第六十六話 砂塵の裁断者
ドワーフの村に着いてから数日後、俺達は村の周辺を連れ立って歩いていた。
見渡す限り砂と岩に包まれた荒野には動くものの気配も少なく、時折蠍に似た昆虫の姿を見かける程度だった。
「町の警護をやってくれるとの話、本当に良いのか?」
「ああ、世話になりっぱなしってのも悪いしな」
アリムや村の皆は本当に良くしてくれていて、今の所生活に不便を感じるようなことはない。
一方的に施しを受けるのは性に合わないし、それに……
「私達の探し物も、道中で見つかるかもしれませんので」
背後のマキヤさんに補足してもらう。
そう、俺達があちらへ帰る手段と、こちらへ来ているかもしれない仲間の消息。
どちらも今の所全く手がかりすら掴めていないが、だからといって何の手も打たずにいる訳にはいかない。
「にしても……」
「ん?」
こちらの視線に、不思議そうに振り返るアリム。
「いや、よくそんな大きな武器が扱えるなって」
アリムが軽々と背負っているのは、その小さな身長の倍以上はある柄を持つ巨大な斧。
楕円上になっている刀身もかなりの大きさで、まともに振り下ろせば硬い岩石すら粉々に砕けそうだ。
「このくらい、大した事ではないんじゃが……」
そう言いながら、頭上で斧を振り回し始めるアリム。
それが一回転する度に、吹き飛ばされそうな旋風が周囲に巻き起こる。
「わしも、ドワーフ族の勇敢な戦士の一員じゃからの」
呆気に取られるこちらを前に、やはり軽々と地面に斧の柄を立てるアリム。
武術の心得の無い身で言うのもなんだが、相当の技量を持っているように見えた。
「そういえば、アリムって何歳なんだ?」
前々から気になっていたのだが、アリムの立ち振舞や喋り方からは、見た目以上の風格が感じられる。
相棒やスミレと同じ位の少女にしか見えないのだが、実際は幾つなのだろう?
「隊長、女性に歳を尋ねるのは……」
と、言い難そうなマキヤさんに注意される。
確かに、そこまで親しくない女の人に年齢を尋ねるのは、不躾だよな。
「あ、いや、言いたくないんなら良いんだけど」
「わしか? 八十六歳じゃが?」
「えっ」「なっ」
こちらが言い終える前に、あっけらかんとアリムは答えていた。
答えてもらったのだが、あまりに予想外の言葉に一瞬俺達は言葉を失ってしまう。
「ち、ちなみに、族長のお歳は?」
「うーん、わしも良く知らないんじゃが、まあゆうに二百は越えとるじゃろうな」
続いての答えで、何と無く感じていた違和感にはっきりとした答えが出た。
「隊長、これは一体……?」
「多分だけど、ドワーフは俺達よりも寿命が長い……んだと思う」
そういえば、M&Mの設定にそんな文言があったような……無かったような。
にしても八十超えとは、そりゃ風格がある筈だ。
「歳がどうかしたのか?」
「いや、別になんでも、はは……」
かなり年上の相手だと知らずに親しげな口調で話しかけていたけど、これからは敬語で接したほうが良いのだろうか、でもいきなり態度を変えても不審に思われるだろうし……
と、道中俺は暫し考え込んでいた。
※
小一時間程歩いた頃、俺達は荒野の一角、サボテンのような植物が群生している場所を訪れていた。
「先月の事かの、この辺りでわしらの仲間が見たことも無い魔物に襲われたんじゃ」
辺りをよく見ると、あちこちに武器や防具のものと思われる破片などが散乱していた。
それと同様に、砂丘に埋もれていた岩石は、なにか強い衝撃を受けたように上半分が砕け散っていた。
ここで激しい戦闘があったのは間違いないだろう。
「その人達は何か覚えてないの?」
「夜半だったこともあり、とても大きな何かに襲われた事しか分からんらしくてな……」
となると、実際に戦って確かめるしかないか……
「声……!?」
と、不意にマキヤさんが立ち止まり、俺達の背後を向いた。
その様子に、俺達もそちらを振り向く。
「こいつは……!」
砂丘の上、今にも獲物に飛びかからんとするような前傾姿勢で唸りを上げるのは、胡狼の顔に人の体を持つ半獣半人の魔物。
全身は青い毛に包まれているが、所々が返り値に染まったように真紅に染められていた。
血走った鋭い目からは刺すような視線が向けられており、こちらに対する明らかな敵意を感じさせる。
恐らく、この魔物がドワーフの一段を襲った犯人だろう。
「アリム! マキヤさんを頼む!」
「心得た!」
確かこいつの名前は……
「隊長!」
名前を思い出そうとしているこちらに、魔物は容赦なくその爪を振り下ろす。
「ちぃっ、考えてる暇も!」
それをどうにか避け、山札に手を置いて戦闘態勢を取る。
「俺のターン!」
引いた手札を見て、丁度あの魔物が呼び出せることに気が付く。
ドワーフの村で呼び出したのも何かの縁だ、ここはこいつを使ってみるか。
「手札の魔法、物質合成を発動! 三体の炎属性魔物を素材に、新たな魔物を呼び出す!」
口上を唱えると同時に、空中に三枚の札が浮かび上がり、三角形の魔法陣を形作る。
「紅蓮の大神よ、古より燃え盛る炎を以て、末世を照らす篝火となれ!」
それらは朱い光を伴って激しく輝き出し、魔法陣の中で一つの形に溶け合っていく。
「召喚! クラス8、熱将烈覇 エンシェント・アグニ!」
光が頂点に達した時、魔法陣の中央に新しい札が創り出されていた。
その札を握り、同時に現れた双頭の火蜥蜴に指示を出す。
「劫火紅蓮炎熱波!」
火蜥蜴の全身から吹き出した猛火が、赤い竜巻となって犬頭の魔物へ襲い掛かる。
が……
「何っ!?」
迫り来る炎を避ける素振りも見せない魔物は、それに向かって大口を開け、猛火をまるで綿菓子のように飲み込んでしまったのだ。
全く熱さを感じていないのか、魔物は一つ噫を出しただけで、平然とその場に立っている。
「思い出した……!」
そうだ、確かこいつの名前は、『死法神理 ジャッジメント・アヌビス』。
そして効果は――
「相手の攻撃を、そのまま、跳ね返す!」
こちらがその事実に気付くとほぼ同時に、ぱっくりと開けられた口から燃え盛る業火が吐き出された。
咄嗟に庇わせた火蜥蜴の体が、明々と燃える炎を受けて照らされていく。
その体は次第に炎に飲み込まれ、数秒もせずに光の粒子となって消えていた。
ジャッジメント・アヌビスの正確な効果は、自分を対象とする攻撃と効果を、相手の場にいる魔物に移し替える。
というものだった筈。
この前のキマイラといい、どうしてこう面倒くさい魔物ばっかりでてくるんだ。
思わず愚痴りたくなってしまうが、不貞腐れても自体が好転するわけではない。
「俺のターン、ドロー!」
どうにか気持ちに折り合いをつけ、勝利を信じて札を引く。
「魔法発動! 闇からの手!」
口上と共に、犬頭の足元に黒い影のようなものが広がり、そこから何本ものおどろおどろしい手が伸び始めた。
この魔法の効果は、相手の魔物の効果を封じるもの。
犬頭の魔物は地面から伸びてきた手を払いのけ、こちらへ向けようとしているが、手に掴まれて思うように動けなくなっていた。
効果を跳ね返そうとしても、相手の魔物がいなければどうしようもないらしい。
「魔法発動! 浄化の殲光!」
続けざまに、もう一度魔法を発動する。
「終わりだ!」
掲げられた札から放たれた一筋の光条が、一気に犬頭の体を刺し貫いていた。
体の中心に大穴の空いた魔物は、そのまま地面に倒れ込んで動かなくなる。
人一人を跡形もなく消し去る魔法の効果を自分に跳ね返されたら取り返しがつかない。
と思って使わなかったのだが、丁度効果を無効化できる魔法を引けて助かった。
「倒したのか?」
「お見事です、隊長」
ほっと一息付く俺の視界に、安堵した様子でこちらへ歩いてくるマキヤさんとアリムの姿が映っていた。
※
「もう日も暮れる、そろそろ帰るとするかのう」
魔物との先頭でくたくただった事もあり、アリムの言葉に素直に従いそのまま村へ帰る事に。
既に夕日は地平線の向こうへ沈んでいて、星と月の明かりのみを頼りに荒野を歩く。
行きと同様に小一時間ほど歩き、あと一息で村へ帰り着く、と気を抜いたその時。
「危ない!」
「きゃぁっ!?」「なぬぅっ!?」
俺達のすぐ側を、鋭い矢が貫いていたのだ。
「ほう、今の攻撃を避けるか」
「誰だ!」
突然の攻撃に戸惑う俺達の耳に、嘲るような声が響く。
声のした方を向けば、そこには。
「長い……耳?」
「まさか、お主は!?」
夜の闇と襲撃者が纏っている長いローブに覆われて、全身は確認できなかったものの、その特徴的な長く尖った耳だけは確認出来た。
「待て!」
と、襲撃者はこちらに背を向けて逃げ出し始めたではないか。
いきなり襲いかかってきておいて、いきなり逃げ出すのか?
「覚えておけ! 我ら森の民は、貴様達土の民を決して許しはしないとな!」
意味深な捨て台詞を残し、襲撃者は音もなく去っていった。
「森の民? それって……」
呆然とする俺達を、荒野を流れる乾いた風が撫でた、気がした。