第六十八話 目覚めさせられた災禍
目を覚ましたボクが居間に行くと、ぺこぺこのお腹を刺激するいい匂いが既に漂っていた。
「おはよー」
「お早う、朝食はもう出来てるよ」
「スアレが作りました!」
レラやスアレに挨拶を済ませて席に座り、テーブルの上に乗った朝食を食べ始める。
今日のメニューは、パンみたいなもちもちしたやつと、野菜が何種類か入ったサラダみたいなやつ。
エルフの里は基本的に肉は食べないらしくて、ボクとしては物足りないところだ。
食事の途中、レラとディーレットさんが深刻そうな顔で話をしていた。
「そうだレラ、例の話だが、やはり部外者に里の記録を見せる事は出来ないらしい。済まんな」
「……分かりました、ありがとうございます」
歴史を研究しているレラとしては色々調べたいことがあったんだろうけど、まだこの里にきて日の浅いボク達は信用されていないってことなのかな。
ディーレットさんの話によると、エルフって種族は基本的に他の種族と触れ合わない主義らしいし。
そもそもディーレットさん以外の里の住人に会ったことすらないから、嫌われているのか好かれているのかすら良く分からないけど。
朝食を終えた後、ディーレットさんが弓の手入れをしているのを発見した。
「これから見回りに行くの?」
「ああ、最近強力な魔物が里の周辺に出没してきているのでな」
ボク達が初めて会った時に遭遇したあいつも、今まで見たこともない魔物だったらしい。
今までは、ディーレットさん一人でも十分倒せるような強さの魔物しか出ていなかったそうだ。
「それ、ボク達も付いてって良い? お世話になりっぱなしじゃ悪いし」
「既に色々と助けて貰っているのだが……そう言ってくれるのはありがたい」
スアレは家事を手伝ったりして頑張ってるけど、ボクはあんまり役に立ってない感じだから、せめて自分の得意分野で頑張らないと。
「じゃあ決まりだね」
朝食の片付けを終えたスアレも加えて、ボク達三人は里周辺の見回りに向かった。
※
見回りを始めて暫くは何の問題もなく進み、ボクは何事も無くディーレットさん家に帰れるのかなと思っていた。
でも、丁度お昼になろうかという時、ボク達の目の前に、この森では異常としか言いようのない光景が現れたんだ。
鬱蒼と木々が生い茂る静かな森の中で、そこだけ別の空間が現れたみたいだった。
「これは……」
「酷いです……」
広さは数十メートル四方ぐらいだろうか、見渡す限りってほどじゃないけど、その異常な空間は結構な広さがあった。
目に付く木々は全て切り倒され、あちこちの地面が無造作に掘り返されている。
いろんな虫や動物がいる代わりに命のない赤土が広がっていて、見ているだけで寒々しさを感じてしまう。
「これも魔物のせいなの?」
「いや、明らかに人の手が入っている」
破壊の跡をよく見てみると、木や何か土に埋まっていたものを根こそぎ奪っていったみたいで、魔物がやったものとは考えにくい。
でも、森を大事に思っているエルフ族が、こんな乱暴なことをするとは思えないけど……
ディーリットさんもそう思ったのか、右手を顎に当てて少し考えこんでいた、
「もしや、土の民が……?」
ぽつりとディーリットさんの口から漏れた言葉を、ボクが聞き直そうとした、瞬間。
「この音は!?」
ボク達の周りに、何か重くて硬いものが近づいてくる鈍い音が響き渡った。
音のした方を見れば、真っ黒な岩石が無理やり人の形を取ったような、多分三、四十メートルぐらいだろうか、とても大きな岩人形の姿が。
あれは確か……
「相棒ちゃん、あれって!」
「うん、ボクの知ってる魔物だ!」
スアレの問いかけに勢い良く頷く。
この前の樹と同じで、ボクが札だった頃に何度も戦ったことのある相手だ。
「風の精霊よ……」
同じく魔物を発見したディーレットさんが、即座に魔法を唱えていた。
でも、確かあいつの特殊能力は。
「駄目!? あいつに魔法は!」
「何っ!?」
ボクの静止が間に合わず詠唱の終わった魔法は、魔物に飛んで行く事無くディーレットさんの手の中で爆発していた。
「ぐぅっ!」
「ディーレットさん!」「大丈夫ですか!?」
衝撃で後ろに吹き飛ばされ、地面に倒れたディーレットさんに駆け寄る。
「……ああ、済まん」
あちこちダメージを受けているみたいだけど、命に別状は無い……と思う、多分。
あいつの能力は、相手が発動した魔法の効果を無効にして、相手に1000のダメージを与える効果。
たまたまだけど、魔法が得意なエルフにはとっても相性の悪い効果だった。
「ここはボク達に任せて!」
ディーレットさんを木陰に寝かせ、ボクとスアレは魔物に向かって立つ。
「相棒ちゃん、どうします?」
岩人形はボク達を敵と認識したようで、大きな体を揺らしながらこっちに走り出した。
考えている暇はない、前と同じように出来るか分からないけど、ご主人みたいにやってみる……!
「スアレ、ここは二手に分かれるよ!」
「はい!」
ボクよりかなり大きなあの魔物に正面から立ち向かっても、龍になれない今のボクには勝ち目が薄い。
だったら、体の小ささを逆に活かして戦えば。
「こっちこっち!」
「こっちですよー!」
スアレと同時に駆け出し、魔物を挟むように左右に陣取る。
魔物は、ボク達のどちらを狙えば良いか分からなくて混乱しているようで、左右に体を振りながら手当たり次第に地面の岩や木々の残骸を投げ付けてきた。
勿論そんな適当な攻撃には当たらない、岩を避けながら、相手が隙を見せるのを待つ。
やがてもう投げられる物が無くなったのか、魔物は途方に暮れたように地面に座り込んだ。
「よし、今だ!」
「はい!」
スアレに合図を出し、ボク達は一斉に魔物に飛びかかった。
この時を待っていたんだ、一気に勝負を決める。
「そんな……!」
けど、ボク達の攻撃は魔物を捉えなかった。
魔物は攻撃が来るのを待っていたかのように、いきなり飛び上がっていたんだ。
突然の事に驚き、空中で動きが止まったボク達の、更に上空に陣取った魔物は、そのまま両方の拳を思い切り振りかぶり、ボク達両方に振り下ろそうと――
「させるものか!」
でも、それは寸前で中断させられていた。
ボク達の後ろから飛んできた鋭い鋼鉄の矢が、硬い岩人形の体に突き刺さっていたんだ。
「ディーリットさん!」
それを放ったのは、どうにか体を起こしたように見えるディーレットさん。
半分倒れていてもあんな距離から当てるなんて、と感心している暇はない。
「この機を逃すな!」
今の一撃はかなり効いたみたいだけど、まだ岩人形は倒されていなかった。
細かく体を震えさせがら、こっちをもう一度攻撃しようとしている。
「スアレビーム!」
「殲滅の虐殺獄炎砲!
その魔物に、ボク達二人の攻撃が炸裂する。
ピンク色の光線と赤い火炎に包まれ、大きかった魔物の体はそのまま一気に消滅していた。
「みんな大丈夫?」
「ああ、世話になったな」
「大丈夫です」
それからボク達は、まだ体調が良くなさそうなディーレットさんを二人で背負って、ディーレットさんの家へ帰っていた。
※
夕食時、怪我の手当の終わったディーレットさんと一緒に、ボク達は今日戦った魔物について話していた。
「あの魔物が目覚めたのは、人の手によってあの場所が汚されたからかもしれない」
まずディーレットさんが切り出したのは、あんな強い魔物が出てきた原因。
「じゃあ、誰かが森をあんな風にしたから……?」
「ああ、そして私は、あのような事が出来る者達を知っている」
そこで一旦言葉を切ったディーレットさんは、目を閉じて少し黙ってからまた話し出す。
「レラ、お前が知りたがっていた事、私の知る限りで良いのなら今ここで話そう」
「ディーレットさん……」
ディーレットさんの口調と表情から語られる事の深刻さが伝わり、自然とボク達の間に緊張が走る。
「森の民と土の民の、その伝承をな」