい豪華で優美な都だったのだろう。

 だが今は、まさに地獄の一丁目と言った雰囲気を放つ場所に成り下がっていた。

 心なしか街を覆う空も、黒々と淀んでいる様に感じられる。


「お前、見ない顔だな」

「頭領ってのは、何処にいる?」


 街に入るなりいきなり睨みつけてきた辮髪の男に、目的の頭領について尋ねる。

 だが……


「何言ってんだ! 頭領がお前みたいな餓鬼に会う訳ねぇだろ!」


 答えるが早いか、弁髪の男は殺気丸出しで武器を向けてきた。


「少しは冷静に話をする努力をしてくれよな……」


 先程から全く遠慮の無い敵意をぶつけられっぱなしで、流石に気疲れする。

 最近は戦いに慣れてきたとはいえ、元々こういった荒事は苦手だった身としては、もう少し理性的な戦いをしたい所だ。

 それこそ、M&Mの試合ゲームのような。


「畳んじまいな!」


 殺到する男達と対峙し、山札デッキからカードを引く――


                             ※


 

「国の中心を占拠とは、随分調子に乗ってるな」

「な!? なんだ手前てめえ!」


 取り合えず一番屋根が大きくて敷地も広い、いかにも豪華そうな建物の中に入ってみたけど、どうやらここが正解だったらしい。

 あちらの世界の体育館程だろうか、大きな部屋の中心には、真っ赤な絨毯が道のように入り口から長々と敷かれている。 

 その流れを辿っていけば、階段のようになった玉座が目に入った。

 当代の玉のみが座るべきであろう重厚な椅子には、鷹揚な態度で腰掛ける丸々と太った男の姿が。

 その周りには、絢爛な装飾品や、如何にも贅を尽くした高級そうな食品が無造作に転がっていた。

 まるで子供が好き勝手に散らかし放題にした部屋のようで、お陰で玉座の威厳が台無しになっている。


「悪いが、お楽しみはここまでだ」

「たった一人で乗り込んできたってかぁ! 野郎共、やっちまえ!」


 周囲に向かって大声で叫び、仲間を呼び出す頭領。 


「……どうした、おい! 何で誰も出て来ねぇ!」


 しかし、その声に答えるものは誰もいない。


「お前の仲間達は、全員俺が倒したよ」


 確かにかなり数は多かったし、士気も旺盛で、武具の類もそれなりには整っていたといえる。

 もしこのまま勢力を拡大し続ければ、歴史書の一行に刻まれるような存在になっていたかもしれない。

 ……まあ、そうはならなかったのだが。


「ふ、ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ!」


 こちらの言葉を裏付けるように、周囲から仲間の気配が無くなった事に気付いたのだろう。

 さっきまで茹で上がったように真っ赤だった頭領の顔は、たちまち青褪めていた。


「むかつく顔しやがって、生意気なんだよ!」


 声を荒げて激しく切った啖呵も、動揺を悟られないように発したのが見え見えだった。 


「統率者相手なら少しは話し合えると思ったけど、期待外れだったようだな」


 盗賊とはいえかなりの人数を束ねる者なら、多少は理性的な人物かと考えたのだが、どうやら買い被りすぎたらしい。

 呆れて溜息を付いてから、上空へ向け手で合図を出す。


「殲滅の虐殺獄炎砲撃ジェノサイドインフェルノ!」

「へ……?」


 高らかに技名を叫んだのと、紅き龍が咆哮したのは粗同時だった。

 天井が崩れ、鼓膜を震わせる激しい轟音が響いた後、頭領は龍が発した燃え盛る炎に包み込まれていた。

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