第七十二話 渾身の戦い
「出し惜しみは無しだ! 魔法発動! 賢者の遺産!」
戦闘開始と同時に速攻を掛け、まず手札から魔法発動。
「山札から二枚ドローし、その後三枚墓地に送る」
よし、いい札を引けた。
「魔法発動!旋律の波動!」
掲げられた札が一瞬輝き、全方位に向けて放たれた衝撃波が、周囲の敵達の動きを止めていく。
「相手場の魔物は、次のターンまで攻撃できない!」
これで暫く敵は動けない、まずはこの隙に戦力を展開して……
と、戦略を立てていたその時、動きが止まっている筈の敵集団の中から、二つの影が飛び出したのだ。
「なっ……!?」
一体は黄土色をした不定形の軟体生物、もう一体は逆立ちした蛸のような円筒状で水色の体に赤い八本の足をくねらせている。
確か両方の魔物とも、魔法の効果を受け付けない耐性を持っていた筈。
じっくり考える余裕は無くなった、手持ちの札でこの事態をどうにかしなければ。
「墓地に光属性の札が三枚ある時のみ、この魔物は召喚出来る!」
「原初に生まれし雷よ、古の数秘術に導かれ、神の法の執行者となりて降臨せよ!」
祝詞が唱えられると、翳した札から放たれた光の粒が、次第に巨大な人の形を成していく。
「召喚、クラス9! 真理の導雷者!」
眼前に現れたのは、雷を纏って眩く光り輝く鋼鉄の巨人。
丁度こちらに迫り来る二体との間に現れた巨人は、魔物の突進をその巨躯で受け止めた。
「持ち堪えてくれよ!」
真理の導雷者は強力な魔物だが、流石に一対二では分が悪い。
「手札を一枚代償に、真理の導雷者の、効果発動!」
宣言と共に握られていたもう一枚のカードが光の巨人に吸収され、巨人の頭部、丁度目に当たる部分が神々しく輝き出した。
「墓地の光属性魔物一体を山札に戻す度に、相手のコントロールする札一枚を、ゲームから取り除く!」
効果を二回使用、巨人の目から放たれた白色の光線が横一文字に薙ぎ払われ、眼前の魔物二対を跡形も無く消し去る。
と、丁度先程の魔法効果が切れたらしく、静止していた残りの魔物達が一斉に動き出し、こちらへ向け攻撃を始め出したではないか。
飛来した光弾と火球が、真理の導雷者の装甲を焦がし、爆散させる。
気の休まる暇も無い、が同時にここ最近味わっていなかった緊迫感のある戦いに、どこか心は弾んでいた。
「俺のターン、ドロー!」
速まる鼓動を感じつつ札を引き、走って敵と距離を取りながら確認。
木々の生い茂った地形が幸いしてか、大柄な魔物中心の敵は上手くこちらを捕捉出来ていないようだった。
「魔法発動、至高天!」
宣言の後、虹色の光がポケットの山札に伸びる。
「山札からクラス8以上の名前の異なる魔物を三体無造作に手札に加える! 但し、このターン終了時に、俺は手札を全て墓地に送らなければならない」
山札から現れた三枚を握り、走りながら魔物を召喚し始める。
「相手の場にのみ魔物モンスターが存在する時、この魔物モンスターは手札を一枚墓地セメタリーに捨てて召喚コール出来る!」
宣言が行われると、手札の札カード一枚が粒子となって掻き消える。
「其は我が意思の体現者! 我らが切望を束ね、俗界の晦冥を打ち払わん!」
「召喚コール! クラス7、天翅の贈答者!」
祝詞と共に現れたのは、左右色違いの羽を背中に付けた、機械仕掛けの天使。
大きさは20m程度だろうか、鮮黄に輝く無骨な体と、朱碧に彩られた羽を持つ神々しい姿を持っている。
「このモンスターの効果エフェクトによって、手札のクラス7以上の魔物モンスターを一体、自分の場フィールドに呼び出せる!」
天使の羽が眩く光り出し、俺の眼前に輝く光の輪が展開される。
「古の闇に眠りし旧王よ、堅き棺の中から甦れ! クラス8、砂塵不死皇アテン!」
その光の輪の中から姿を表すのは、黄金に輝く荘厳なマスクを被り、同じく金の儀仗を構える太古の王。
全身はほぼ全てが包帯に包まれており、所々ミイラ化したグロテスクな体が覗いている。
この時点で既に三体もの魔物を召喚したが、まだまだ敵の方が数が多い。
ならば……
「更にもう一体!」
まだ出せる魔物は残っている、余力を残さず一気に攻める。
「自分の場にクラス8を含む魔物が三体以上存在する時、この魔物は手札から無条件で召喚出来る!」
翳した札が輝き、発せられた光が新たな魔物の体を形成していく。
「大海の中で紡がれし叡智よ、今一つに集まりて形を成さん!」
「召喚、クラス8、柔らかなる灯台守」
青い閃光が集まって現れたのは、上半身が魚、下半身が人の体を持つ半魚人。
手には鋭く尖った三叉槍を持ち、深緑の森には似合わない磯臭い体臭を放っている。
「柔らかなる灯台守の効果発動! 墓地の魔法三枚を山札に戻すことで、一枚ドロー!」
槍から放たれた光が周囲を照らすと、山札から一枚の札が手札に加わった。
この札、この魔物なら……!
「クラス8の魔物二体を素材に、重想召喚発動!」
砂塵不死皇アテンと柔らかなる灯台守、二体の体が溶け合わさり初め、更に大きな光を形成していく。
「天よ!大地よ!海よ! この世の全てを統べる絶対の理を紡ぎ、事象の果てより顕現せよ!」
周囲に迫った魔物の群れを数m吹き飛ばす程の衝撃が奔り、収束した光が弾けた。
「クラス10! 究哭龍ドラグエドルガン!」
天空を割いて現れたのは、九つの首を持つ巨大で昂然たる神龍。
色は神々しい純白、全長はゆうに50mを超え、放射状に広がった首の一つ一つには、それぞれ凶相を浮かべた龍が気炎を放っている。
体制は整った、ここからは一気に決めさせて貰う。
※
私は、自身の眼前で展開されている信じられない光景に圧倒されていた。
戦闘の行われている地点からは距離にして数百メートル程離れているが、それでもその異常さは鮮明に理解できた。
「あれ程の魔物を自由自在に操るとは、一体あの少年は」
長年森で戦ってきた私でも見たことの無いような恐ろしい魔物の群れに対し、少年は一歩も引かずに渡り合っている。
それどころか、更に強大な重圧を放つ魔物を手足のように操っているではないか。
「流石カムロくん、だね」
驚きに声の出ない私に、レラはまるで普段通りと言った様子で話しかけて来た。
心なしか、戦っている少年を柔らかな視線で見ているようだった。
「レラ、あの少年について知っているのか?」
「私の……友達、かな」
大切な過去を思い出すような、優しげな声色で話すレラの表情は今までにない程穏やかで、それだけであの少年に対する思いが透けて見えた。
「危なっかしくて、いつもハラハラさせるけど、来て欲しい時には必ず助けに来てくれる、そんな人」
「そうか、大切な存在なのだな」
短い付き合いだが、レラが信ずるに足りる人物であることは把握していた。
そのレラが言うのなら、恐らくあの少年も人格者なのだろう。
「だが、あそこまでの力は……」
エルフ族の伝承にも伝えられている、強すぎる力はその身をいずれ滅ぼすと。
私も、里全てのエルフをもゆうに超えるであろう力を持った存在は、まだ年端も行かない本当に只の少年にしか見えない。
「大丈夫、カムロくんは強いけど、それ以上に優しい人だから」
そんな私の心配を察したのか、レラはこちらを慮るように柔らかく話し掛けていた。
※
場に魔物を揃え、居並ぶ敵に向け一気に攻撃を開始する。
「究哭龍ドラグエドルガンの効果発動! 通常の攻撃に加えて、このターン召喚した魔物の数だけ、相手魔物に攻撃出来る!」
このターン召喚した魔物は、天翅の贈答者、砂塵不死皇アテン、柔らかなる灯台守、そして究哭龍ドラグエドルガンの合計四体。
「召喚した魔物は四体、よって五回の連続攻撃が可能!」
宣言が終わるのを待たず、神竜の顎門五つそれぞれに魔力が満ちていく。
「行け! 究哭龍ドラグエドルガン! 破幻醍瀑布!」
凄まじい神気を纏って放たれた龍の吐息が、居並ぶ魔物の体を消滅させていく。
「まだまだ! 天翅の贈答者で攻撃! 雄篇なる煌き!」」
止めとばかりに天使から放たれた煌きが、最後に残っていた動く骸骨を薙ぎ払った。
「馬鹿な、我が軍勢が一瞬で!」
鳴り物入りで呼び出した魔物の群れをあっけなく倒され、蛭子は凄まじく動揺した様子を見せた。
だが、これで終わりではない。
「この瞬間、墓地の砂塵不死皇アテンの効果発動! 自分魔物の攻撃によって相手場の魔物を全て破壊した時、この魔物を墓地から召喚出来る!」
森の地面が一瞬で砂漠に変わったかと思った次の瞬間、蟻地獄のように現れた穴から、冥府の王がその姿をゆっくりと現す。
「砂塵不死皇アテンで相手に直接攻撃! 墓碑の裁き!」
掲げた儀仗が怪しく揺らめくと、蛭子の頭上に古めかしい石棺が幾つも現れ、それらが空中で巨大なピラミッドを形取って落下した。
「ぐわぁっっ!」
大質量の落下を受け、蛭子の体が巻き上がった砂塵の中に消える。
「まだだ、まだ終わっていない、こんな所で……終わる訳には……!」
もうもうと立ち込める煙の中で、肺から絞り出すような不気味な声が響く。
「全ては新しき世界の為、この命と引き換えにしても貴様を倒す!」
煙が貼れるその前に、視界は突如放たれた黒光に包まれていた。
漆黒に輝やく光が、蛭子の体だけでなく、その回りを飛んでいた札も包み込んでいく。
その光は次第に収束を始め、最終的に光の塊は黒い球を模っていた。
「札を、取り込んだ……!?」
卵のようになったその黒い球に罅が入り、激しい轟音を放ちながら真っ二つに割れる。
中から現れたのは、どんな光でさえも吸い込んでしまいそうな、闇そのものといって差し支えの無い程凶悪な威圧感を放つ異形の魔物。
辛うじて人型を保っているが、流動的に畝る体は常に形を一定に保っておらず、止め処なく流れ出す汚泥の様な闇は、濁流のように大地を侵食している。
M&Mでも、こちらの世界で習った召喚術の本にも載っていないそれを見て、体の芯を掴まれたかのような震えが背筋を走る。
次の瞬間、闇に包まれた魔物の声になっていない叫び声が鼓膜を震わせたと同時に、敵を取り囲んでいたこちらの魔物が、膨れ上がった闇に包まれてその体を消滅させていたのだ。
「ぐっ……!」
同時に周囲一体を薙ぎ払った衝撃派に吹き飛ばされ、もんどり打って地面に叩き付けられてしまう。
「俺のターン、ドロー!」
朦朧とする意識の中で、激しい戦意だけが炎のように燃え盛っている。
かなり予想外の事態だが、ただ負けるつもりは毛頭無い。
「魔法発動、再生工場! 墓地の魔物五体を山札に戻し、二枚ドロー!」
引いた札は、今か今かと活躍の機会を待っているであろう赤い龍と、もう一枚。
「力を借してくれ、エリス……!」
荷物の奥、大切に閉まっていた小袋を開き、取り出した指輪を祈るように握り締める。
皇帝との戦いの後、元々の持ち主であるエリスに指輪の返却を申し出たのだが。
『既にそれは貴方の物です、貴方の臨むように使って下さい』
と返され、なし崩し的にそのまま俺が所持することになっていた。
指輪を使い、皇帝戦で発現した新たな力をあの時から何度か試してみたが、一度として成功することは無かった。
恐らくあの力は、自身が本当に窮地に立たされ、心から力を求めた時にのみ使えるものなのだろう。
だが、今ならば。
「魔法、物質合成を発動! 合成するのは、相棒と、この指輪だ!」
こちらで出会ったアリムとドワーフの人々、まだ自分は知らぬ相棒が出会ったエルフの人々。
そして、大切な仲間達を守るために、再びあの力を発動させる。
宣言と共に眼前に展開された光の渦が、相棒の札と宙に放り投げられた指輪を飲み込んでいく。
渦の中で煌めく深紅の輝きは次第に強さを増し、周囲全てを包み込む程の眩さを放つ。
「絆重ねし紅き龍よ! 古の英知と交わり、新たな光を纏いて降誕せよ!」
その光の高まりと共に、あの時と同様に口からは無意識に詠唱が紡ぎ出される。
「クラスEX! 暴君の廻天龍!」
眩き光に包まれた紅き竜は、その体に神々しい鎧を纏い、圧倒的な威圧感の中にも気高さを感じさせる姿に生まれ変わった。
胴体を包む鎧には神秘的な字体で複雑な文様が描かれ、一際激しく荘厳に輝いている。
「暴君の廻天龍の効果発動! 召喚に成功したターン、相手の効果を受け付けない!」
闇の魔物を覆う漆黒の瘴気が、龍の全身から放たれた威光に掻き消される。
「覇闘の絶滅衝撃砲!」
龍の口から放たれた閃耀が、圧倒的な光の束となって魔物の体を飲み込んでいく。
全てが終わった時、元の森林が型を留めない程破壊しつくされた荒野に残っていたのは、ただ一人の姿だった。