第七十四話 帰還、そして……?
エルフの里を去るボク達を、ディーレットさんは里の入り口まで送ってくれた。
「行くのか」
ここにいたのはほんの数週間だけど、それでも、仲良くなった人との別れはとても名残惜しい。
多分それは、過ごした時間の長さとはあまり関係のないものなんだろう。
「うん……いままでありがとう」
ディーレットさんがいなければ、ボク達は見知らぬ地でのたれ死んでいたかもしれない。
それを考えると、感謝してもしきれない。
「礼などいい、お前達と過ごした日々は楽しいものだった」
そう言って軽く笑うディーレットさんの顔は爽やかで、幾分か重たい気持ちが減ったような気がした。
「あのカムロと言う少年に伝えてくれ、お前のお陰で、私は古く新しき友を失わずに済んだとな」
「分かりました、必ず伝えます」
最後にそんな会話をして、ボク達はエルフの里から歩き出した。
目指す場所は、ボク達のかつての居場所へ。
※
熱気に包まれる広場の中で、大きな太鼓と笛のような民族楽器が陽気な音楽を奏でている。
中央には、山積みにされた派手な肉料理が、美味しそうに湯気を出していた。
ドワーフの里を去る俺達に、彼らは歓迎の際と同様の、やもすればそれ以上の盛大な宴を催してくれていた。
さっきから引っ切り無しに村の者が訪れては、料理を進めたり酒を進めたりと忙しい。
料理はともかく、酒は全く飲めないので断るのが大変だった。
と、賑わう集団から少し離れた所で、所在なさげに佇む少女の姿を見つけた。
「どうしたのスミレ、元気ないみたいだけど……?」
それは、ある意味今回一番の功労者とも言えるスミレだった。
本来なら、俺よりも賞賛されてしかるべきなスミレが、何故悲しげな表情を浮かべているのだろう?
「私には、彼らの好意を受け取る資格はない」
おずおずとスミレが語り出したのは、過去に自分が行った行動への後悔と懺悔。
「かつて蛭子と同じ志に傾倒し、この地を歪める企てにも参加していた私には……」
直接的に危害を加えるまではしなかったものの、凶悪生物を放つ事や、ドワーフとエルフ族を仲違いさせるための準備を手伝ったこともあるという。
責任感の強いスミレは、そんな自分が許せないのだろう。
「そんなこと無いよ」
俺はそうは思わない。
「カムロ……殿?」
意外そうに顔を上げるスミレに、更に続ける。
「昔のスミレは関係ない、今のスミレが何をしたいか、そして何をするか」
あの時スミレは、俺を、皆を守るために行動してくれた。
それで過去の事が全部帳消しになったとは言えないかもしれない、けど、それで十分だ。
そこで一旦言葉を切り、スミレを改めてまじまじと見る。
自分より幼く華奢な体で、あそこまでの働きを見せてくれた事に心から感嘆し、感謝していた。
「俺は、今のスミレが好きだよ」
スミレの瞳をじっと見つめ、その気持ちをまっすぐに伝える。
「な……! へっ……!?」
と、スミレは顔を真っ赤にして数秒停止し、その後俯いたまま黙り込んでしまった。
出来るだけ解りやすく伝えたつもりだったのだが、なにか齟齬があったのだろうか?
「ここに相棒さんがいたら大変でしたね」
「全く、若いのう……」
自分の思いを伝えられて晴れやかな気持ちだったこちらとは違い、マキヤさんとアリムは何故か呆れ顔でこちらを見て溜息を付いていた。
スミレと二人の反応が全く分からず、未だ流れる陽気な音楽の中で、俺は只首を傾げていることしか出来なかった。
※
宴の後、エルフの里の近くで相棒達と合流する。
「今回の件のお礼に、普通は立ち入れない場所まで入っていいそうだよ」
目的地は森の最深部にあり、面倒な手続きなどが必要かなと思っていたが、レラが既に話を通していてくれたらしい。
「レラも、この辺りが怪しいって思ってたの?」
「流石に確信は持ってなかったけどね」
そんな会話をしながら、森の奥深くへ歩を進めていく。
「カムロくん、あれ」
暫く薄暗い木々の間を歩いた後、開けた場所にあったのは、石造りの巨大な建造物。
大きさ、形共に、多少の差異はあるもののあちらでみたピラミッド状のそれと酷似していた。
多くの探索者によって調査しつくされたあちらとは違い、全体が蔦に深く覆われており、悠久の時を人知れず過ごした事が伺える。
「予想通り、かな」
薄暗い遺跡の中を、足を取られないよう慎重に進んで行く。
石造りの通路の中は苔や雑草が生え放題で、暫く立ち入るものがいなかった事を伺わせる。
特に障害も無く通路を進み終え、突き当たりに行き着けば、そこにあったものは。
「見覚えのある扉ですね」
そう、こちらに来る前の遺跡にも存在した、俺にしか開く事の出来ない扉。
前回のようにゆっくりと手を翳すと、やはり前と同様、重厚な扉はぎしぎしと音を立てながら激しい振動と共に開き始めた。
扉が完全に開いてから先へ進むと、程無くして通路は途切れ、その丁度最奥にあったものを見て、思わずマキヤさんが声を上げる。
「あの時の……!」
俺達がこちらへ飛ばされる直接的な原因になったと言える、Uの字を逆さにしたような形の不思議な構造物が、まるで鳥居のように鎮座していた。
「多分あれは、こっちとあっちを繋ぐ門みたいなものじゃないか。 そう予想してたんだ」
形状と俺達が見舞われた現象から、あれはよくSF作品等に存在する全く違う地点を繋ぐ門ではないかと想起した。
あれが門の入り口なら、こちらの何処かに出口となる出口が存在すると考え付いた。
であれば、こちらにもあちらと同様の遺跡がある筈。
そう思っていた所に、レラからエルフの里に伝わる古代の建造物の話を聞き、ここを訪れたのだった。
「あの時のものと同じだとすれば、どこかに起動する為の何かが……」
「この前飛ばされたのは、ご主人が札を引いた時だったよね」
思い返せば、いきなり襲い掛かってきた襲撃者に対応する為戦闘を始めようとした時に、俺達は門に飲み込まれていた。
であれば、今回も同様の行動を取れば……
「俺のターン、ドロー!」
眩く引いた札が光ったかと思った瞬間、辺りに響き渡る轟音と共に、門から凄まじい光量が溢れ出した。
「光が……!」
驚愕する間もなく、俺達はそれに包まれて――
※
ずきずきと痛む頭を抑えながら、半覚醒の意識でどうにか瞼を開ける。
まず目に入った光景は、薄暗い遺跡でも深緑の木々が生い茂るエルフの森でもなく、灼熱の太陽に照らされる砂漠地帯。
「もしかして、帰ってこれたの……?」
遠くの方に見える街の影や、点在する岩石等、周りの風景も私達がエルフの里に飛ばされる前に居た場所と同じに見える。
と、辺りを見回していた時に、目に飛び込んできたのは。
「崩れちゃってるけど、間違いない、あの遺跡!」
丁度私達のすぐ背後に位置した、さっきエルフの里でも見たものとほぼ同じあの三角錘の遺跡。
綺麗に三角を描いていた神秘的なフォルムは、頂点が陥没したようになって見る影もないものの、周囲の形状等は記憶と瓜二つ。
思い出せば飛ばされる直前、戦闘によって移籍全体が崩壊しかかっていたような。
「良かった、帰ってこれましたよ旦那様!」
状況を把握し、喜びの声を上げてカムロくんを探すスアレ。
けど……
「……旦那様?」
この場にいたのは、私、スアレ、マキヤさん、スミレちゃんの四人。
「隊長は? 一体何処に」
カムロくんと相棒ちゃんの姿は、それからいくら探しても影も形も見当たらなかったのでした。