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第六十七話 争いの先触

 荒野での一件を報告した俺達の前で、族長は顔を青褪めさせ激しい動揺を見せた。


「それは真か!」

「姿はよく確認できませんでしたけど、はっきり言っていました」

「『覚えておけ、我ら森の民は、貴様達土の民を決して許しはしないとな』……と」

 

 ローブに隠れて全身は良く分からなかったけど、特徴的な長く尖った耳は確認出来た。

 あれは恐らく、M&Mで設定されていたエルフという種族だろう。

 深い森の奥に住んでおり、理知的で基本的には争いを好まない性格の筈なのだが……


「もしや、ここ暫くの災厄も奴らの仕業……!」

「恐れていた事態が、起こったのかも知れんな」


 族長と同様に、周囲にいた何人かのドワーフの間にも、動揺した様子のざわめきが広がっていく。


「それって……?」

「カムロ殿よ、まずは暫し休まれるがよい」


 こちらに向き直った族長は、真剣な表情でそう告げた。


「え、でも」

「事態がこのまま進めば、大きな戦いになるやもしれぬ」

「まさか、族長!」

「暫し考える時間をくれ、我も混乱しておるのでな」

 

 族長の顔は苦渋と恐れが綯い交ぜになった複雑な表情になっており、その言葉に偽りが無い事がよく分かった。

 取り敢えずは時間を置いたほうが良いと判断し、ここはアリムの家に帰ることとなった。


 アリム宅に着いてから、自然と俺達の話題は族長の反応についてに。


「あの族長の態度からすると、ドワーフ達は森の民を敵と判断するでしょうね」

「もしかすると、族長は何か知っているのかもしれないな」


 以前から不穏な状況であったとはいえ、あれ程急激な反応を見せるというのは、族長かドワーフ全体と森の民の間に、何らかの因縁があると考えるのが自然だろう。

 それが何なのかはまだ分からないが、どうも穏やかではない流れを感じる。

 

 そんな会話を交わす俺達の横で、アリムは俯いたまま浮かない様子だった。

 考えてみれば、どうも村に着いた時から態度が少しおかしかったような。


「アリム、何か気になることでもあるの?」

「気付かれてしまったか……」


 苦々しげな様子で返答するアリム。

 どうやら図星だったようだ。 


「何か心配事があるなら、俺に話してみるってのはどうかな」

「お主に?」

「確実に有効な助言が出来るかは分からない、でも、話すだけで楽になることってあるから」


 俺達はまだアリムとの付き合いも浅く、この村にとっては部外者で、アリムの悩みについて理解出来る事は少ないのかもしれない。

 けれど、部外者だからこそ、違った視点からの意見を言えるかもしれない。

 それに今まで世話になったアリムが悩んでいるのなら、それを素直に助けてあげたかった。


「わしは、わしにはどうしても、森の民が敵だとは思えんのじゃ」


 暫しの沈黙の後、吐き出すようにアリムは語り出す。

 アリムの過去にあった、ある出来事を―― 


                                      ※


 わしは両親を早くに無くして、物心付いたときから一人で暮らしておったんじゃ。

 寂しくはなかった、村の皆は良くしてくれたし、幸い人並みにじゃが鍛冶の才があって、その仕事を覚えるのは楽しかったからの。

 そのせいかは分からんが、わしは森の奥に入ってはならんという言い伝えを暫く知らなかったのじゃ。

 多くのドワーフは、子供の時分に親から聞かされる話らしいからの。


 ある日、わしは一人で森の奥に入っておった。

 単なる冒険心か、何か鍛冶に使える素材を探しに行ったのか、それはよく覚えておらんがな。

 自分でも気付かぬ内に相当深い所まで入り込んでしまったらしく、帰り道すら分からない有様になってしまったんじゃ。

 当ても無く彷徨っている内に日は暮れだし、心細さと不安で一杯だったわしに追い討ちをかけるように。

 

「ま、魔物!?」


 わしの目の前に、見たことも無いような凶暴な魔物が現れたんじゃ。

 黒い毛皮を纏った、大きな熊のような奴じゃった。

 成長した今にして思えばそれ程強い魔物ではなかったかもしれん、じゃがあの時のわしにとっては、まさに絶望的な相手じゃった。

 足がすくんで動けなくなったわしに、魔物は刻一刻とその距離を縮め、その尖った爪が今にもわしに触れようとした、その時。 


「炎の精霊よ、我が祈りに答えたまえ! フレイムアロー!」 


 突如飛来した燃え盛る炎の塊が、その魔物を焼き尽くしておったんじゃ。    


「大丈夫か?」


 声のしたほうを見れば、そこに居たのは、この世のものとは思えない程美しい女子おなごの姿。

 凛々しい銀の髪と褐色の肌、そして尖った長い耳。

 この時のわしはまだ知る由も無かったのじゃが、それはまさしく伝承に記された森の人そのものじゃった。


「うん……お姉ちゃん、ありがとう!」

「子供が一人で森の奥に入るものではないぞ」


 わしを心配してか、その女子はわしが森の外に出る付き添ってくれたのじゃ

 その美しい姿と優しい声は、今でもはっきりと覚えておる。

 村に帰ってから、こっぴどく村の大人たちに怒られたことも、苦い思い出として覚えておるがな。


                                   ※


 最後に軽く苦笑して、アリムの話は終わった。

 

 そんな出来事があったのなら、アリムが森の人を敵視したくない理由もよく分かる。

 けど、ドワーフ全体としてはそう思っていないのも事実。

 自分の考えと村の考えの間で、アリムは違和感を感じていたのだろう。

 それが今回の一件で、大きな齟齬となって顕在し始めている。

 

 アリムの苦悩に対して、言える事は何かあるだろうか?

 難しく考えても、俺の頭で的確な答えを出すのは無理だろう。

 だから、自分の考えを素直に伝えてみる。

 

「アリムがそう思うなら、それでいいんじゃない?」

「お主……」

「別に森の民……さん達が今回の犯人だったとしてさ、全員が全員悪い奴って事は無いと思うんだよね」

 

 それは、今まで色々な場所に行き、色々な人々と出会った経験からくる実感だった。

 あの時故郷を焼き払った帝国も、そこに暮らしている人は普通の人で、レラやクリス、ミルドのような素晴らしい人達もいた。

 森の民にだって、色んな人がいて当たり前だと思う。


「俺は、アリムのその気持ちを信じるよ」

「……ありがとう」


 そんなこちらの言葉に、アリムは少しだけど笑顔を返してくれた。

 完全に迷いを吹っ切れた訳ではないだろうけど、さっきよりは幾分か明るい表情をしている。

 もちろん問題が解決したわけではない、けど、アリムの心を少しでも軽く出来たことが今は嬉しかった。


                                      ※


 次の日、俺達を含めた村のほぼ全員は、先日歓迎の宴があった村中央の広場に集められていた。 


「集まってもらったのは他でもない、皆に明かさねばならぬ事があるのだ」


 広場に設けられた高台に立ち、何人もの視線を受けた族長は落ち着いた緊張感のある口調で話し出した。


「皆も知っておるだろう、森の奥深くに住む人々の事を。 それは、只の御伽噺ではない」


 いきなり告げられた事実に、村人の中に少なからぬ動揺が広がる。 


「かつてこの近辺では、ドワーフともう一つ他の種族が共に暮らしていたという」  

「何故彼らと袂を分かったのか、それは謎に包まれておる。 遥かな時の流れの内に、忘却の彼方へ追い遣られてしまったのだ」


 ドワーフは元々歴史に拘らない性質らしいし、いつの間にかその出来事は忘れ去られてしまったのだろうな。 

 襲い掛かられた際の台詞からすれば、その時の出来事が今回の一件に関係しているのか……?


「代々の族長に伝わる伝承では、こう伝えられておる。 『森の民には決して近付くな、もし近付けば、大きな災いが起こるだろう』と」

 

 そこで族長は一旦言葉を切り、瞳を閉じて一呼吸置いた。


「しかし、今回は奴らから近付いてきたやもしれん」


 再び話し出した族長の言葉には、どこか熱が入っているように思えた。


「失われた歴史の中で、我らと奴らに何が合ったのかは分からん。 だからと言って、我らもむざむざ黙って叩き潰されるわけには行かんのだ」


 そしてその熱は、言葉が紡がれるたびに高まっていく。


「では……?」

「ああ、戦おう……我らの村を、護る為に!」

 

 側近の言葉に族長は大きく頷き、拳を天高く突き上げた。

 暫しの静寂の後、広場は村人達の大きな歓声に包まれる。

 戦いが、始まろうとしていた。 

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